疲れた~
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出張が続いた割には体調は良い。今日はさすがに残業時間はしんどかったけど、ここしばらくのスケジュールからしたら、ほんとうに元気である。
体調が良い分、博多でもマレーシアでも良く食べた(^^ゞ。会食では、現地の方のセッティングに感謝の意を表すためということもあり?、せっせと食べて飲むのだが、一人で食べるホテルの朝食も、結局は良く食べていた。普段はあまり朝は食べないのに、バイキングで珍しいものがあると、ついつい貧乏人根性で、食べないと損という勢いで食べてしまう。(朝っぱらからナシゴレンとか食べたし・・・)
ま、仕事もそれなりにガンガンしたのだが(本当!)。
帰国後、体重計に乗って、案の定、すごいことに。体重計の数値が未知との遭遇状態。
案の定とはいえ、ショックである。
しかし、今日、会社に行ったら(福岡出張から連続して出張だったので、会社は1週間ぶり以上)、職場の方複数から「痩せた」と言われた。
「なんか、すっきりしている」
とのこと。よくよく考えたら、髪を切って、顔の感じがすっきりしているようだ。実際は、体は太っているのだけど、顔の印象で痩せて見えた模様。ラッキー!・・・といっても、やはりダイエットはせねばなるまい。
写真は、帰国便の窓から見た、朝の空。以前も書いたかもしれないが、三年位前までは、自分が海外出張に行くなんて考えられなかった。海外に行くたびに、なんで私はここにいるのだろう?と思う。神様のお考えはわからない。
If the Load delights in a man's way,
he makes his steps firm.(Psalm37.23)
出張時、教会の方に、いろいろとお祈りいただいたとのことで、感謝である。
(・・・そういえば、お祈りといえば、最近、自分のお祈りが事務的で形式的なような気がする。。。。。)
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マレーシアより帰国。
短期間でかつ時差も一時間だけとはいえ、なんとなく海外出張はやはり疲れる。
飛行機は順調に着いたものの、関空から乗った南海電鉄が人身事故で40分ほど停止。
深夜便で到着してほとんど眠れなかった身にはこたえた。
しかも帰宅後、電話で息子とひと揉め。
ふう、海外出張も疲れるが日本も疲れる。。。。
海外に行くといっても、今の職場の海外出張は空港と工場とホテルを行ったりきたりするだけで観光要素は皆無。しかし、今回は、最終日、夕食のまえに、ジョホールバルの市場に連れて行ってもらった。わたしはそこの果物屋でドリアン初体験。臭いが強烈とか、食べてアルコールを飲むとお腹がはってたいへんなことになるとか(救急車で運ばれた人がいるとか)事前に散々おどされていた。はっきり言って全然食べたくなかった。なんでややこしいもの食べないといけないのか(-"-)。
でも現地に詳しい方が、なじみの果物屋で、ぱぱぱっと交渉して、ドリアン入手。その果物屋店頭で、あっというまに切って、さあさあどうぞどうぞと勧められて、しぶしぶ食べることに。
なんかふしぎな味。二切れというか二房食べて、その後、ビール飲んでも大丈夫でした。
あれははまるひとははまる味だろうなぁ。
写真は、その市場とドリアン。
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本日、帰阪。
今回の出張は、ここ一年ほど比較的よく一緒に出張する方と同行。その方は、純粋な関西人で、福岡はほとんど御存じない。出張中、出張先の部署の方との会食もあったが、会食のない日は、同行の方を、屋台に引っ張っていった。あまりお酒を飲まない方だが、焼き鳥だのラーメンだのがある博多の屋台の雰囲気は気に入っていただけたようだ。特にラーメンは美味しかった。その方は汁も残さず完食、見事な食べっぷりに私のほうが圧倒されてしまった。(そもそも私は塩分制限があるので汁は残してしまう)
もっともその方は、つねづね「吉浦さんと出張すると、吉浦さんがとても良く食べ良く飲むので、ついつられてこっちも食べ過ぎて、出張後もその食べるペースが残って、しばらく大食いになってしまって困る」と言っておられる。別に私が大食いを強要しているわけではないのだが(^^ゞ。その方によると私は実においしそうに食べて飲んでいるらしい。
出張時、体調を崩したり、ストレスで精神的にしんどいことは多々あるのだけど、たしかに食が細るということは、ない。むしろ普段より、良く食べる。
出張はダイエットの敵である。
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完全休養日の今日は、ゆっくり寝て、朝遅く、病院に行く。昨日、産業医さんにおどされたけど(^^ゞ、ま、病院で検査したら、ひとまずだいじょうぶであった。昨日は疲れが溜まっていたせいで具合が悪かったようである。
その後、ゆっくりぷらぷら歩いて本屋さんへ行く。<本屋さん>っていうとちょっと幼いもの言いかもしれないけど、なんだかのんびりした感じが良い。<書店>ではなく、<本屋さん>へ今日は行きたかったのである。
といっても行ったのは、新大阪駅構内の大きな本屋で、場所柄的にも、通勤・出張途上のビジネスマン相手の「書店」。今日は家着のような格好をしてて、そんな格好で特に平日、<書店>をうろうろしているとなんとなく浮いている感じがしないでもなかったが、一応、こちらの気分は本屋さんなんで、周囲は気にせず、気楽に文芸コーナーから、健康関係、料理本、キリスト教・・・を見てまわった。給料前でお金がないにもかかわらず何冊か購入。
購入した『短歌研究』6月号の平成の歌集歌書100冊という特集はけっこういい感じ。(いまごろ6月号を買うか~というのはさておき(^^ゞ)
よく考えたら、ちょっと前まで、休みの日は、散歩を兼ねて、この新大阪の本屋まで歩いてくることがよくあった。その後、近くのスタバでコーヒー飲みながら、買った本をぱらぱらめくる・・・そんな休みがあったように思う。
ここしばらく、まったくそんな時間がなかった。
家でだらだらしている時間はあるのだけど、だらだらはしてても、ゆったりはしていなかった。
いつもやることが頭の中にあって、あーやることがあるのに私はだらだらしてるー!!と嫌な気分になりながら、
だらだらしていた。
だらだらするなら、きっぱり休め!ごろごろするなら散歩しろ!
生活には、緩急が大事、と感じた休養日だった。
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先週の土曜、牧師先生の御自宅でもたれた家庭集会に参加した。家庭集会というのは、教会の中でよく聞くのだが、参加したのははじめて。だいたい家庭集会は定期的に信徒宅で行われるような印象があって、実際、今の教会でも、定期的な信徒宅での家庭集会はもたれている。牧師先生の御宅での家庭集会というのは珍しい感じがする。(今の教会でも、牧師先生宅での家庭集会は10数年ぶりらしい)
今回の家庭集会では、10名くらいが参加して、教会創立50周年を迎えるにあたっての学びと祈りの時をもった。
その祈りの時間、他の方が祈っておられるとき、祈りの言葉を聞きながら、私はなんとなく不思議な感覚にとらわれた。うまくいえないし、なんとなく個人的な感覚なので、あまり書きたくないようなところもあるが・・・、今、ここに自分がいることについて、漠然としたような明確なような何かが語られたような強い感覚を感じた。
同じような感覚を以前に一度もったことがあった。それは、4月6日の礼拝のとき、私は応答の祈りをしたのだけど、祈りながらやはり同じような、今、ここに私がいることについての不思議な感覚を持った。
漠然としたような明確なような・・・いややっぱり明確なんだよなあ。
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帰宅すると、郵便受けに封書。見ると先月末受験したTOEICのスコア通知。
「え、もう来たの?」
と嫌な気分。全然出来が良くなかったので、試験が終わったとたんに、すっかり忘れていた。
まあ三週間近くたっているので、実際は、スコアが来ても全然おかしくない時期。前回受験時は、結果まだかなあとひそかに心待ちに待っていたことを思うと「え、もう来たのかよ(-"-)?」という今日の態度は、ちょっとあんまりな(^^ゞというところもある。
来たものは仕方ないので開封して、スコアを見て、びっくり。
「嘘~!」
と思わず声出してしまった。なんと自己最高スコアでした(@_@;)。NOVA崩壊後、半年のブランクを経ての受験であり、かつTOEICが新形式になってからはじめての受験だったので、まさか自己最高とは~!!
いやー、たまげた。
めっちゃウレシイ。といっても、ここでスコアを書けるような立派なスコアではない。
あくまでも自己最高。
NOVAに行く前より100点アップしたことになる。前回のスコアより50点アップ。
NOVAへの投資金額から見てこれが妥当かどうかは分からないけど、100点アップというのは、けっして小さな変化ではないよなあ。
半年のブランクがなければ、もっとスコアはよかっただろう・・・というのはとりあえず今晩は考えないことに(^^ゞ
ところで、ゆうべ、ある方に、「もう英会話はやめます」とメールをしたその翌日のこの通知・・・、いったいどうかんがえたらよかろうか・・・。
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どうにか題詠マラソン、昨年記録を更新。
しかし、まだ三分の二も残っているというべきか。もう三分の一も来たというべきか。
今週は前半でエネルギーを消耗してしまって、すっからかんの金曜日。
六月後半~七月にかけて、多忙なのだけど、こんなことで乗り切れるんだろうか、不安。
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世間は梅雨で心も梅雨。
題詠blogマラソン、33首目。去年は33首でリタイアしているので、あと一首投稿したら、昨年記録は更新。
しかして、完走までの道は遠い。
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昨日は、今日は雨という予報で、朝からスカートはいて、電車で礼拝~と思っていたら、ふと窓を見ると、青空が見えるではないか。
で、急遽Gパンに着替えて、よっしゃ自転車だっ!と気合がはいったとこで、PCに向かい、教会にもって行くデータをSDカードにコピーしようとしたら急にそれまで使えていたマウスが動かなくなった。
うちのパソコンは、最近、メモリ不足で極めて怪しい動きをするので、いったん立ち上げなおしたらどうにかなるさと思って、再起動するも、マウス動かず。エラーメッセージが出て、ああしろこうしろと言われるが、マウスが動かなければいかんともしがたし。
キーボードにてctl+alt+delでシャットダウン。
再度立ち上げも、やはりダメ。
そして、むかーし、なにかを買ったときにオマケにもらったマウスが未使用でどっかにあったことを思い出し、そのマウスを探し出し、PCにつないでみると、無事動く。いやいや、めでたい。主の守りだ!
・・・なんてことをやっていたら、すっかり、時間をくってしまって、とても自転車でも電車でも礼拝に間に合わない時刻に。
で、間に合わんというのに自転車じゃないならスカートがいいと、スカートに再び着替え(^^ゞ、タクシーで礼拝に行ったのだけど、タクシーの運転手さんはどうもこのあたりの道に不案内のようで、あきらかにまわり道を通っていかれて、以前、タクシーで教会行ったときより、かなり値段が高かった(-"-)。
・・・というような朝に始まり、なんだか今日は一日中こまごまとうまくいかないことが多かった。
夕べ睡眠不足だったこともあり、うまくいかないことにイライラプンプンしながら、道を歩いていたら、自転車をゆっくり漕いでいるお母さんと、その後ろを二輪車で追いかける男の子とに、すれちがった。
お母さんがうしろの男の子に何かのお話をしている感じだったのだけど、すれちがいざまに
「頭に角が見えたよ」
とお母さんの声。
え、頭に角?なんだか私に言われたようで、どきっとした。
たしかに、今日は私の頭には角が生えていたのだ。
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今の職場は、さまざまな出荷前の製品の検証をやるところだけど(正確には、網羅的な検証ではなく、妥当性確認)、私が担当しているのは、パエリアが出来るわけでもなく、衣服がパリッときれいになるわけでもない、ソフトだのネットワークだのという面白くもおかしくもないもの。
残業時間、わたしがPCと睨めっこしていたら、隣のチームの50代男性が、「豚の生姜焼きが出来たから食べて欲しい」と言いにこられた。男性は、調理機器の担当。といっても、普段は、そのチームの女性社員が、調理機器の検証の場合は、美味しい料理を作ってくれる。その男性はもっぱら分解したり、あれこれ機構的な確認をしたりするのだけど、あいにく、ここのところ、そのチームの女性社員は出張だの、他の仕事だので忙しく、料理もその男性が今回はじめて担当。
女性社員が、「豚の生姜焼きできました~」と言ったら、呼ばれてない人までも、ラボに押しかけて、試食するのだけど、その男性が、皆に声をかけても、誰も反応せず。
なんか可哀相だし、まあ残業時間でお腹すいてたし、私はとりあえずラボへ。
で、その「豚の生姜焼き」・・・うん、けっこう、普通の味でした(^^ゞ。
でも、豚肉がやけに大きい。
「ちゃんと豚の生姜焼き用の肉使ったんだけど・・・」と男性。
・・・生姜焼き用の肉をそのまま放り込んだのね(^^ゞ。
普通は、一口か二口サイズくらいに切るものだけど・・・
まあそれは御愛嬌。
「生れて初めて豚の生姜焼き作りました!」という努力に感涙。
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五月尽。
五月は体調がいまひとつのことが多かったこともあり、もともと腰痛持ちでもあるので、先週からカイロプラクティスに行っている。今日は2回目。
カイロ自体は一年ほど前も別のところに行ったことがあるのだけど、今回のところははじめて。年配の先生。一年もたつと、自分でも、あちこちがずれまくり、固まっていることがわかる。
施術の間中、「あてててっ」って感じ。
ある箇所が軽く押さえらただけで、非常に痛くて、「いた~!」と言ったら、「ここが痛いのは、腰が悪いから」とのこと。「だいたい腰にくびれがないやろ。くびれがないってことはな・・」と、腰のくびれと健康の関連について、なんやかんや言われた。好きでくびれがないわけじゃないのに、健康にも悪いなんて言われ、絶望する。
「どうしたら、くびれできますかね?」
と聞くと
「そうね・・・、運動せなあかんな。
サンバ踊るとか・・・」
へ?サンバ#$%&(@_@;)?
「そう、サンバ、腰使うからええよー」
頭の中を中森明菜の「ミ・アモーレ」がくるくる回る。(ちなみに「ミ・アモーレ」はわたしのカラオケの十八番)
「ミ・アモーレ」口ずさみながら帰宅したら、教会から「受洗記念日を覚えて祈ります」との葉書が来ていた。それで、急にわたしは昨日(5/30)が受洗記念日であることを思い出した。
すっかり忘れていた(-"-)。
まあ、この間の日曜が5月最終聖日で、5月の誕生日と受洗記念日の人は、祝福を受けたので、なんとなくそれで受洗記念日は終り~と思っていたのだ。
昨日なんて、朝の9時から夜の9時過ぎまで会社でほんとに忙しくて、受洗記念日の受の字も思い出さず、10時過ぎに帰宅したあともなんかばたばたして、疲れ果てて寝たもんなあ。
朝起きたら、寝る前に聖書を読んだらしき形跡があって、でも、途中で寝てしまったらしく、聖書は枕の脇にころがってて、聖書にはさんでいた栞は私の背中に下敷きになっていた。。。とりあえず聖書をくびれのない腰の下敷きにしてなくてよかったよ~。
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題詠マラソンで「岸」という題があって、私は<岸部一徳>という人名で読み込んで、投稿してびっくり。わたしの直前に投稿した人も<岸部一徳>で短歌を作っておられた。うーむ、真似をしたわけではないのだが・・・。基本的に、題を詠みこむとき、私はすでに投稿してある人の作品はいっさい読まない。読むと、発想が影響されそうだから・・・。読まなくても、同じ発想になってしまうときもあるのね。直前に投稿された方が、不快に思われなかったら良いけど・・・。
ちなみに私はけっこう岸部一徳好きなんだけど・・・。演技がうまいんだか下手なんだかよくわからんが。
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定時後、TOEICを受験。所属している職場で、年一回平日の夜に実施されているテスト。
TOEICは、日曜日に社員研修所でも月に何回か実施されていて、受験は可能だけど、日曜にわざわざ社員研修所までいくのはたいへんなので(そもそも日曜は礼拝あるし)、年に一回の平日開催はよい機会。社外での受験より割安だし。
・・・といっても、出来は散々。NOVA崩壊以来のブランクもあり、あきらかに力が落ちている。READINGなんてまったく時間が足りず、最後の6問は、4択のマークシート、全部’C’欄を埋めた~。
英語力のないのは、まあ致し方ないにしても、年々、試験時間を耐えられる集中力・体力が落ちているのが寂しい。TOEICは約2時間の試験だけど、2時間の集中ができない。リスニングの設問が流れているとき、ふっと集中力が切れて、聞き逃したこと数回。こういうことは以前にはなかった。TOEICは老化測定試験でもあるという厳しい現実(@_@;)。
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昨日は、二度目の英語のクラス。(先週は出張で欠席)
先々週、「誰?」と書いた記事の女性は、今週もクラスに来なかった。休憩時間に、他の女性に聞いてみたけど、先週もそれらしい女性はいなかったとか。。。あのすれちがった女性はだれだったんだあ?!
マイミクさんは「英語を勉強したかった幽霊」と書いていたけど・・。うーむ、迷える私にクラスの場所を教えるために遣わされた天の御使いかも?御使いの割にはボディコンシャスな(←死語)服装だったような・・・。
↓ 先々週の記事
http://koren.tea-nifty.com/nichinichi/2008/05/post_e728.html
クラスのあと、先生(カナダ人の男性)と帰る方向が一緒で、駅までの道&途中駅までずっと話ができた(一応英語で)。マンツーマンレッスンって感じでちょっとラッキー。
よく考えたら、先生に今週欠席している女性生徒がいるか、聞いてみたらよかったのだけど、英語喋るのに一生懸命で、忘れた。
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昨日は仕事が終わらず神楽岡歌会欠席。ざんねん。
師匠のブログに運動会の夢の印象的な文章があったけど、今朝、なぜだか私も運動会の夢を見た。
運動会の会場に着いたのが10時で、もう私の出番は終わっていた。ざわざわとした教室ばかりがあって、運動会らしく運動会が行われている運動場とかは見えない。私は、そのざわざわとした教室やら廊下を歩き回った。歩き回っている私は、現在の私で、教室には私と同年齢の人もいれば子供たちも混然といる。
何人か知った顔も見えるが、私に話しかける人は誰もいない。ざわざわとみんな楽しそうである。
なんだか私はつまらなくなって、もう帰ろうと思って外に出た。早退することを先生に連絡しなくちゃと思って携帯電話を取り出したけど、非常に寂しくなって、電話もメールもせずポツポツ家に向かって歩いていたら、なんとなく宇多田ヒカルの『誰かの願いが叶うころ』が頭の中をぐるぐる回りはじめた。<誰かの願いが叶うころ あの子が泣いているよ>・・・ああ、家に帰って『誰かの願いが叶うころ』を聴かなくちゃと思った。そして頭の中を『誰かの願いが叶うころ』がぐるぐる回ったまま、とってもさびしくポツポツ歩き続けているところで目が覚めた。
起きた後も、ずっと『誰かの願いが叶うころ』が頭の中をぐるぐるしてて、みょーにひどく寂しい感じがずっと残った。
しかしなんで、宇多田ヒカルの歌が出てきたのか?『誰かの願いが叶うころ』なんて、もともとそんな好きな曲ではなかったし、何年も聴いていないのに・・・。
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今週から英会話再開。
NOVA難民として彷徨していたが、結局、社内の英会話のクラスに入ることに。
社内の英会話クラスに、実は、昔、はいっていたこともあるのだけど、当時、残業や出張が今よりも多く、とても平日のクラスには参加できず挫折した経緯がある。
ここ一年ほどの仕事の状態なら、平日でも、以前よりは出席できそうということで、社内クラス受講を決心。
で、その第一回目のクラスの日。クラスの開催場所は社内であったが、自分の職場とは違う他の事業場の建物の中での開催。建物は分かったが、クラスのある部屋を見つけることができずオロオロしていた。クラスの開始時刻が近づき、いきなり初回から遅刻か~!?と焦っていたら、むこうから知らない女性がきて、すれちがいざまに
「吉浦さん、○○研修室はここをまっすぐ行って、最初の角を右にいったらすぐですよ。わたしとおんなじクラスですから」
と言われた。え、なんで私の名前知っているの?あなた誰?と思って、呆然としたけど、さーっと早足で彼女はどこかへ行ってしまった。
彼女が言った言葉に従って部屋を探したらすぐ見つかって、レッスンを受けることができたけど、「わたしとおんなじクラスですから」と言っていた彼女は最後までレッスンに来なかった・・・。
なんで~?
あの人は誰だったんだ???
推測するに、(なぜ私の名前を知っていたのかはさておき)彼女はきっと同じクラスを受講している人だったのだろう。で、一回目のレッスンは仕事かなにかの都合で受講できない旨、クラスに出向いて伝えた帰りに私と会ったのだろう。。。。。
きっとそうだと思うけど・・・彼女が次回も次々回もずーっとレッスンに来なかったら・・・ちょっとそれは怖い(^^ゞ。
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今日はペンテコステ礼拝だった。ペンテコステは聖霊降誕日とも言われ、イースター・クリスマスと並ぶキリスト教の三大祝祭のひとつ。
私は4年前のこのペンテコステ礼拝で受洗したので、とりわけ感慨深い。といっても、ペンテコステ礼拝は、移動祝日なので年によって日付が違う。4年前は5月30日だった。
礼拝のあと、祝会。イースターのときは芋粥と餅つきという、全然イースターらしくないメニューだったが(芋粥に意味はあったのだが)、今回は、料理自慢男性による中華料理(餃子、麻婆豆腐、かき玉汁)・・・これまたペンテコステとはなんの脈絡もないメニュー。
この勢いで、クリスマスには、ジャマイカ料理とかシシケバブとか韓国の宮廷料理とか、さらに脈絡のないメニューを期待したい。
その後、用事があって梅田へ。用事のひとつは、息子が携帯電話を失くしたので新しいものを買いに(-"-)。
もうひとつは、先週、怪我した目の確認。コンタクトセンターに行ったら、目のほうは大丈夫で、一週間ぶりに晴れて両目に。
・・・といっても、実は先週のドタバタで、コンタクトを片目失くしていたのである(T_T)。で、落としたほうを購入しようと、あれこれ検査していたら、「こっちのレンズとこっちのレンズ、どっちが見えやすいですか?」と目の前に虫眼鏡みたいな検査用のレンズあてて聞かれて、「こっち」と答えたら、「それは遠近両用レンズです」とのこと。うげ、老眼ってか~。
しかし、通常レンズより、遠近両用レンズのほうが、悔しいことに見えやすい。聞くと、遠近両用は、通常レンズより、片目値段で1万円高い。私が顔を曇らせていたら、「じゃあこれは?」と別のレンズで検査。見え方は通常レンズとさっきの遠近両用の中間くらい。
「これは<プチ>遠近両用です。この<プチ>だと通常レンズより4000円弱高いだけです」とのこと。
遠近両用に可愛ぶった「プチ」なぞつけるセンスが、神経に障る。しかも「プチ」より真性の「遠近両用」のほうが見えやすいというのが、また腹立たしい。
あれこれ検査して、通常レンズだと目に負担がかかりすぎるから、目や首、肩、後頭部が疲れますよ、特にパソコンの作業が多いのなら、余計、目に負担がかからないのがいいですよ、と言いくるめられ、結局、現在の目の状態なら「プチ」でいいんではないかということになり、神経には障るが、「プチ」購入。よく見えるが、なんか腹立たしい~。
写真はペンテコステ祝会の餃子。海老入りで、海老のしっぽが見えている。そのほかにも紫蘇入りのさっぱりした餃子もあった。なんと500個の餃子を準備してくださった男性に感謝。
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連休明け、二日目。午後、けっこう重たい会議の主査で疲れる。
残業時間、疲れて完全に脱力状態で、おそらく能面のような顔をしていたと思うのだが、その能面状態で、たまたま1メートルほどの距離をおいて、目があった方が、うげっという感じで
「だ、だいじょうぶですか!?」
と相当にビビッておられた。わたし、けっこう普段でも怖いが、疲れると半端じゃなくさらに怖い顔になるようだ。だいじょうですかといわれても、わたしもその顔を見た人もだいじょうぶではない。
落ち込んでても、基本的にそういうときも傍目には怖い顔してるように見えるようで、「何怒ってるの?」とか言われ、落ち込んでいる上にさらに心は傷つくのだが、ぜんぜん同情されないのが損といえば損。
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昨日、武庫川で行われたユリカモメ70キロウルトラマラソンを見に行った。もとよりスポーツ観戦の趣味はなく、昨年、『鱧と水仙』の特集のためJ2を見に行ったのが画期的なことだったくらい。(たぶんその一年前のJ2は、さらにその十数年前に甲子園に阪神戦を見に行って以来のスポーツ観戦)
昨日は、そのウルトラマラソンに教会の牧師先生が出場されるので応援とホームページ用写真撮影を兼ねて行った次第。
8時半スタートで450名くらいが参加。朝から既に気温は高く、日差しがきつい。コースは武庫川沿いの片道5キロを7往復するもの。最初の2往復(20キロ)の間、完全に牧師先生を見失って、写真が撮れず、当初、スタートからしばらく見て写真撮って帰るか、場合によっては、間に抜けて(なんせ6~8時間かかるレース)ゴールの頃もういちど来ようかという気持ちでいたのだけど、なんだか帰るに帰れなくなってしまった。そもそもその選手たちの2往復の間、コース脇をわたしも数キロ歩いたのだけど、それだけで体力を激しく消耗して、かなりぐったり・・・。
木陰に腰を降ろして、脇を走っていく選手たちを見ながら、歩くだけでしんどいこの日差しの中を、なんでこの人たちはよりによって走っているんだろう?と思った。しかも70キロ!
塚本邦雄の水葬物語を読もうと筑摩の短歌全集とかも持っていっていたのだけど(暑い中走る人も変だけど、そんなところに筑摩の短歌全集もって行っている人も変ではある(^^ゞ)、なんだか走っている人を見ていたらとても読む気にもなれず・・・結局、先生の完走まで、コース脇で見てしまった。
ゴールで見てて不思議だったのが、通常のマラソンよりも長い距離を走ってきたのに、どのランナーも淡々としていること。悲愴感がない。崩れこむようにゴールに入る人はいなかった。
まあ完走率がそもそも4割台という過酷なレースで、ゴール以前に多くの人が去っているのだけど。
また、テレビで見るような有名選手のゴールではないから、拍手もゴール付近にいる関係者数名がパチパチ~という感じで、あっさりしている。知り合いや家族が「わー、お疲れ様~」とかなんとか言いながら、デジカメ向けると、にっこりポーズして、パチリと写真撮って、はいおしまい。気抜けするほどあっさりしてて、走っていない私のほうが、70キロも走ってきたのにそれはないだろう!?と思う位。
でもまたこの人たちは走るんだよなあ。なぜかは知らないが。。。。
牧師先生も、来月、また走るそうである・・・しかも今度は100キロ・・・・。信じられん。 ちなみウルトラマラソンは意外にも中年のスポーツらしい。40代50代が多く、若い人は少ない。時間を競うのではなく、持久力で距離に挑戦するところが中年向け?とか。
・・・というウルトラマラソン初観戦ののち、梅田で牧師先生夫妻と別れて、買い物に入ったヨドバシカメラで、急にコンタクトレンズをした左目がひどく痛くなって、店のなかではあったがその場に座り込んで慌ててレンズをとろうとしたら、あまりに痛すぎて取れない。涙がぼろぼろ出てどうにもならない。近くに、コンタクトレンズを買ったコンタクトセンターがあったので、涙ぼろぼろ流しながら、行ってみたが、すでに眼科終了、センターの方が目を見てくださったがどうにもならず、「こちらではこれ以上どうしようもないので救急病院に行ってください」と言われ救急病院へ。
そのままタクシーに乗って救急病院に行って処置してもらって、まあどうにか大丈夫だった。かなり目に傷が入ってて、当分、コンタクトはできないみたいだけど。
つい先日、今回の連休は元気だと書いた矢先の救急病院行き。しかも熱でもなく頭痛でもなく歯痛でもなく、眼のトラブルとは!?
今日は礼拝だったが、私は目から来ていると思われる不調と、昨日の観戦疲れで全身疲労大。いつものように自転車で行くどころではなく、行きはタクシーで教会まで。
一方、先生は、「僕はもうほぼ元気回復」とのこと。信じられん。なぜ走ってない私がぐったりしているのに、先生は元気なのか?
神様は信じられてもウルトラマラソンする人は信じられない。
写真はゴール付近。向うから走ってくるのが牧師先生。この写真では見えませんが、胸に十字架と「淀川教会」の文字のプリントがある。
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ゴールデンウィークということで、世間では皆さん、あっちこっち出かけている方も多そう。私は、電車で10分の梅田に所用で行くくらいで、どっこも出かけない。
だいたい、ゴールデンウィークだの年末年始だの・・・わたしはそんな連休時、5割以上の確率で熱を出す。それも39度台とか半端ではない熱をだす。熱を出さなくても普段は考えられないような体調の崩し方をする。(一年前の年末年始は激しい頭痛、さらに昔は、元旦から激しい歯痛で救急病院に行ったり・・・)
連休のとき、計画を立ててても、だいたい体調的なトラブルで御破算になるので、連休時は、基本的になんにも計画を立てない。
しかし・・・今年は今のところ、発熱の兆候もなく、頭痛もせず、歯も痛くない・・・。おととい少しお腹が痛くなったくらい。まあお腹は年中弱いので、連休だからってことでもないけど。
そんな状態で、このまま健康で連休を全うしてしまうのだろうか?
となると、今からなにか計画を立てた方がいいだろうか?
いやいや・・・計画を立てた時点で体調が崩れそうな気がする。
体調のためにも、計画は立てず、静かで何にもない、つまらない連休を全うすべきだろう・・・
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先週は佐賀の鳥栖に出張。
仕事はハードだったが、九州は飲食のコストパフォーマンスが良いのがうれしい。高級な店でなくても、素材が良くておいしい。魚、馬刺し、いずれもものすごく新鮮で、大阪の感覚では半値以下。
難は、九州弁に取り囲まれて数日を過ごすと、私のほうが九州弁になってしまいそうになることである。(なんせネイティブなもんで・・・)九州弁になるのは悪いことでもないが、オフィシャルな場で突如わたしが九州弁になると困るのは同行の同僚である。同僚は九州人ではなく、九州弁は理解不能・・・。
帰阪後もあれこれと忙しい。
ほそほそとK.バルトの『教義学要綱』を読んでいるけど、なかなか進まない。でもおもしろい。おもしろいのだけど難しい。教義学がむずかしいのかK.バルトの文章がむずかしいのか・・・よくわからない。たぶん、両方だろう。K.バルトの文章は悪文だと思う。
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おとといの夜、上司、同僚、私、の三人で居酒屋に行った。
会社近くの割にはたいへん品の良い落ち着いた感じの美味しい和食屋さんである。
店に着き、テーブル席に座り、生ビールがきて、乾杯し一口飲んで、さあお料理を頼もうか、というとき・・・
お品書きを取ろうとした私の左手が、ビールのグラス(ジョッキではなく、ワイングラスのような細い足がついた丈の高いグラス)に触れ、転倒。グラスがぐらっとしたとき、慌てて私は自分のグラスを抑えようとしたのだけど、かえってはじいてしまって、はじかれたグラスは、前の席に座っていた同僚のグラスを直撃。同僚のグラスも転倒。そして二杯分のビールが同僚を直撃。同僚、ワイシャツ、上着、ズボンずぶぬれ。
それを見て、動揺した上司も、自分のグラスを取り落とし、上司のグラスも転倒。
計3本のグラスが倒れたテーブルはビールの洪水状態。(どのグラスも乾杯直後で、ほとんど飲んでなかった)さらにビールはテーブルから滴り落ち、座布団椅子等もびしゃびしゃ。
乾杯から二分後のあっという間のドミノ倒しのような惨事。
コップを1個ひっくり返したとか、皿が一枚すべったというくらいの粗相なら、見たりやったりしたことはあるが、テーブルの上に三本のグラスが倒れて(うち一本は割れてた)ビール浸しというのは初めて。
お店の人が飛んで来て掃除してくれている間に、わたしたちは別のテーブルに移動、以後、なにごともなかったかのように、飲んで食べて喋って帰ってきた(^^ゞ。あー、おいしかった。すみません、お店の方。
ちなみにビールでずぶぬれになった同僚は現在中国駐在中で、当日は、ひさびさに日本に帰国されていた。いまの季節のスーツで日本に置いているのは当日着ていたものだけで、スーツをクリーニングに出された翌日は日本の家に唯一置いてあった、夏物の麻のブレザーを着てこられた。「寒いよ!」とブーブー言っておられた・・・す、すいません。
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あー、また欠詠してしまった~。
まずいなあ。題詠マラソンの作品とかでも出したら良かったのかなあ?
おまけに金曜の神楽岡歌会は0点だったし(/_;)
きわめてまずい状態である。
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昨日の礼拝説教は、ヨハネによる福音書の、復活のイエスがペトロに「わたしを愛しているか?」と問う場面だった。
私はヨハネの福音書は好きで、この有名な場面は何度も読んだし、著名な説教者の注釈やらも読んだりしたけど、昨日の説教を聞いて、なんだか胸にせまるものがあった。ほろりとしたというか・・・ほろりとというと人情的な感じがあって、少しニュアンス的には違うのだけど、ペトロの悲しみを思うと、しんみりしてしまった。
「わたしを愛しているか」
と問われ、ペトロは「わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存知です」と答える。
イエスを裏切り、十字架にかかるイエスを置いて逃げ、三度にわたり「イエスなんか知らない」と答えたペトロ。
以前なら、胸を張って一番弟子として「誰よりもわたしはあなたを愛しています」と答えたであろう。
自分の愛が、いかに浅くお粗末なものであるかを痛いほど知ったペトロは「あなたは何もかもご存知です」としか答えられない。裏切った自分の弱さも愚かさもあなたは知っている、自分の愛がそもそもいかにはかないものであるかもあなたは知っている。それでも今はあなたを愛している。しかし、その愛も100%確かなものとはいえない。そういうことも何もかもあなたは御存知でしょう?
ペトロだけでなく、「愛しているか」と問われ、心からほんとうに「愛しています」と答えられる人間はいない。
「わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存知です」、それが精一杯のペトロの信仰告白である、と説教で言われたが、なんだか泣けてきてしまった。
礼拝で説教を聞いて涙が出たのは初めてかもしれない。(礼拝自体では、あるのだけど・・・賛美歌歌っててウルウルしたりとか、祝祷から後奏にかけて涙ぼたぼたになるとかはあったが・・)
でもひるがって思えば「わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存知です」ということだって、わたしには言えないなあ。私の愛はもっともっと弱いので・・・。
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ここ数年、情報セキュリティが厳しくなって、会社の門でICカードによる認証、建物の入り口でさらに認証、自分の居室に入るのにまたまた認証・・・という感じである。ICカードを忘れて、トイレに行ったりしたら、自分の居室に戻れなくなる・・・。
さらに、職場には特定の人だけが入れる厳しくセキュリティが管理されている部屋というのもある。
今日、午前中、その特定の人だけが入れる部屋でひとり仕事をしたあと、さて外に出ようと、扉をあけようとしたら・・・開かなかった。
はて?一瞬、なにが起こったのかよくわからなかったが、開かないはずである。その扉のドアノブが私の手にあって、私の目の前にドアのノブがないドアがあるのである。
つまり、ドアのノブが取れてしまった~、のである。
・・・困った。ノブがなければ、ドアは開かん。
なんでノブは取れたのか。別に乱暴に力まかせに開けたわけじゃない。
だいたい私は握力は女性としてもかなり弱いほうなのだ・・・。
じっとドアとノブを見ると、物理的には、なんかノブをドアに差し込んで、くりくり回せばつながりそう・・。
でもここはセキュリティドア、物理的に付いても、ほんとにそれでちゃんと機能するのか??
うーむ、不安である。ここは上司に相談せねばっ!とノブを小脇に抱え、いいあんばいに、やや大きめの作業服を着ていたので、作業服の陰にドアノブは隠れ、もうひとつのドアから外に出て(こっちはノブは大丈夫だった)、上司を探しに出た。
ところが上司、席にいない。電話しても出ない。上司がいきそうなところ数箇所、ノブを小脇に隠し持ったまま探し回ったが、いない・・・。
うーむ・・・、私がノブをひた隠して走り回っている間に、だれかがあの部屋に入り、ドアにノブがないことに気づき、騒ぎになっていないだろうか???
不安になって、もういちど、くだんの部屋に戻った。
幸い、だれも部屋にはいなくて、ドアノブの件は、バレテいなかった。
しかしながら、いつまでもノブを抱えて、ドアの前に突っ立っておくわけにもいかない・・・。
仕方がないので、結局、同僚に相談することに・・・。
同僚のところに行き、小脇から、ドアノブ出して
「ね、これ、どうしたらいいと思う?」
と聞いたら
「ひ、ひぇー、吉浦さん、壊しちゃったんですかぁ?」
<壊した>のではない<壊れた>のだ(-"-)、と内心思いつつ
「別に変なことしてないんですけどねぇ・・・」
と、もぞもぞ説明。
結局、その横にいた、先輩が
「そんなんつけたら、しまいや」
といって、ドアのところにいって、くりくりとノブをまわして、つけてしまった。
「でもこれ、セキュリティかかってるドアですよね?これで大丈夫なんですか?」
と聞くと
「大丈夫。セキュリティとは関係ない。
こういうドアは、一年にいっぺんくらい、ノブがはずれるんだ」
とのこと。
え?そうなんですか?このドア、できてまだ一年半くらいなのに・・・そんな取れるものなんだろうか?
わが家は築20年を越えた中古マンションだけど、10年来、ノブとれたことないですがー??????
しかし、結局、ただつけただけで、特にセキュリティ上もほんとうに問題ないようであった。
いやまったく、人騒がせなノブである。ドアにはノブがついてないと困る。
春深し天に栄光地に平和ドアにはノブがあれかしとぞおもふ・・・・!?
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三月中旬来、どうも体調が悪い日が多いので、ちょっとは健康に良いことを、と最近は早寝早起きに努めている(小学生かい!?(^^ゞ)。
しかし、少しくらい早寝しても朝は早く起きるわけでなく、結果的に睡眠時間が増え、活動時間が減っているだけである。しかも、睡眠のリズムが合わないのか、たまに妙な時間に目が覚めて、しばらく眠れなかったりして、結果的にかえって睡眠不足になったりすることもある。
今朝も、三時過ぎに目が覚めてどうしようもないので、起き出してしまった。
大阪はここ1,2日、桜がほぼ満開である。
桜といっても、私自身はあまり桜に思い入れはない。
桜の短歌もおそらくほとんど作ったことがないように思う。(葉桜の歌は作ったが)
ただ、今にして思い出すのは、いなかの佐世保で最初に通った小学校の桜。その小学校は、佐世保の比較的中心地にあって、こじんまりした小ぎれいな学校だった。そこの校内に咲く桜が、いかにもな「小学校に咲く桜」だったなあということ。うまくいえないが、入学式や卒業式の挨拶で「4月希望に胸を膨らませ、桜咲く学校の門をくぐりました」というときの「桜咲く」にふさわしい、桜の木々があったように思う。
4年生のとき、佐世保の郊外(というか結構辺鄙なところ)に引っ越して転校し、そこにも桜はあったように思うが、その桜はもっとワイルド?というか、いかにもな「小学校の桜」じゃなかったように思う。
なにをもって、いかにもな「小学校の桜」というのかは自分でもよくわからなくて、単にわたしの勝手な思い込みなのだろうけど、「小学校の桜」は、門とか柵にそって、並木になってて、それがいかにも「植えられた」という感じがないといかんように思う(^^ゞ。まるで、入学式や卒業式の挨拶用にそもそもが存在しているようなものという感じ・・・?
もうひとつ桜の思い出といえば、母教会のそばの公園の桜。
それぞれがさほど広くない公園(小学生が球技をできるような広さはなかった)が、道を挟んで両脇にあった。正確に言うと、桜だけが思い出ではなく、その公園の四季が、まさに、いかにもな「四季」で印象的だった。春には桜、それが葉桜になり、深い緑、秋の紅葉、落葉・・。わたしの住むマンションの目の前にも公園があって、やはり桜が咲き紅葉し・・という四季の景色は見ることができるのだが、そ
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