2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

最近のトラックバック

リンク

フォト

« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »

嘘つきはクリスチャンのはじまり

 クリスチャンになって5年になるが、人間が立派になったわけでも、性格が良くなったわけでもぜんぜん、ない。やっぱりわたしはわたし以外の何者でもなく、ただただこんなわたしでもクリスチャンとされていることにオドロキと戸惑いと感謝な思いをもつものである。

 でも、そういう自分のことを100メートルくらい高い棚に上げて、ついつい、他のクリスチャンについては、けっこう批判的に見てしまう。特に、「クリスチャンらしい」とわたしが(勝手に)思っていた人が、意外に変な奴だったりすると、ひどく憤慨してしまう。(自分自身の行状を思えば、身勝手千万だが)
 ただ、思うに、5年間のクリスチャン生活で最近わかったことは、「クリスチャンらしさ」にこそ、もっとも「ウソ」があるということ。「柔和で謙遜であるべし」との聖書の言葉に従順にみえる、いかにもおだやかで控えめで素晴らしいクリスチャンスマイルの信徒が、一番ろくでもない、ということがままあるのである。
 ぜんぜん「クリスチャンらしくない」ような人のほうが、はるかにはるかに、まっとうということも、ままある。

 とにかくクリスチャンスマイルは要注意である。この世の荒野で、毎日毎日、ほんのり微笑んで生きていくことなんてクリスチャンとてできないのである。教会にもいやなこと、頭にくることもあるのである。にも関わらず「感謝です~」と四六時中微笑んでいるというのは、まともではない。そういう人は無理をしているか嘘をついている。まあ、クリスチャンはみんなまともではないからこそ、神様に救っていただいたと思えば、嘘つきはクリスチャンの始まりともいえるのだが。
 ゆうべ、北森嘉蔵の『神の痛みの神学』を読んでいたら<罪は反逆しながら、しかも死んでいる>というアウグスティヌスの言葉が引用されていて、印象深かった。バプテスマを受けたとき本来は罪は死んだはずである。にもかかわらず、やはりみずからのなかで神に反逆し続ける罪というのがあるということ。クリスチャンはやはりずっと嘘をつきつづけるのである・・。

横浜スタジアム

 朝ごはんの前、早朝の新横浜をごく短時間20分ほどジョギング。
 昨日の雨が上がって、爽やかな空気で気持ち良かった。
 横浜スタジアムの周辺。緑もあり、ごくゆるい勾配の坂や小さな川と橋などもあり、ジョギングやお散歩にいい感じ。
 昨日もおとといも朝は雨が降っていなかったのでこんなに気持ちが良いなら走れば良かったが、なんとなく気分も体調もいまひとつだった。今日は走れてよかった。
 朝にジョギングなんて行動は(昼でも夜でも体動かすなんてことはそもそもなかったが・・)数ヶ月前まで私にはなかったことを思うと不思議である。写真は横浜スタジアム。
P1000781_2

雷雨

横浜は雷雨。

体はバテバテだが、夏の夕立のような稲光と雷鳴とどしゃ降りのなか、ホテルに戻る道々、なんかサバサバした気分だった。


横浜は大阪より緑が多い。ちょっと脇道に入ると、びっくりするくらい草木が繁り花が咲いていたりする。出張先の職場近く、かなりはっきりした濃い色のあじさいが咲いていた。もう少し淡い色のほうが本当は好みではあるのだけど、疲れた体で曇天のしたに見ると、そのはっきりした濃紺の花に、かえって元気づけられた。

夕方からの雷雨のなか、あのあじさいも元気だろうな。

どしゃ降り

どしゃ降り
横浜は夕方から降りだし、どしゃ降り。

昨日は二十年ぶりに学生時代の友人と会った。
ホテルのフロントで友人を遠望したとたん、まったく同じ顔だあと思った(^^)

しかし、あれこれ話をしたら、人生いろいろ。
あの人もこの人も、さまざまな人生を生きている。

写真は先週、四国で食べたホタルイカ茶漬け。生臭いかと思ったら、おいしかった。

喜久荘

P1000777
 不精な性格が禍して、年賀状などを出しそびれたりしているうちに音信不通になってしまう友人が多々いる。
 先月、ひょっこりホームページを見た大学時代の友人からメールが来た。
 最後に会ったのがたしか私の結婚式で(数十年前!!)、その後も、電話などはたまにしていた記憶があるが、かれこれここ10年くらいは音信不通だったのではないか?
 なんでもいま、横浜に住んでいるとのことで、明日からわたしは横浜に出張でかつ珍しく個人行動の時間が取れるので数十年ぶりに会うことに・・・。最後に会ったときから10キロ以上太っている私を判別できるかな彼女は・・。
 ちなみに彼女とはルームメートだった。鹿児島本線のすぐ横の、しゃれにならんくらい<貨物列車が通ると揺れた>アパートに住んでいた。
 数年前、九州出張のとき、アパート付近を歩いたら、鹿児島本線は高架になっていて、アパートは影も形もなく、アパートのあったあたりはこぎれいな住宅地になっていた。

喜久荘の五畳間思へばダンボールの数としあはせは相関あらず
     『精霊とんぼ』

写真は、先日の四国出張のときの瀬戸大橋からの景色

ベストショット・・・のはず

 何十年も前の青春ドラマではあるまいし、夕陽に向かって走りたくもないが・・・。
P1000772
 でも、いかにもな夕陽をみて、つい、ほろっとしてしまう自分の情感の浅さに恥じ入りつつ、やっぱり、時と場合によってほろっとしてしまう。
 人生最大のほろっは、生れて初めての海外出張(しかもそれがはじめての海外旅行)のとき見たサンフランシスコの夕陽。チャイナタウンの近くの坂の上から、雨の前の、黒い雲の切れ間に見えた夕陽。望んだ出張でも海外でもなかった疲れ果てた夕暮れの異国の空の向こうの夕陽。
 その夕陽になにか救いのような温かみを感じた。小雨混じりの寒い寒い三月の夕暮れの景色であったのだけど。誰一人私を顧みる人がいないとき、だれもかれも離れ去ってみじめに取り残されたそのくらい空にある夕陽。

 写真は、昨夕、タクシーで通った淀川を越える橋の上の夕陽のベストショット・・・になる予定が、素晴らしい構図、素晴らしい夕陽の輝きの瞬間、車が一台走り去っていった。
 ほんとうにすばらしいことは、この地上では隠されているのかな(^^ゞ。

« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »

これんのTwitter

無料ブログはココログ