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メガネは難しい

 うーむ、見えない。。。。
 見えない。。。。。。。。。
 見えーーーん!!
ということで、老眼の進展著しく、近所の眼鏡屋までメガネのレンズの交換に。
 私は、外出時はコンタクトレンズだが、家の中では、メガネ。外ではなぜか気にならないコンタクトの目の中でのごろごろ感が嫌なのだ。寝るまえにベッドの中でうだうだ本読むのも好きで、近眼がけっこうきついのでメガネは離せない。コンタクトと違って、メガネだとそのまま眠れる・・・。

 しかし、いまのメガネでは見えないのである。コンタクトレンズはすでに5月の段階で老眼対応となっているが、メガネは近眼対応のみだったのだ。(こちらの記事参照)ついにメガネも老眼対応か・・・と観念する。

 そもそも何が読めないって、聖書が読めないのである。朝、お祈りの前に読む聖書は、コンパクト版で、縦横のサイズは通常の聖書と一緒だが、2ページ分が1ページに収まってて、厚さが薄い。薄いけど、当然、字は小さい。
 なんでそんな字の小さい聖書読んでいるのかといえば、これには書き込みやら線を引いたりしていないから。わが家にはもう一冊、通常版の聖書もあるが、これにはあれこれ書き込んだり線を引いている。 

 以前通っていた教会のI牧師曰く「デボーションのときに読む聖書は書き込みや線が引いてないものを使ったほうがよい。デボーションのとき、神様から示される聖書のみ言葉を先入観なく受け取れるから。以前書いた書き込みや線があると、どうしてもその箇所の聖書の読みが固定観念や先入観に縛られる」

 それまでは受洗前に購入した通常版の聖書を毎朝読んでいて、これにはたくさん書き込みをしていた。当時、家にはもう一冊聖書があって、それが受洗したとき母教会からいただいたコンパクト版。そちらには書き込みはしていなかったので、以来、そっちをお祈り前には読むことにしたのである。

 そもそも受洗前、母教会の当時のK牧師からは「聖書にはどんどん書き込みをしてくださいね。聖書はたくさん汚しましょう」と言われた。

 書き込みしたほうがいいんか、せんほうがいいんか、どっちやねん?という気もするが、まあデボーションのときは書き込みなしのほうがいいだろうなあと思って、結果、家ではコンパクト版を読みそれには書き込みせず、教会の礼拝時には通常版を持ってって書き込みをしている。
 現在の牧師先生の見解を聞いたことはないのだが、みんなどうしてるんだろう?
 
 で、メガネの話に戻れば、実際は、コンパクト版聖書以外の本も読むとき疲れやすくなってて、やはりメガネをどうにかせんといかんなあと感じてた。
 で、あれこれ検査してもらって、度数を調整してもらい遠近両用を作ることにしかけたところ、現在のメガネの度数と作ろうとしているメガネの「近」の度数がほぼ同じになることが判明。今のレンズは二年前に作ったとき、宅内用ということで弱めに視力を調整してもらっていたのだ。今回は、「遠」でしっかり視力を出し、「近」は弱めることになるが、その「近」が今のレンズと同じ。つまり、新しいレンズでも近くの見え方は変わらない。それじゃあ、何のためにレンズを変えるのかわからん、コンパクト版の聖書が読めんではないか・・・でも不思議なことに実際には調整してもらったレンズは今のレンズよりたしかに見え方は良いのだ。
 結局、今のレンズは、乱視の矯正が入っていないのと、黒目の焦点の合わせ位置が違うから見え方が悪いのだろうということに。うーむ、メガネのレンズも難しいのだなあ。
 で、一抹の不安はあったが、一応、調整してもらったレンズでの見え方はよかったので、それで作ってもらうことにした。日曜くらいに届くそうである。それで、コンパクト版聖書がすらすら読めるはずである。

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