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雨上がり

 『鱧と水仙』が届いた。特集、塚本邦雄と前登志夫は自分にとってなかなか苦しかった。

 それが短歌にとって正しいことかどうかはわからないが、わたしはわたしの痛みは短歌を通してのみ伝えようと改めて思った。

体調管理

 昨日まで博多出張で、出張時、久しぶりに38度を超える熱を出してしまった。出張前から風邪っぽかったのだけど、博多に着いた夜、本格発熱。牧師先生にメールして祈ってもらう。また牧師先生から連絡を受けた教会の方からも「大丈夫?」とメールが。
 一晩中、悪寒やら発汗がすごかったけど、結局、朝の出勤時には平熱に。
 ただ熱が下がった後も、ずっと咳は残っていてすっきりしない。
 今日は朝から病院に行き、薬を貰う。お医者さん曰く、熱がぶり返すことはたぶんないだろうけど、咳は長引くかもしれない、ということで、咳の原因を調べるために血液検査もしてもらう。

 教会の方と、夜、電話で話をしていたら、牧師先生が彼女に「吉浦さんは、不摂生だから体調を崩しがち」とおっしゃっていたとか(-"-)。「夜遅くまで、ビール片手にパソコンいじっとるんや」と。・・・なんで知っとるんだ・・・。
 とにかくしばらく出張が続くんで、より一層体調管理をしっかりしないと(T_T)。。。。

水が動くとき

「主よ、水が動くとき、わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです」
 昨日、風呂掃除を終えたとき、ふとヨハネの福音書のなかの一節が頭に浮んだ。ヨハネの福音書自体は好きだが、この箇所が取り立てて好きということはない。はて、なぜ急に頭に浮んだのか?風呂→水、って連想だろうか(^^ゞはて?と思いつつ別のことをしながらも、なんとなく気になる。「主よ、水が動くとき・・・」その言葉が離れない。
 この言葉は、38年間も病気で苦しんでいる人がイエスに向かって言った言葉。
 「水が動くとき」、というのは彼がその傍らに横たわっていた場所-ベトザタの池-の池の水が動くとき、最初に池に入った者はどんな病でも癒されるという言い伝えから来ている。水が動くのは主の使いが池に降りてくるから、と考えられていた。だから、その池の周りには、多くの病人が、水が動くのを待っていた。そして水が動いたとき、われさきに池に入っていったのだろう。
 この人は病のために体がままならず、水が動いても、最初に水に入ることができない。今度こそ今度こそと水が動くのを何年も待ち続けていたに違いない。でも、水に入ることはできなかった。
 だから<だれもわたしを水の中に入れてくれない>とイエスに訴えたのである。
 でも考えてみたら、初対面のイエスに「病気が治りたいのです」でもなく「病気のために辛いのです」でもなく<だれもわたしを水に入れてくれない>と訴えることは唐突である。そして、この言葉に現れるこの人の心の闇は深い。38年間の苦しみのために傷つき擦り切れ希望を持てない、そんな心。誰も自分を顧みてくれないという孤独感がある。
 「主よ、水が動くとき、わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです」
 私は幸い健康であり、自分で歩き行動できている。しかし、やはりどこか「水が動くこと」を待っていないだろうか。だれかがそこに入れてくれることを待っているようなところがないだろうか。
 この言葉を繰り返すうち、なんとなくそんなことを思った。
 

繰り返し繰り返し

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 先週、聖書の通読がすんだ。個人的には三度目。今の教会に来てからは一回目。今の教会では、聖書通読者の会というのがあって、通読した人には「通読達成証」というのをくれる。副賞は教会特製栞。今日、礼拝のあとで紹介されて、パチパチと拍手されて、いやはや、うれしはずかし
 しかし、私は虫のいいことに、聖書通読達成したら聖書が貰えるとばかり二週間前まで思っていた。しかし達成4回目までは回毎に色の違う栞で、5回達成ではじめて聖書が貰えるという事実を知ったとき、一瞬、え、聖書もらえないの~、栞だけかよ~(T_T)と通読をやめようかと思ったが、もうすでに新約最後の「ヨハネの黙示録」にそろそろ入ろうかというところだったので読み通した。ま、毎回ごとに聖書配ってたら教会の財政が持たんわなあ。

 聖書の通読はまだ洗礼を受ける前から実は始めていた。教会に通い始めた頃、当然、聖書はむずかしくてよくわからない。でも一回、隅から隅まで読んでみたらわかるかも、と思って読み始めたのが最初。当時通っていた教会では「聖書日課」というのがあって、カレンダーとともに今日読む旧約と新約の聖書箇所が書かれていた。それに合わせて読むと、旧約で3,4年、新約で2年くらいで通読できるペースだったようだ。多くの教会員の方はその日課に合わせて聖書を読まれていた。
 でも当時は、聖書読み通すのに3年も4年も待てるか~という気分で、教会の日課には合わせず、勝手にインターネットから<1年で読める>という通読表をダウンロードして読んでいた。さすがに一年では読めず、だいたい1年半くらいはかかったが。
 しかし一回読んでも当然聖書はわかりません。二回読んでもわかりません。三回でも・・・。で、各回ともだいたい一年半以上かかっている。
 どうせわからないのなら(?)、今後は、あまりわかろうとはせず、通読表どおり、一年で読み通すペースで読んでいこうかと思っている。わからないけど、わからないなりに、各回ごとに、発見はあるのが楽しい。同じ箇所を読んでも違うことが心に語られる。だから、繰り返し繰り返し繰り返し、死ぬまで聖書を読み続けたいなあと思う。聖書も貰いたいし。(←自分で、買え~)

歌会で鍛えられるもの

 短歌人の夏の会での吉川宏志さんの講演のなかで、印象に残っていることのひとつに、短歌を作っていくとき、いろいろと試行錯誤しながら、そのトライアルが成功かどうか歌会での批評を参考にしながら考えていくというくだりがあった。吉川さんの中で、作歌のうえで歌会というのが重要なファクターなんだなあと感じた。
 たしかに歌会では鍛えられるものがある。どんなにすぐれた歌人であっても、短歌というのは自作について他の人の批評を通してみないとわからない面が多い。この傾向は他の文芸ジャンルより顕著だと思う。

 しかし、歌会で本質的に鍛えられるのは、テクニカルな面だけではないように思う。むしろテクニカルな部分以外のところが極めて重要に思う。
 昨日、神楽岡歌会の帰り、いっしょになったSさんとも歌会などのことについて話をした。
 歌会で本当に鍛えられるのは何か。自作が、また歌人としての自分が本当に鍛えられる歌会とはどのようなものか。。。なかなか考えさせられた。
 
**
 夏休みの間、毎日、自転車に乗り、その他あれこれ体動かしていたのに、成果なしでずーっと体重が横ばいor微増傾向で、ダイエットモチベーション下がりまくりだった。今週、仕事再開で、いきなり忙しく、
体を動かすこともなく、体重も測る余裕もなかった。そもそも測ってもどうせ横ばいか微増だし、と投げやり気分。昨日は歌会のあと居酒屋にも行ったし、あー、もうきっと微増どころか激増かも・・と今朝も思って、体重測定はいつものようにパスと思ったが、いやいやここで体重の現実に目を向けないと、さらなるデブ道を驀進してしまうかもと思って、数日ぶりにえいっと体重計に乗って、びっくり。なんと体重が減っておりました。マレーシアからの帰国後からしたら4キロ近く減っていて、先週までの停滞期からも2キロ減。なにより体脂肪が顕著に減っていた\(◎o◎)/。
 単に体重が減っているのではなく、体脂肪も減っているので、これは先週までの努力がようやく現れてきたということだろうか?うれしいよー。じゃあ今週のさぼり具合は来週反映されるということだろうか?
 ま、なにはともあれ、気分がよくなって、今日は現金にもいそいそと体を動かした私であった。 

神楽岡歌会

 22日。京都で神楽岡歌会。春以来の出席。仕事はかなり切羽詰っていたけど、切り上げて京都へ。
 今回の神楽岡歌会、出席10名。ひさびさの京大会館。(神楽岡歌会としては先月も京大会館で行われたそうだが)
 この間の短歌人の夏の会もそうだが、短歌の会に出席することがこんなに嬉しいということは数年前までなかった。
 大阪までの帰路、JR車中の短歌談義?もおもしろかった。

お姉さん

 夏休み前のことであるが職場に今年度の新入社員が配属になった。
 院卒で、24歳だかそのくらいの男子。職種職場の性質上、新入社員の配属は珍しい。(どっちかというといろんな分野で経験を摘んだキャリア軍団の職場なので)
 夏休み前、その新人君の歓迎会が開催された。歓迎会の席順でたまたま私は新人君の近くだったが、たしかに近くで見れば見るほど若い。周囲の人に
「年齢的にも、私の息子くらいの年齢ですね」
と言ったら、周囲の人は気を遣って
「そーんなぁ、息子なんてことありませんよぉ。吉浦さんは彼から見たらお姉さんですよ、お姉さん」
と、とりあえず言ってくださる。
で、そうよね~、わたし、若く見えるし、お姉さんよね~、という気になった。

 歓迎会は、一次会、二次会・・とあり、その二次会のお開きの際、その新入社員君、独身寮に入っているのだけど、(そのとき配属二日目)二次会の場所から寮への帰り方が今ひとつわかっていない様子。そもそも彼は大阪出身ではなく、大阪自体不案内な様子。
 寮の場所から見て、帰る経路としてはそのときのメンバーの中で私が一番彼に近い。で、私が、彼を寮へ確実に帰れる乗り換え駅である梅田までしっかり送っていく担当に。普通、男性が女性を送るものではないかという突っ込みはさておき、私は彼を、梅田で阪急に乗せるという役を担った。
 二次会のあった場所の最寄駅で、私+新人君、と、他方向に帰るその他のメンバーで分かれた。分かれる間際、他方向に行くメンバーの一人のおじさんが、新人君と私を交互に見て、私に向かって、言った。
「ちゃんと彼を梅田に連れてってや。」
あ、はい・・・と私がいうと、さらに、キッと私の目をみて、おじさんは言った。
「頼むで、おかん!」
・・・おかん?。
 お姉さんじゃなかったんすか、私は~。あなたも一次会では「お姉さん」と言ってたじゃないですか~と言うのは声には出さず・・・
 ま、やっぱりおかんなのね、私は。(しかし、50代のおっさんから、おかんと言われるおぼえはないが・・。)
 で、ちゃんと彼を梅田で阪急電車に乗せ、ほっとした私であった。

この木何の木

 昨日、仕事の都合で、守口近辺を小一時間歩くはめに。日傘差して、いくら一時期より涼しくなったとはいえ、日中歩くのはたいへんだった。・・・しかも無駄足だった・・・(-"-)。
 それはさておき、その歩いている最中、知らない道を通っていたとき、写真のような花が咲いている木があった。いまどき、花が咲いている木自体あまり見かけないのだけど、この木は何でありましょうか?
 思わず業務中ながらケータイで写真撮ってしまいました。白い花の木、ピンクの花の木と並んでいて、めちゃ暑いなか、なんだかそこだけ春のようなほんわか気分。しかしそれは気分だけで、やはり暑かったが。枝先にだけ花が咲いてて、ぽよーんと枝先がたわんでいる感じもなんだか不思議だった。
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完治されますように

 昨日、休み明けにいきなりショックなニュースがあった。九州出張のとき、たいていお世話になるある事業場のIリーダー(50歳代半ば)が入院されるとのこと。昨日、ご本人と電話で話をしたときは「ちょっと胃の具合がですね・・・」と言葉を濁されていた。今日から入院なのだけど、今日になって、病名が胃がんであることがわかった。
 まだ初期がんなので、手術をして一ヶ月ほどの療養で職場復帰できるそうである。定期健診で異常が発見されての入院で、ある意味、早期発見で運が良かったのかもしれない。初期の胃がんの完治率はかなり高いそうだ。とはいえ、最善の医療がなされること、そして早期の回復・完治を心から祈る。
 Iさんの部署と、わたしが所属する部署は、組織上・業務上の双方の立ち場からは、対立というか議論を戦わせたり駆け引きをすることが致し方ない関係なのであるが、そのようななかでもIさんの誠実さへの信頼感というのはとても高く、議論をしていても、Iさんがそこまで言うならIさんを信頼してこちらは折れようか、みたいな流れになることが多かった。こっちが主張していることが、最後の最後でIさんの粘りでひっくり返されることも多かった。
 そういう人がいていただいてこそ、こちらの仕事のレベルもあがっていくというもので、Iさんの不在は、わたしたちにとっても大きな痛手である。
 仕事が終われば、ナイスなおじさまで、シンガポールのイーストコーストで焼酎をガンガン一緒に飲んだりした。
 ぜひ、元気になっていただいて、また仕事で喧嘩しつつ、仲良くお酒を飲みたいものだ。

メタボな羊

Hitujikun
 教会のホームページを休み期間中に少しリニューアルした。大きく変わったのは表紙で、他のページの内容自体は大きな変更なし。将来的なコンテンツの増加へ対応するためとアクセシビリティ向上のための構成変更が主。
 教会ホームページへ
 職場の先輩で、ホームページのことを知っている方に、「リニューアルしたんですよ」と今日いったら「見とくね~」とのこと。前のホームページで羊のイラストが走っていくスクリプトを使っていたのだけど、この先輩には「羊が後ろ向きで走っていくのはなぜ?」と聞かれたことがある。羊のイラストの画像データがフリーのもので向きを加工できなかったことと、移動スクリプトの座標計算に問題があったのだが・・。
 今回は羊は動かない。羊の画像データ自体変えた(上記画像)。しかし、この羊、少しメタボかも・・・。今度の羊は動かないです、といったら、先輩曰く「それは残念。やっぱり動かしてよ。メタボなら余計運動させなきゃ」。うーむ、やっぱり羊動かすか・・・。

お湯かけて3分

 ひさしぶりに自転車で礼拝へ。やや雲が多く、帰りも炎天・猛暑状態にはならないだろうということで。ケータイの熱中症予防サイトで確認をしたら、今日の昼間の大阪の熱中症危険度は「厳重警戒」。これは「運動禁止」~「安全」の五段階の危険度の上から二番目。こりゃ危ないんじゃないかと思いつつも、厳重に警戒しながら自転車で走る。ついこないだまでは、「運動禁止」レベルが多かったことを思うと、だいぶ暑さもやわらいだのかもしれない。

 帰宅後、ハーブ栽培キットの種まき。これは短歌人の夏の会のとき、会の前に行った神戸の布引ハーブ園で買ったもの。「真夏と厳冬以外はいつでも蒔けます」と書いてあって、まだ暑さからいうと真夏なのだけど、もう待ちきれんので蒔くことに。
 私はずいぶん昔、一時期かなりガーデニングに凝ったことがあって、ベランダ中に花だのハーブだの作っていた。なかなか楽しかったのだけど、ある夏、田舎に帰省して帰ってきたら、その間の猛暑で、植物が全滅してて、以来、ぷっつりとガーデニングはやめてしまった。
 ハーブ園で、むかしはベランダで摘んだハーブでハーブティとか作って飲んでいたよなあ、と思い出し、かといって、苗や普通の種を買って育てる根性はなし、「お部屋やオフィスの机で簡単栽培」という惹き文句につられ栽培キットを購入した次第。栽培キットは二種類あって、今日はそのうちの一種類を種まき。
 で、キットをあけてびっくりしたのが、浅田飴が入っているくらいの大きさのカンカンで栽培するのだけど、このカンカンに土とか種が入っているのかと思ったら、種はあったが、あとはなんか小さな袋だけ入っていた。あれ?土は別に自分で用意するの?と思ったら、<袋の中に入っている土にお湯をかけると三分ほどで膨れます>と説明書に書いてある。お湯をかけて3分待つなんてカップラーメンみたいだ(@_@;)。
 とにかくお湯を準備してかけたら、3分も待たずにぷわーと一気に土が膨れ、缶からこぼれそうになる。それに根腐れ防止剤を混ぜ、種をまいたらよいらしい。しかし、お湯かけて熱くなっている土に種を蒔いたらあかんやろうと思い、しばらくさましてから、蒔いた。(蒔いたあと、説明書をみたら下のほうに、「お湯をかけて熱いときは種を蒔いてはいけません」、とご注意があった・・・ま、そうだよね)
 ま、なにはともあれ種が蒔け、めでたい。早く収穫したいものだ。写真はお湯をかける前のキットとかけたあと。
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お盆の思い出

 朝からあれこればたばたしてて、すっかり疲れてしまった。ふぅ。

 朝のNHKニュースを見てても、7時から7時半までずーっとオリンピックのことばかりやっている。もっとも朝はばたばた落ち着かないので、7時からリアルタイムにニュースを見ているのではなく、ワンセグで録画してて、あとからザッピングしながら見ている。ゆっくり時間があったとしても、あんなん、まともに30分もつきあってられないが。
 中国でのオリンピックに関する報道統制がすごいと新聞に載っていたけど、日本のニュースも大丈夫かと思う。ぜんぜん大丈夫ではないと思うが。もちろん、そりゃ水泳の北島選手も体操で銀になった19歳も偉いけどさ。

 さて、今日はお盆である。クリスチャンにはお盆は関係ないのであるが、お盆といえば、長崎県人としては精霊流しである。もっとも私は長崎市内の盛大な精霊流しは知らない。佐世保の、おそらく長崎市の二番煎じのような規模の小さな精霊流しを遠目に見ていただけである。
 精霊船は初盆の人がいる家で出すのだけど、私は佐世保にいる間、初盆の人がなかったので、実際に船を出すのを間近で見たことはない。(私の父親のときは小さかったので記憶にないが、おそらく出さなかったのではないだろうか?)
 しかし、夜の道を、精霊船が運ばれていく様子というのはなかなか印象的である。宗教的云々より、自分自身の夏の思い出としては精霊流しの光景は忘れがたい。

 もうひとつお盆といえば、しょーもない思い出として、NOVAに行っていたころ、アメリカ人の若い女性講師が、お盆のことを「Oban」「Oban」と言っていた。最初何のことかわからなかったが、よくよく聞くと「お盆」のことらしい。生徒は皆、あれ?と思いつつ聞き、それでも一回くらいなら聞き流すのだけど、何度も「Oban」が繰り返されるので可笑しくて、ついに私は「<オバン>とは日本で、若くない女性を蔑称的にいう場合に使われる言葉で、たいへんデンジャラスな言葉です。」と言ったら、講師もはっと気がついたようで大笑いしていた。

足踏み

 教会のホームページをリニューアル中。マイナーチェンジではあるけど、全体のナビゲーションを良くするため、構成を変えるので、そこそこの作業量になる。構成の骨格はどうにかできたので、試案をアップして(といっても、まだ教会関係者以外には公開はしてません)ひと段落。

 ダイエットが足踏み状態。毎日自転車に乗ったり、体操したりしてるのになあ。秋にはさらさらワンピースの予定なのだが、赤信号である。うーむ、さらさらワンピースは春にするか・・・いやいや、すぐ諦めるのが良くないのだ。

メガネは難しい

 うーむ、見えない。。。。
 見えない。。。。。。。。。
 見えーーーん!!
ということで、老眼の進展著しく、近所の眼鏡屋までメガネのレンズの交換に。
 私は、外出時はコンタクトレンズだが、家の中では、メガネ。外ではなぜか気にならないコンタクトの目の中でのごろごろ感が嫌なのだ。寝るまえにベッドの中でうだうだ本読むのも好きで、近眼がけっこうきついのでメガネは離せない。コンタクトと違って、メガネだとそのまま眠れる・・・。

 しかし、いまのメガネでは見えないのである。コンタクトレンズはすでに5月の段階で老眼対応となっているが、メガネは近眼対応のみだったのだ。(こちらの記事参照)ついにメガネも老眼対応か・・・と観念する。

 そもそも何が読めないって、聖書が読めないのである。朝、お祈りの前に読む聖書は、コンパクト版で、縦横のサイズは通常の聖書と一緒だが、2ページ分が1ページに収まってて、厚さが薄い。薄いけど、当然、字は小さい。
 なんでそんな字の小さい聖書読んでいるのかといえば、これには書き込みやら線を引いたりしていないから。わが家にはもう一冊、通常版の聖書もあるが、これにはあれこれ書き込んだり線を引いている。 

 以前通っていた教会のI牧師曰く「デボーションのときに読む聖書は書き込みや線が引いてないものを使ったほうがよい。デボーションのとき、神様から示される聖書のみ言葉を先入観なく受け取れるから。以前書いた書き込みや線があると、どうしてもその箇所の聖書の読みが固定観念や先入観に縛られる」

 それまでは受洗前に購入した通常版の聖書を毎朝読んでいて、これにはたくさん書き込みをしていた。当時、家にはもう一冊聖書があって、それが受洗したとき母教会からいただいたコンパクト版。そちらには書き込みはしていなかったので、以来、そっちをお祈り前には読むことにしたのである。

 そもそも受洗前、母教会の当時のK牧師からは「聖書にはどんどん書き込みをしてくださいね。聖書はたくさん汚しましょう」と言われた。

 書き込みしたほうがいいんか、せんほうがいいんか、どっちやねん?という気もするが、まあデボーションのときは書き込みなしのほうがいいだろうなあと思って、結果、家ではコンパクト版を読みそれには書き込みせず、教会の礼拝時には通常版を持ってって書き込みをしている。
 現在の牧師先生の見解を聞いたことはないのだが、みんなどうしてるんだろう?
 
 で、メガネの話に戻れば、実際は、コンパクト版聖書以外の本も読むとき疲れやすくなってて、やはりメガネをどうにかせんといかんなあと感じてた。
 で、あれこれ検査してもらって、度数を調整してもらい遠近両用を作ることにしかけたところ、現在のメガネの度数と作ろうとしているメガネの「近」の度数がほぼ同じになることが判明。今のレンズは二年前に作ったとき、宅内用ということで弱めに視力を調整してもらっていたのだ。今回は、「遠」でしっかり視力を出し、「近」は弱めることになるが、その「近」が今のレンズと同じ。つまり、新しいレンズでも近くの見え方は変わらない。それじゃあ、何のためにレンズを変えるのかわからん、コンパクト版の聖書が読めんではないか・・・でも不思議なことに実際には調整してもらったレンズは今のレンズよりたしかに見え方は良いのだ。
 結局、今のレンズは、乱視の矯正が入っていないのと、黒目の焦点の合わせ位置が違うから見え方が悪いのだろうということに。うーむ、メガネのレンズも難しいのだなあ。
 で、一抹の不安はあったが、一応、調整してもらったレンズでの見え方はよかったので、それで作ってもらうことにした。日曜くらいに届くそうである。それで、コンパクト版聖書がすらすら読めるはずである。

在庫なし

 ゆうべ、ひと仕事すんで、気分良くビールでも飲もうか、と思ったところ、うちにビールがないことに気がついた。
 そもそも昨日は休肝日の予定で、ビールなぞ買っておらんかった。(わたしはビールはその日消費する予定量をその日購入することにしている。割高なのだけど、まとめ買いしてストックしてても、あると飲んでしまって(^^ゞ、結局割高になるので、必要以上のアルコールは家に置かないことにしている)
 冬場なら、焼酎などが置いてあることもあるのだけど、昨日は、それもない。しかし、無性にビールが飲みたい。なのに、家にあるアルコールは料理酒だけなのであった。
 結局、もう夜も遅く、いまさら買いに行くのもなんだかなあ・・・しかも明日の体重・体脂肪測定も気になる・・・ということでわたしにしては殊勝に我慢。
 我慢のかいあって、本日の体重・体脂肪、少しマシに・・。でもまだ道は険しい。

 短歌人の夏の会に行ったのはいい刺激だった。読んで、考える。考えながら、書く。私には訥々とした繰り返ししかできないし、その繰り返しすら、現実生活の中、ままならなのだけど、その訥々とした繰り返しを続けていけますように、と願う。

燃えたはずなのだが・・・

 明日は短歌人の締め切り、で、今日時点で投函していないということはすでに締切遅れ・・・。すみませんm(__)m。鋭意努力中。。。。。

 昨日の異界ツアーの疲れが出るかと思ったら、さほどでもなかったので良かった。
 でも、ゆうべ、たくさん飲んでたくさん食べたせいか、体重はむしろ増えていた、がーん(@_@;)。。。。。昨日、牧師先生曰く「これだけ走ったのだから脂肪が燃えているはず」。・・・・燃えた以上に補充してしまったのだろうか(T_T)。
 しかし気を取り直し、「明日、しんどくても、5分でも10分でも走ったほうが良い」と言われてたので、夕刻、神崎川へ。5分10分どころか、めっちゃ快調で、ついつい神崎川の東のはずれの源流まで行ってしまった。しかも、そこまで、自宅から20分で行けた!自宅からだと6,7キロだろうか?わたしとしては早いペースである。
 ところが帰りはとんでもない向かい風で、漕いでも漕いでも進まない。むちゃくちゃしんどくて、ああやっぱり5分とか10分程度にしとくべきだったと後悔した。結局、帰りは40分もかかってしまった~。結局、一時間自転車こいでたわけで、これで明日も体重が増えていたら、なんだかちょっとムカっとしそう。
 それしにしても、ふう、疲れた。とにかく短歌推敲しないと・・・。

異界ツアー

 「神崎川は西に行かないとあきません。西へずーーーっと行くと異界のような不思議な空間があります。そこまで行かないとあきません」
と牧師先生。
 わたしが休みに入って、神崎川を自転車で走っていると聞き、そうおっしゃる。なんでも、神崎川の西の先、出来島の先あたりに
「猿の惑星のティムが辿り着いたような殺伐とした空間がある」
とのこと。「そこへ行け」と牧師先生。
 いくら牧師先生のお言葉でもそれはとんでもなくて、出来島なんてそんな先どころか、わたしがいつも降りる神崎川の位置標識の95番から、ほんの1,2キロ西に行っただけで、わたしはけっこう怖くて、それより先に進めない。異界のようなというより、背丈より高い草が生えてたり、道が狭くかったり、ひどく低く暗い陸橋の下を走ったり・・・となんだか女性が一人で走るには物理的に怖い感じがあるのだ。
 「西には行きません」
と私。
 しかし、礼拝後の、事務室での事務作業中にも、地図をもってきて、「このあたり」とわざわざ説明してくださる。だが教会のPCでグーグルのストリートビューを見てもいまひとつ場所がわからん・・・ということで
 「じゃあ、四時に神崎川95番標識に集合」ということに。
 で、突如、自転車で神崎川異界ツアーへ。

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 で、行ってきた<異界>の写真。一枚目、なんだただの公園じゃん、と思われるかもしれませんが、たしかにその場に立つと変な感じだったんですよ、このあたり。団地とかあったんですが、なんかこう・・・生気がないというか・・・。で、振り向くと二枚目の写真のような光景もあり、地の果て感がありました。ただ、そういう景色を<異界>と感じるのは自分の中の意識によるというか、うまくいえないのだけど、殺伐としたような、虚無のような、どこか現実から剥落したような景色というのは自分のなかのなにかの反映なのだと思う。(牧師先生もそれを言いたかった??)

 個人的には、この<異界>にいく途中、わたしは自分が一年位前に短歌に詠んだ景色と出合ってびっくりした。その場所に行ったのは初めてだったのだけど、神崎川の(わたしがそれまで行った範囲での)西側を歌にしたとき、作りながら実際に見た景色とは違う別の景色がはっきりと脳裏に浮んだ。浮んだからどうってこともなく、それほどたいしたこともない歌を作ったのだけど、浮んだ景色というのは明確に記憶に残っていた。で、今日、その景色とまったく同じ景色に出合ってびっくりした。

 <異界>まで往復だいたい20キロくらいだった。わたしにとってはとってもすごい距離。トライアスロンやらディアスロンをなさる牧師先生からしたら軽~いお散歩みたいなものだったかもしれないけど、わたしにとっては、「<異界>を見れるのなら明日から夏休み全部寝込んでも悔いはない」くらいの覚悟のツアーであった。特に行きはしんどくて、通常、礼拝やら個人的に神崎川を走るときの距離も走っていないころから結構息があがってきつかった。
 しかも、<異界>に近づいたころ、右足の薬指がつってしまって、<イテテ>状態。だいたい、全行程、牧師先生は、自分がスピードを出さないように、かなりとろとろとしか走れない私が前に走るようにして走っておられたけど、そのときは先生の方が先をすいすいと走っておられた。
 うー、足イテ~。
 つったのは薬指だけだから自転車漕げないことはないが、痛い。痛いなあと思いつつ先生に遅れないように走っていたら、だんだんと修行のような気がしてきた。先生、キリスト教は信仰義認(修行や、功徳などの人間の努力や行いによって義とされるのではなく、信仰によってのみ義とされる)じゃなかったんすか~(T_T)、と思いつつ<異界>へ。

 でも帰りはぐっと楽で(さらに先生がスピードを下げてくださったのか?)息が上がることもなくゆったり帰ってくることができた。P1010055
 帰り途中の神崎川。このあたりは普段見る神崎川よりだいぶ川幅が広い。写真では、けっこう夕暮れっぽいが、実際はまだだいぶ明るかった。だから、写真を見て記憶と違うのが不思議な感じがする。写真のほうが実際の景色より異界のようでもあるし、なんだか祝福に満ちているようでもある。

風化

 夜7時のNHKニュースが北京オリンピックの柔道の放送になっていた。ずっとその後もオリンピック番組ばかりのようでニュースの放映はないようだ。どうやら日本にはオリンピック以外のニュースはないらしい。
 
 今日は長崎の63回目の原爆記念日である。小中学校の頃は、いつも登校日で、被爆経験のある先生から体験談を聞いたものだった。
 しかし、私自身、田舎を出てから、毎年この日をきちんと覚え、あれこれ考えているかというと全然そんなことはない、というのが正直なところ。ものごとが風化していくスピードは、時間がどれだけ流れたかではなく、一人一人の心の有様に依存するのだなあと、恥ずかしながら思う。
 でも実際に経験をした人からしたら、風化どころかそのときからずっと時間が止まっているような心があるのではないかと思う。その止まった時間の中にある苦しみはとても想像できない。

見失う

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 今日から夏季休暇。まだ仕事の人も多い中、一足先に・・という感じで恐縮だが・・、休暇といっても、年休消化なのだけど。
 梅雨明け以来、猛暑でチャリ通礼拝もやめてて、しばらく自転車に乗っていなかったけど、今日は日差しのきつくない時間帯を選んで、ひさしぶりに自転車で神崎川へ。

 昨年来、礼拝に自転車で通ってて、たまには礼拝以外の休みの日に気分転換に走ることもある神崎川沿いの道。何回走っても、たまに、ふと「ここはどこ?」と呆然とする場所に出くわす。(・・って以前書いたような気もするが、はっきり記憶がない(-"-))
 それはいつもほぼ同じ箇所で(そういう意味では、学習すればいいものだけど)、しかもなぜか、淀川方向から自宅側へ(つまり西向き)走るときにだけ出くわす。自宅側から淀川方向へ向かうとき(つまり東へ向くとき)はそういう「ここはどこ?」状態は起こらない。、
 神崎川南側を走りながら、北岸を見ると、公園があったり、工場があったり、ある程度、特徴的な景色があるのだけど、ある区間がどうもまったく特徴のない景色となる。どうもそのあたりで、わたしは自分の走っている場所がよくわからなくなるのだ。何の特徴もない景色を見やりながら、どんどんと不安になってくる。いつのまにか私は西に来過ぎたのではないか。私は自宅に帰るときは、自転車道の95番出口から上の道路に上がる。いつのまにかその95番出口を走りすぎ、どんどん西に向かっているのではないか。
 いやいやそんなバカな。95番出口付近には、大きな鉄橋もかかっていて、北岸には工場の建物もある。気づかずに通り過ぎるわけがない。本当に実際、95番出口付近を通り過ぎることなんて考えられないのだけど、特徴のない北岸の景色と、負けず劣らず特徴のない自分が走っている草まみれの南岸の景色の中で、ほんとうに、帰り道から切り離されたような奇妙な不安な感じに捕らわれてしまう。通り過ぎるわけのない95番出口がこの世から消滅してしまったような、なんとも心もとない、大げさに言えば、黄泉にでも向かってるような気になっていく。
 もちろん、それはそんな長い時間ではなく、すぐに覚えのある景色が戻ってきて、ほっとするのだけど、ごく短時間ながら自分の位置を見失う感覚というのはひどく不思議なものだ。
 まあ、今日はそういうことはなかったが。。。。

 そのかわり、西へ向かう帰り道、雲が多い空の向こうに淡い色の青空がひらけて見え、一瞬風がさーっと背後から走っていった。そのとき、「ああ秋が来るんだ。」と感じた。その一瞬ののちは、まだ暑い夏だったのだけど、自転車を漕ぎながら、しばらく秋の爽快な空気と空の色がありありと感じられ、「かならずや、あの秋の景色、あの秋の感覚の中で、私はまた神崎川を走るであろう(←預言者かい?)」と思った。帰宅して気づいたが、昨日は立秋だった。

短歌における「信じ合う力」

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この間の、短歌人夏の会での吉川宏志さんの講演で印象に残ったのは「他者」について吉川さんが語っていたところ。自分とは違う作者の文体というかリズムというかそういうものを通じて「他者」と出あうことを話しておられた。
 あらためて、吉川さんの評論集『風景と実感』を読み返すと、短歌を読むことを通じて<他者と出遭う>とか、<作者と読者が言葉に向き合って、信じ合う力を生み出す>というような言葉に出会う。
 自分自身は、無意識のうちに、短歌の文体やリズムを通じて<他者>を感じていたかもしれないけど、あまり意識はしていなかった。考えてみれば当たり前のような気もするのだけど、でもやはり<他者>という言葉に考え込んでしまった。言葉によって立ち上がってくる<他者>。うーむ、なんとなく胸のあたりがむずむずとする。

 写真は、短歌人夏の会で行った神戸の町。高所恐怖症で閉所恐怖症の私がロープーウェーに乗った。これがまた揺れて・・・死ぬかと思った。いやしかし、その恐怖を乗り越え、ロープーウェーに乗れて、一回り人間が大きくなった気がした!?(二枚目の写真は決死のロープーウェーからの景色)

 淀川教会のニュースブログを更新しました。竹山広の短歌を引用したりしました。少し強引な読みがあるかもしれませんが・・・。よろしければご覧ください。

 

短歌人夏の会

 5年ぶりだか7年ぶりだか、カウントできないくらい久しぶりに短歌人の夏の会に出席。
 初日は『塔』の吉川宏志さんの講演があった。実作者の立場からの歌の作り方、読み方。「歌は動詞で作る」「身体感覚で読む」etc、吉川さんの評論集『風景と実感』にも通じる内容で興味深かった。
 「人の見ていないところをみる」というところは、質問もしたけど、もう少し、実際は奥深い話なのだろうと思う。質問に対しての回答の中で、「自分の言葉を疑う」というようなことを言われてて、そのあたりは非常におもしろいと思った。
 個人的には、ひさしぶりに蒔田さくら子さんや三井ゆきさんに御挨拶できたのが嬉しかった。
 短時間の滞在で、いろんな人とゆっくり話はできなかったが、「吉浦さんは以前はばりばり短歌も文章も書いていたのにねぇ。」とか「教会に行くから明日の歌会にこれないとはけしからん」とか(*_*;あれこれ聞きました。
 けっこうトホホな気分で帰路に着いた。
 トホホなおまけで、神戸から阪急の十三駅乗換えで京都線に乗り南方駅で私は降りないといけないのだけど、間違えて南方に停まらない快速急行に乗ってしまい淡路まで行ってしまった。南方まで遠くはないのだけど、疲れていたし、もう一度戻ってくるのはしんどかった(T_T)。
 写真は、左、講演会進行の小池光氏、右、『塔』の吉川宏志氏。
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フルマラソン?

 どうにか題詠マラソン43首目となる。フルマラソンまで達した!?次の目標は折り返し地点。
 このペースで10月までに100首、間に合うだろうか???
 8月の休み明け~9月は、もう半端じゃなく忙しい。(それを考えると今から嫌になる(T_T))
 どうにか100首完走できますように。

 ところで、職場でマナーに関する川柳を募集してて、特に提出が強制されているわけでもないので、気にしてなかったのだが、今日、パソコンの前で作業しているとき、業務ツールの動作中、待ち時間があり、2句ふと思いついた。
 で、川柳を募集している事務局にその2句を提出しようかどうか迷っている。
 川柳って全然作ったことがなくて、その2句の出来がいいのか悪いのか皆目見当がつかない。
 職場の人は私が短歌をやっていることなんて知らないから別にいいのだろうけど、下手くそな川柳を出すのは、
歌人のはしくれのはしくれとして悔しい。しかし、下手なのかそこそこなのか、ちっともわからんので、余計もやもやしている。。。。

043:宝くじ(吉浦玲子)

シャッターの降りたる宝くじ売場夜の果てより来し猫が見る

042:鱗(吉浦玲子)

真夏日の路上をいましよぎりしか蛇の鱗のごときひかりぬ

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