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あれこれ

 夏バテがひどいと思っていたら、どうも病気というか体のバランスが本格的に崩れているようだ。といっても寝込むほどではないのだが。

 次の土日は短歌人の全国大会。今年は開催地が関西ということで久しぶりに参加。たぶん6,7年ぶり。おそらく浦島太郎状態であろう。もっとも、参加といっても、日帰りで土曜日だけ。
 昔は、短歌人の全国大会は子供連れで毎年フル参加していた。深夜(時に明け方近くまで)あれこれ話をしたり、ちょっとした騒動があったりして、思えば熱かった。全国大会でなくとも、月々の関西歌会でもいろんなことがあって、今思えばあの頃は、ある種の青春時代みたいなもんだった。
 年取ってしまった今年は、こそこそと行って、こそこそと帰ってくるつもり。実際問題、滞在時間が短いと思うので、知っている方にもあんまり挨拶もできないかもしれないなあ。


 「神様はあたらしい扉をお開きになってから、古い扉を閉められる」
というのは牧師先生が紹介されたボブ・ウィーランドという方の言葉。ボブ・ウィーランドはベトナム戦争で地雷を踏み、下半身を失った方だそうだ。野球選手として将来を嘱望されていた彼は失意のなかでも神様を信じ、神様が用意されている<もっと素晴らしいこと>を確信して生きていく。そんな彼は、下半身を失ったあと、大学に戻り、教師の資格を取り、美人の奥さんをゲットし、さらには二本の腕で<歩いて>3年8ヵ月かかって、アメリカ大陸を横断するという偉業を成し遂げたそうだ。

 困難な状況の中で、もっとも頼みにしていた扉が閉ざされたように見えるときでも、すでに<もっと素晴らしいこと>への新しい扉は開かれていたというのは、自分自身のこれまでを振り返るとよくわかる。(振り返るとよくわかるが、その当時は、かなり恨みがましく古い扉に固執していたりするが(^^ゞ。)
 最近も、扉が閉じられてしまったなあということがあった。ショックで、とても<もっと素晴らしいこと>なんて考えられない。
 正確に言うと、いきなり古い扉が閉められたわけではなく、「こっちへこいよ」とおそらく神様は新しい扉をさして言っているんだろうと思いつつ、どうしても私は自分が固執している古い扉の前から離れないでいたら、ついに「ええ加減に目ぇさまさんかい」と古い扉が目の前で閉じられた・・という感じなのだが・・・。

いわしピザがおいしいなんて・・

 先週は九州の鳥栖へ出張。今年三度目の鳥栖である。

 鳥栖といっても、出張先の工場はいくつかあって今回行った工場は一年半ぶり。そこの工場の方との会食といえば、いつもおなじみの居酒屋で、その居酒屋も一年半ぶり。
 で、その居酒屋といえば、いわしピザである。
 別にいわしピザはその居酒屋の名物料理でもなんでもなく、はじめてそこの工場にいき、また初めてそのメンバーの行きつけの居酒屋にいったとき、なにげなくわたしが頼んだ一品。なんとなくアンチョビがのったピザみたいなものをイメージしてオーダーしたら、出てきたのは、いわしのチーズ焼きっぽいもの(ピザ生地はなかった)。これがまた強烈な匂いで、チーズとイワシが、それぞれに激しくそれぞれの匂いを自己主張してて、一口食べたら匂いの強烈さと全体の生な感じで、二口は食べられないというもの。
 前回記事参照(いわしピザ写真つき)
 以降、そこの工場に出張するたび、大阪からその居酒屋ははじめてという出張メンバーがいたら、かならずいわしピザを食べていただくことにしている。

 今回も、いわしピザを注文したら、初めて食べるメンバーの様子が変。なんだか美味しそう。
 怪訝に思って、わたしも食べてみたら、なんと美味しい。
 そもそもいわしが美味しい。店のマスターがやってきて、「いわしの刺身もある」とおっしゃるので、いわしの刺身も食べてみたら、これも絶品。(そもそもその店はお魚類は新鮮でおいしい)刺身に出来るくらい新鮮ないわしを使ったいわしピザだから、たしかにおいしいはずである。(これまでのいわしピザは何だったのかと思うが・・・)

 仕事自体はなかなかたいへんだった。
 帰阪後、夏バテがひどい。
 ゆうべは、会社から早く帰ろうと思ってたら京阪電車が落雷事故で動いてなくて、京阪が復旧するまで仕事をした。(といってもそんなに遅い時間ではなかったが・・)なんだかさらに疲れてしまった。

むやみなあかるさ

 ビオフェルミン+ビールはぜんぜんOK。
 ただ、どうも固形物を食べるとだめみたい。

 社内の英会話のクラス。社内のクラスなれど、どうしても平日のクラスだと出張やら残業やらで欠席が多い。ここのところ負け越していた出席率が、どうにか勝ち越しに。
 初回の謎の女性はいまだに不明。

雪に傘、あはれむやみにあかるくて生きて負ふ苦をわれはうたがふ
   小池光
 まったく今の季節感から逸脱した一首。
 むやみにあかるい光に照らしてみれば生きて負う苦など一瞬ばかばかしいようなはかないようなことにみえる。
 でもやはり現実には逃れられない苦なのである。この苦は、どこか仏教的な感覚もあるのかなあと思う。
 いずれにせよむやみにあかるいあかるさはとても悲しい。
 

ビオフェルミン+ビール

 冷房は好きではないが、さすがに暑いのでつけている。設定温度は高めで28度。会社で28度設定だと、空調の関係か、人がたくさんいるせいか、あれこれ歩き回って運動量が多いせいか、かなり暑く感じられるのだけど、自宅だとどうも冷えてしまう。特に手足にこたえる。しかし、冷房切ると、暑いし・・・。
 冷房と除湿を切り替えたりして冷えすぎないようにしているが、今日はお腹も冷えたみたいで、胃腸の調子が悪い。風邪の引き初めだろうか?あるいは夏バテ?
 どうか皆様も体調にはくれぐれもご注意ください。

 胃腸の調子が悪いので今日はビールが飲めない、と、ある方にメールをしたら、「ビオフェルミン飲んでからビールを飲んだら?」というありがたいアドバイス。なるほど~。(ほんとに良いのかなあ(-"-))

風のかたち見せて芒のふくらめる古きあそびよかがやきかがやく
   森岡貞香 『夏至』

順調だが・・・

 ダイエットはけっこう順調である。
 マレーシア帰国後の自己新の激増体重から、2キロ減。マレーシア行く前からしても1キロ減。
 一応マレーシア前を基準にして、あと5.5キロ減を秋までに実現させたいところ。

 順調なダイエットであるが、少しショックなことが・・・。
 昨日、私より年上の女性と話をしていたら、その女性が冗談で私に向かって
「あんた、うちの娘とおんなじやで~」
と笑って言われた。そのとき、わたしはTシャツの上に、ふわっとして胸から下がゆったり広がる感じのロングベストみたいなものを着ていた。・・・それは見ようによっては、マタニティっぽく見えなくもない。<うちの娘とおんなじ>というのは、娘さんがなんでも初産でいま七ヶ月なのだそうだ・・、つ、つまり妊婦に見えるでーということ。むかー。
 ま・・えと、わたし一応胸がけっこうありまして、その服装の場合、よけい、胸から下が広がってふんわか見えるのである。妊婦に見えたのは、断じて、お腹が出てるからではない!?・・・いや、やっぱ出ているせいもあるか(T_T)
 ま、よく知っている方で、タイミングもよく、女性ばかりのなごやかな感じの中での言葉だったので、周りの人も私も皆なごやかに笑ったが・・(^^ゞ。やっぱり、痩せんとな~。

 しかも・・その服を着てて妊婦と言われたのは初めてではない(T_T)。
 先月、教会で、最近教会に来られるようになった私より少し年上の女性から、やはり唐突に
「おめでたですか~?」
と聞かれたのだった。その方の場合は、ごくごく素直に率直に「おめでた?」と聞かれたので、ショックだった。
 あとから、牧師さんなどに話をしたら、女性の方たちは大笑いして、男性の牧師さんはフォローにたいそう苦慮されていた。
「若く見えたんですよ、若く。いやほんと、若く見えますから。三十代に見えたんですよ!」
 そうそう、若く見えたんですよね。実際は若くないけどさ。三十代に見えたに違いない。
 でも若くても、ダイエットはせなあかん!!!!
 ・・・それにしても、当分、あのマタニティ疑惑を引き起こす服は着んぞ。

草いきれ

 小学校の頃、なぜかうさぎを飼っていた時期があった。今でこそ、うさぎはペットとしてけっこう流行っているけど、当時は、<うさぎを飼う>ということは珍しかった。
 でも、なぜか一時的に私が当時住んでいた町内で超ローカルに流行って、近所のあそこでもここでも飼っていたので、なんとなく私もうさぎが飼いたくなって、飼うことになった。(母親の仕事の関係の人が、なぜかうさぎを持ってきてくれた)
 今のペット用のうさぎとは品種がおそらく違うのだろう。ずどーんとした、本当に、野っぱらを走っているような垢ぬけないうさぎ。また、このうさぎというのは、ペットとしては、あんまりかわいくないものだ。最近のペット用のうさぎは違うのかもしれないが、まったく人になつかないし、食べて走るだけ。(走り出すと、すばしこいので捕まえるのがたいへん)表情や行動がかわいいわけでもない。
 かわいくはなかったけど、一応、飼育係として私はまじめに働いた。学校から帰ってくると、毎日毎日、うさぎの餌の草を集めに行った。今のようにペットショップで餌を買うわけではなく、近所の草っぱらで、草をちぎって、大きなゴミ袋くらいのビニールに毎日積めて帰ってきた。うさぎの食べる草と食べない草があって、ちゃんと食べる草だけを採ってきた。(ちなみにうちのうさぎは、にんじんはまったく食べなかった。うさぎというとにんじん、と思うけど、にんじん嫌いのうさぎもいるのだ)

 かわいくなかったうさぎは、当然のようにあんまり家族にかわいがられなかった。しかも草を食べさせすぎたせいか、すっかりデブうさぎになり、余計かわいくなくなった。家にいたのは、数ヶ月か一年ちょっとくらいだったろうか?あんまり記憶がない。私は草集めがいい加減しんどくなったというのもあり、うさぎを持ってきてくれたおじさんにふたたび引き取って持ち帰ってもらったことを覚えている。なんだかとても気の毒なうさぎだったと思う。

 と、うさぎのことを書いているのは、先日、電車の中で、ペット用のうさぎをバックに入れている人を見かけたから。黒いうさぎだったが、たいへんにかわいい、いかにもペット用に洗練された種のように見えた。ああいううさぎは田舎の草っぱらで採ってきた草などは食べるのだろうか?

 うさぎの餌を採った田舎の草っぱらを思うとき、なんといっても、暑い時期の草いきれを思う。立ち上る激しい草の香にむせかえりつつ、ひたすらまじめに草を採った。背の低い私は四方八方から草の香に攻め立てられるように草に埋もれて草を採った。

 大人になって、田舎を出てから帰省をするとき、山道を走っていく佐世保線の車窓すれすれまで茂る草があり、帰省のたびにその景色を見ていた。その草いきれは窓を閉じ冷房の効いた車内ではさすがに感じられない。でもその景色を見ていると、子供の頃の、草に埋もれていたときの感覚を思い出すことはあった。
 「付箋」などにも書いたことであるが、ある夏、田舎でたいそうしんどいことがあり、気まずく大阪へ帰る佐世保線の中、やはり車窓を見ていた。暑苦しい、むっとする草の茂み。その茂みをみながら、ほとほと心が痛んだ。捨てられたうさぎのように人も捨てられるときがある。
 たまたま手に岩波文庫の茂吉歌集があった。そのときまで茂吉を私は好きではなかった。全然わからなかった。白秋などのほうが、よくわかるし、読んでて楽しいと思ってた。茂吉をわからん奴には短歌はわからんみたいに言われるのが癪に障り、とりあえず茂吉の短歌を読んでみるかというつもりで、文庫本を持っていたのだろう。
 ひどく意気消沈して、文庫本を開く気力もなかったが、さすがに車中退屈でふと開いたのが、文庫本の真ん中あたりの「ともしび」の抜粋。歌集「ともしび」は茂吉が欧州留学から帰る道中(船旅)に、茂吉が院長をしていた病院が全焼したところから始まる。帰国後、ただちに茂吉は、病院再建に向けて金策に走り回ることになる。
   かへりこし日本のくにのたかむらもあかき鳥居もけふぞ身に沁む
   はるかなる山べのかすみ真ぢかくに竹の林の黄なるしづかさ
   Thanatos(タナトス)といふ文字見つけむと今日一日(ひとひ)焼けただれたる書(ふみ)をいぢれり

 欧州で買い集め日本にあらかじめ送っていた書物も全て焼けたそうだ。焼け跡に佇む茂吉の傷心の在り様がそのとき少しばかりわかるような気がした。それからわたしは少しずつ茂吉を読むようになった。
 佐世保線の草いきれのまぼろしの中でわたしは茂吉と出会った、と言えなくもない。

言葉と行い

おととい、餃子が食べられなかったから、というわけでもないが(^_^;)、沈んでいる。

自分の言葉も行いも、空しい。独りよがりで、ありがた迷惑。

何も言わなければよいし、しなければよい。

受け手のない言葉は乾いた地に落ちる。言葉も行いもはかない放物線を描く。
何も言わなければいいし、しなければいい。つくづくそう思う。

餃子

 今日は、午前中、本部長報告。午後は全社の某技術部会でのプレゼン。
 私にとってはけっこう重たい一日。報告もプレゼンもまあそこそこ無事に終わって、やれやれ。
 先月下旬の福岡出張にはじまり、マレーシア出張、その後のもろもろ・・・それらが一応今日でひと段落。
 自分では良くがんばったと思っているのだが(^^ゞ。(だれか褒めて~)
 それにしてもよく体調が持ったと思う。これまでの自分の体力なら、熱の一回や二回は出てもおかしくはないスケジュールだったが、、、感謝である。

 とはいえ、夕方以降は、ほっとしたせいかどっと疲れが出て、がっくり。
 帰りの電車の中でもしんどくて、ぼーっとした頭でふと思った。
 「餃子が食べたい!」
 こんなぐったりした日は、餃子食べたら元気が出そうな気がして・・・(なんか単純)。最近、ダイエットに燃えてて、油っぽいもの肉類は控えている反動もあって、無性に餃子が食べたくなった。

 で、乗換駅の駅ビルにある551の蓬莱へ。
 「(普段は声が大きいのに、今日はぐったりしているせいか、か細い声で)あの・・・餃子を・・・」
 「いらっしゃいませっ!本日、ぶたまん二個入り、四個入りなどございます!(こちらの声が聞こえてない)」
 「あ、いえ、あの餃子を・・・」
 「手作りのおいしい甘酢だんごもございます!(やっぱりこちらの声が聞こえていない)」
 「(ようやく声が出る)いえ・・餃子が欲しいんです。」
 「は?餃子?・・・あ、本日、売り切れですっ!」
 がっくり・・・。なんかそこで気力が途絶えて、あまり食べたくなかったが、ぶたまんと甘酢だんごを買って帰宅。
 ああ、疲れた。
 

ペース

 首のほうは、一晩寝たらだいぶましになって、やれやれ、という感じ。
 短歌の作品のほうがなかなか出来ず、むむむというところ。

 人間には相性というか、力関係の機微みたいなものがあって、どうしようもないところがある。
 私は短気で、思ったことをけっこうガンガン言うときもあるのだけど、相手によっては、なんだかふりまわされてしまうときがある。ここ数日振り回されっぱなし。ささいなことで、こっちがきっちり対応したらどうってことのないことなのだけど、どうも向うのペースで振り回され、ストレスを溜めている。相手に悪意は全然ないので、余計、困ってしまう。

首が回らん

 出張のたびに増える体重をなんとかせんと、目標マイナス6.5キログラム(一応、この目標値には意味がある)でがんばっている。 1)食事 肉類を避け、野菜大目に。
 2)運動 ダンベル&ヨガ
 3)(これはどちらかというと健康のため)週二日の休肝日。
 
 ということで朝、ダンベルをしてたら、別に無理はしていなくて、ごく軽くやったつもりが、なんでかそのあと首のうしろが痛い。筋をちがえてしまったかなあ???左側の後ろのほうが痛くて、首が回らん。。。しかし、このくらいのことで負けんぞ。薄着の夏はあきらめたが、秋風の頃には、さらさらワンピースを着るのだ~。(結婚式の二次会とかあるし)
 ・・・などと能天気なことを書いてるヒマはないのだが。
 

どたばた

P1000679
 マレーシアから帰国後も仕事はもとよりその他もろもろ忙しく、なんだかどたばたしている。
 こんなどたばたしていたら、短歌なんかできんよなあと思う。
 職業人としてよりも家庭人としてよりも、なによりも第一に歌人としてありたく、でも実際は、そうありえてはいない。でも歌人としてありたい。それ以外にこの世的には大事なことはない。(信仰は別)
 だれか、歌人としてわたしのことを祈ってくれないだろうか。
 写真はマレーシアの市場。

願い

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 締め切り過ぎた原稿がまだ出来ていなくて、どきどきしている(@_@;)。

 祈りは必ず聞かれ、答えられるということと、自分の願いが叶うということは同義ではない。神様はアラジンのランプの精ではない。
 自分の願いが叶わないとき、当然ふかく落胆する。でも願いが聞かれる・答えられるというリアリティは落胆を超える。

 写真は、マレーシアのキリスト教会。カトリック教会のようである。実はこの教会の隣の隣くらいにプロテスタントの長老教会があった。(旧字の漢字で長老と書かれていたので、中華系の人向け?)そちらは写真が撮れなかった。マレーシアはイスラムの国なので、キリスト教の教会が並んでいるというのはちょっと不思議。

疲れた~

P1000608
 『生きている時も、死ぬ時も、あなたのただ一つの慰めは、何ですか?』はハイデルベルグ信仰問答の問いのその1だけど、本を読んでいて本当に慰めを感じるときがある。慰めという言葉には現代の日本人にはよい印象が持てないというのは以前にも書いたけど、本来の意味での慰め、そういうものを感じるときは実際にある。
 逆にどんなにすぐれた書物、文章であっても、自分にとって、慰めのないものというのは辛い。
 今朝、電車の中で、ひさしぶりに慰めの感じられる本と出合った。正確に言うと再読だったのだけど。
 写真は、マレーシアのホテルの窓から見た景色。
 週末、さすがにどっと疲れが出てきた。

窓の朝

P1000692
 出張が続いた割には体調は良い。今日はさすがに残業時間はしんどかったけど、ここしばらくのスケジュールからしたら、ほんとうに元気である。

 体調が良い分、博多でもマレーシアでも良く食べた(^^ゞ。会食では、現地の方のセッティングに感謝の意を表すためということもあり?、せっせと食べて飲むのだが、一人で食べるホテルの朝食も、結局は良く食べていた。普段はあまり朝は食べないのに、バイキングで珍しいものがあると、ついつい貧乏人根性で、食べないと損という勢いで食べてしまう。(朝っぱらからナシゴレンとか食べたし・・・)
 ま、仕事もそれなりにガンガンしたのだが(本当!)。
 
 帰国後、体重計に乗って、案の定、すごいことに。体重計の数値が未知との遭遇状態。
 案の定とはいえ、ショックである。
 しかし、今日、会社に行ったら(福岡出張から連続して出張だったので、会社は1週間ぶり以上)、職場の方複数から「痩せた」と言われた。
 「なんか、すっきりしている」
 とのこと。よくよく考えたら、髪を切って、顔の感じがすっきりしているようだ。実際は、体は太っているのだけど、顔の印象で痩せて見えた模様。ラッキー!・・・といっても、やはりダイエットはせねばなるまい。

 写真は、帰国便の窓から見た、朝の空。以前も書いたかもしれないが、三年位前までは、自分が海外出張に行くなんて考えられなかった。海外に行くたびに、なんで私はここにいるのだろう?と思う。神様のお考えはわからない。
 
 If the Load delights in a man's way,
he makes his steps firm
.(Psalm37.23)

 出張時、教会の方に、いろいろとお祈りいただいたとのことで、感謝である。
 (・・・そういえば、お祈りといえば、最近、自分のお祈りが事務的で形式的なような気がする。。。。。)

帰国しました

P1000669
P1000674
 マレーシアより帰国。
 短期間でかつ時差も一時間だけとはいえ、なんとなく海外出張はやはり疲れる。
 飛行機は順調に着いたものの、関空から乗った南海電鉄が人身事故で40分ほど停止。
 深夜便で到着してほとんど眠れなかった身にはこたえた。
 しかも帰宅後、電話で息子とひと揉め。
 ふう、海外出張も疲れるが日本も疲れる。。。。

 海外に行くといっても、今の職場の海外出張は空港と工場とホテルを行ったりきたりするだけで観光要素は皆無。しかし、今回は、最終日、夕食のまえに、ジョホールバルの市場に連れて行ってもらった。わたしはそこの果物屋でドリアン初体験。臭いが強烈とか、食べてアルコールを飲むとお腹がはってたいへんなことになるとか(救急車で運ばれた人がいるとか)事前に散々おどされていた。はっきり言って全然食べたくなかった。なんでややこしいもの食べないといけないのか(-"-)。
 でも現地に詳しい方が、なじみの果物屋で、ぱぱぱっと交渉して、ドリアン入手。その果物屋店頭で、あっというまに切って、さあさあどうぞどうぞと勧められて、しぶしぶ食べることに。
 なんかふしぎな味。二切れというか二房食べて、その後、ビール飲んでも大丈夫でした。
 あれははまるひとははまる味だろうなぁ。
 写真は、その市場とドリアン。

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