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九州弁、悪文

 先週は佐賀の鳥栖に出張。
 仕事はハードだったが、九州は飲食のコストパフォーマンスが良いのがうれしい。高級な店でなくても、素材が良くておいしい。魚、馬刺し、いずれもものすごく新鮮で、大阪の感覚では半値以下。
 難は、九州弁に取り囲まれて数日を過ごすと、私のほうが九州弁になってしまいそうになることである。(なんせネイティブなもんで・・・)九州弁になるのは悪いことでもないが、オフィシャルな場で突如わたしが九州弁になると困るのは同行の同僚である。同僚は九州人ではなく、九州弁は理解不能・・・。

 帰阪後もあれこれと忙しい。
 ほそほそとK.バルトの『教義学要綱』を読んでいるけど、なかなか進まない。でもおもしろい。おもしろいのだけど難しい。教義学がむずかしいのかK.バルトの文章がむずかしいのか・・・よくわからない。たぶん、両方だろう。K.バルトの文章は悪文だと思う。

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惨事~

 おとといの夜、上司、同僚、私、の三人で居酒屋に行った。
 会社近くの割にはたいへん品の良い落ち着いた感じの美味しい和食屋さんである。

 店に着き、テーブル席に座り、生ビールがきて、乾杯し一口飲んで、さあお料理を頼もうか、というとき・・・
 お品書きを取ろうとした私の左手が、ビールのグラス(ジョッキではなく、ワイングラスのような細い足がついた丈の高いグラス)に触れ、転倒。グラスがぐらっとしたとき、慌てて私は自分のグラスを抑えようとしたのだけど、かえってはじいてしまって、はじかれたグラスは、前の席に座っていた同僚のグラスを直撃。同僚のグラスも転倒。そして二杯分のビールが同僚を直撃。同僚、ワイシャツ、上着、ズボンずぶぬれ。
 それを見て、動揺した上司も、自分のグラスを取り落とし、上司のグラスも転倒。
 計3本のグラスが倒れたテーブルはビールの洪水状態。(どのグラスも乾杯直後で、ほとんど飲んでなかった)さらにビールはテーブルから滴り落ち、座布団椅子等もびしゃびしゃ。
 乾杯から二分後のあっという間のドミノ倒しのような惨事。

 コップを1個ひっくり返したとか、皿が一枚すべったというくらいの粗相なら、見たりやったりしたことはあるが、テーブルの上に三本のグラスが倒れて(うち一本は割れてた)ビール浸しというのは初めて。

 お店の人が飛んで来て掃除してくれている間に、わたしたちは別のテーブルに移動、以後、なにごともなかったかのように、飲んで食べて喋って帰ってきた(^^ゞ。あー、おいしかった。すみません、お店の方。

 ちなみにビールでずぶぬれになった同僚は現在中国駐在中で、当日は、ひさびさに日本に帰国されていた。いまの季節のスーツで日本に置いているのは当日着ていたものだけで、スーツをクリーニングに出された翌日は日本の家に唯一置いてあった、夏物の麻のブレザーを着てこられた。「寒いよ!」とブーブー言っておられた・・・す、すいません。

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「わたしを愛しているか」

 あー、また欠詠してしまった~。
 まずいなあ。題詠マラソンの作品とかでも出したら良かったのかなあ?
 おまけに金曜の神楽岡歌会は0点だったし(/_;)
 きわめてまずい状態である。

 ****

 昨日の礼拝説教は、ヨハネによる福音書の、復活のイエスがペトロに「わたしを愛しているか?」と問う場面だった。
 私はヨハネの福音書は好きで、この有名な場面は何度も読んだし、著名な説教者の注釈やらも読んだりしたけど、昨日の説教を聞いて、なんだか胸にせまるものがあった。ほろりとしたというか・・・ほろりとというと人情的な感じがあって、少しニュアンス的には違うのだけど、ペトロの悲しみを思うと、しんみりしてしまった。
 「わたしを愛しているか」
と問われ、ペトロは「わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存知です」と答える。
 イエスを裏切り、十字架にかかるイエスを置いて逃げ、三度にわたり「イエスなんか知らない」と答えたペトロ。
 以前なら、胸を張って一番弟子として「誰よりもわたしはあなたを愛しています」と答えたであろう。

 自分の愛が、いかに浅くお粗末なものであるかを痛いほど知ったペトロは「あなたは何もかもご存知です」としか答えられない。裏切った自分の弱さも愚かさもあなたは知っている、自分の愛がそもそもいかにはかないものであるかもあなたは知っている。それでも今はあなたを愛している。しかし、その愛も100%確かなものとはいえない。そういうことも何もかもあなたは御存知でしょう?
 ペトロだけでなく、「愛しているか」と問われ、心からほんとうに「愛しています」と答えられる人間はいない。

 「わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存知です」、それが精一杯のペトロの信仰告白である、と説教で言われたが、なんだか泣けてきてしまった。

 礼拝で説教を聞いて涙が出たのは初めてかもしれない。(礼拝自体では、あるのだけど・・・賛美歌歌っててウルウルしたりとか、祝祷から後奏にかけて涙ぼたぼたになるとかはあったが・・)

 でもひるがって思えば「わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存知です」ということだって、わたしには言えないなあ。私の愛はもっともっと弱いので・・・。

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009:会話(吉浦玲子)

福音は小鳥と会話するごとく伝へよネットチャーチの牧師

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008:守(吉浦玲子)

土砂降りの神宮の苑に集ひたる少年たちが守りたるもの (昭和18年)

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007:壁(吉浦玲子)

地下鉄の車窓にわれは映りゐる嘆きの壁に立つ人のごと

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006:ドラマ(吉浦玲子)

すぎゆきはドラマにあらず茶屋町の路上でふひに口づけせしも

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005:放( 吉浦玲子)

放物線ノートに美(は)しく描きし夕ひたぶるに花は散りぬ 少女期

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004:塩( 吉浦玲子)

鍵束の音すずやかに開かれて棚の奥処に塩酸の壜

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003:理由( 吉浦玲子)

言ひ訳のやうな理由を並べ立て過ぎてゆくべしこの一生(ひとよ)はも

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002:次(吉浦玲子)

「次はもうあらへんで」とぞ言葉来ぬ暖房に汗ばみて聞きをり

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ドアにはノブ

 ここ数年、情報セキュリティが厳しくなって、会社の門でICカードによる認証、建物の入り口でさらに認証、自分の居室に入るのにまたまた認証・・・という感じである。ICカードを忘れて、トイレに行ったりしたら、自分の居室に戻れなくなる・・・。

 さらに、職場には特定の人だけが入れる厳しくセキュリティが管理されている部屋というのもある。
 今日、午前中、その特定の人だけが入れる部屋でひとり仕事をしたあと、さて外に出ようと、扉をあけようとしたら・・・開かなかった。
 はて?一瞬、なにが起こったのかよくわからなかったが、開かないはずである。その扉のドアノブが私の手にあって、私の目の前にドアのノブがないドアがあるのである。
 つまり、ドアのノブが取れてしまった~、のである。
 ・・・困った。ノブがなければ、ドアは開かん。
 なんでノブは取れたのか。別に乱暴に力まかせに開けたわけじゃない。
 だいたい私は握力は女性としてもかなり弱いほうなのだ・・・。
 
 じっとドアとノブを見ると、物理的には、なんかノブをドアに差し込んで、くりくり回せばつながりそう・・。
 でもここはセキュリティドア、物理的に付いても、ほんとにそれでちゃんと機能するのか??
 うーむ、不安である。ここは上司に相談せねばっ!とノブを小脇に抱え、いいあんばいに、やや大きめの作業服を着ていたので、作業服の陰にドアノブは隠れ、もうひとつのドアから外に出て(こっちはノブは大丈夫だった)、上司を探しに出た。

 ところが上司、席にいない。電話しても出ない。上司がいきそうなところ数箇所、ノブを小脇に隠し持ったまま探し回ったが、いない・・・。
 うーむ・・・、私がノブをひた隠して走り回っている間に、だれかがあの部屋に入り、ドアにノブがないことに気づき、騒ぎになっていないだろうか???
 不安になって、もういちど、くだんの部屋に戻った。
 幸い、だれも部屋にはいなくて、ドアノブの件は、バレテいなかった。

 しかしながら、いつまでもノブを抱えて、ドアの前に突っ立っておくわけにもいかない・・・。
 仕方がないので、結局、同僚に相談することに・・・。
 同僚のところに行き、小脇から、ドアノブ出して
 「ね、これ、どうしたらいいと思う?」
 と聞いたら
 「ひ、ひぇー、吉浦さん、壊しちゃったんですかぁ?」
 <壊した>のではない<壊れた>のだ(-"-)、と内心思いつつ
 「別に変なことしてないんですけどねぇ・・・」
 と、もぞもぞ説明。
 結局、その横にいた、先輩が
 「そんなんつけたら、しまいや」
 といって、ドアのところにいって、くりくりとノブをまわして、つけてしまった。
 「でもこれ、セキュリティかかってるドアですよね?これで大丈夫なんですか?」
 と聞くと
 「大丈夫。セキュリティとは関係ない。
 こういうドアは、一年にいっぺんくらい、ノブがはずれるんだ」
 とのこと。
 え?そうなんですか?このドア、できてまだ一年半くらいなのに・・・そんな取れるものなんだろうか?
 わが家は築20年を越えた中古マンションだけど、10年来、ノブとれたことないですがー??????

 しかし、結局、ただつけただけで、特にセキュリティ上もほんとうに問題ないようであった。
 いやまったく、人騒がせなノブである。ドアにはノブがついてないと困る。

 春深し天に栄光地に平和ドアにはノブがあれかしとぞおもふ・・・・!?

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桜餅といちご

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 前の日記が「桜の思い出」で、今日は桜餅。桜つながりだけど、何の関係もありません(^^ゞ。

 水曜日夜、教会の祈祷会に行った帰り、駅まで同じ方面でいっしょに帰っていた男性が、とあるスーパーの前に来たところで、急に立ち止まって、「あ、そうだ、ここで・・」と、もぞもぞ。なにか買い物でもあるのかな?わたしは早く帰りたいのだが・・・と様子をうかがうと、「牛丼買ってあげる」と男性はすたすたとスーパーへ入っていかれた。
 は?牛丼??。しかも「買ってあげる」って???
 なぜその男性が私に牛丼を買うのか????
 その男性はどう考えても、ひっくり返って考えても、わたしに「気がある」ということはありえない。(ちなみにその男性は私の父親と同年である)
 そんな世俗的なおもんぱかりを越え、神の愛に満ちている教会員であれば、唐突にだしぬけに、恵まれない女性教会員に牛丼を買ってあげたくなることもあるのだろうか?信仰歴浅い私としてはよくわからない・・・。

 「え、牛丼すか~?」
 と私は狐につままれたような感じなのだが、その方は、どんどんスーパーに入っていかれる。その方の後を追って、私もあたふたとスーパーへ。その方はさらに揺るぎない足取りで牛丼売り場(というか惣菜売り場)へ。
 ところが、牛丼、売り切れだったのです。
 しかし、その方はめげず、じゃあ果物でもと果物売り場へ。
 「イチゴは好きですか?」
 「はあ・・・好きですが」
 その方は、けっこう粒の大きな高そうなイチゴをすかさずかごへ1パック入れ、さらに「お菓子なんかどうでしょう?」とお菓子売り場へ行きそうな勢い。
 あー、やめて~。私はお菓子は食べない~。(酒は飲むが、私はお菓子は基本的に家では食べない)
 でもその方はすたすたお菓子売り場をめざしていかれる。
 ところが途中、和菓子売り場があり、そこに桜餅があった。
 男性、「桜餅なんかどうですか?」
 お菓子は食べない私だけど、例外的に、桜餅は好き。
 「桜餅好きです」
 というと、その方は、桜餅を、かごへ。しかも、その売り場には桜餅が2種類あって、その2種類とも(つまり2パック)かごへ。
 え、2パックも???息子は桜餅食べないし、2パックあっても困る~
とオタオタしている間に、レジも済ませ、いちご1パック+桜餅2パックの入った袋を手渡された。
 「は・・、どうもありがとうございます」
 と受け取ったものの・・
 はて?
 なぜ、いちごと桜餅を私はいただくのであろうか?男性の揺るぎない態度に圧倒されつつ怪訝な気分・・

 駅の前で、その方と別れた後もどうも解せない。
 その日の祈祷会で、私がその方のことを祈ったからだろうか?(私はその場にいる方のことは、なんだか気恥ずかしいので、普通は祈らないのだけど、その方は、再来週から入院される予定とのことで、それはやはり祈りたいと思って、入院・治療の無事を祈ったのだった)でも、教会員同士が、それぞれのために祈るっていうのは本来、特別なことではないし、祈ったからお礼にイチゴと桜餅くれた・・・というのはなんか違うような気がする。
 と考え考え電車に乗っていたら、降りる頃、ようやく思い至った。
 その方は教会の短歌クラブの方で、ちょっと前に、自作短歌を10数首、個人的に持ってこられて、「読んで欲しい」と言われたのだった。
 それで、一生懸命読んで、先週、感想を書いてお渡ししたのだった。私は、別に<先生>でもなんでもないので、「読んで欲しい」と言われてもどう対応していいのか、ある意味困ってしまうのだけど、「通常、歌会などで批評するような形で感想を書かせていただきます」と、批評文を書いてお渡しした。
 私自身のポリシーとして、どんな形であれ、「読んで欲しい」と私自身に対して与えられた作品には基本的に出来る限り誠心誠意対応する、というのがあって(当たり前といえば当たり前だが)、「一生懸命読んだ」というのは嘘ではない。嘘ではないし、感想を書くために、それなりに労力もかかったのだが、書き終えた時点で、もうすっかりそのことは忘れ果てていた。
 忘れ果てていたけど、男性のほうは覚えてくれてて、その一生懸命がいちごと桜餅になった・・・のだろう・・・、きっと。
 そう思うとなんだか愉快。

 写真は、気合で食べた桜餅2パックの最後の一個。
 この最後の一個も食べ、2パック完食。

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桜の思い出

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 三月中旬来、どうも体調が悪い日が多いので、ちょっとは健康に良いことを、と最近は早寝早起きに努めている(小学生かい!?(^^ゞ)。
 しかし、少しくらい早寝しても朝は早く起きるわけでなく、結果的に睡眠時間が増え、活動時間が減っているだけである。しかも、睡眠のリズムが合わないのか、たまに妙な時間に目が覚めて、しばらく眠れなかったりして、結果的にかえって睡眠不足になったりすることもある。
 今朝も、三時過ぎに目が覚めてどうしようもないので、起き出してしまった。

 大阪はここ1,2日、桜がほぼ満開である。
 桜といっても、私自身はあまり桜に思い入れはない。
 桜の短歌もおそらくほとんど作ったことがないように思う。(葉桜の歌は作ったが)

 ただ、今にして思い出すのは、いなかの佐世保で最初に通った小学校の桜。その小学校は、佐世保の比較的中心地にあって、こじんまりした小ぎれいな学校だった。そこの校内に咲く桜が、いかにもな「小学校に咲く桜」だったなあということ。うまくいえないが、入学式や卒業式の挨拶で「4月希望に胸を膨らませ、桜咲く学校の門をくぐりました」というときの「桜咲く」にふさわしい、桜の木々があったように思う。
 4年生のとき、佐世保の郊外(というか結構辺鄙なところ)に引っ越して転校し、そこにも桜はあったように思うが、その桜はもっとワイルド?というか、いかにもな「小学校の桜」じゃなかったように思う。
 なにをもって、いかにもな「小学校の桜」というのかは自分でもよくわからなくて、単にわたしの勝手な思い込みなのだろうけど、「小学校の桜」は、門とか柵にそって、並木になってて、それがいかにも「植えられた」という感じがないといかんように思う(^^ゞ。まるで、入学式や卒業式の挨拶用にそもそもが存在しているようなものという感じ・・・?

 もうひとつ桜の思い出といえば、母教会のそばの公園の桜。
 それぞれがさほど広くない公園(小学生が球技をできるような広さはなかった)が、道を挟んで両脇にあった。正確に言うと、桜だけが思い出ではなく、その公園の四季が、まさに、いかにもな「四季」で印象的だった。春には桜、それが葉桜になり、深い緑、秋の紅葉、落葉・・。わたしの住むマンションの目の前にも公園があって、やはり桜が咲き紅葉し・・という四季の景色は見ることができるのだが、その公園は街中のなんとなく雑駁な感じがある。それに対し、母教会のそばの公園は、静かな住宅街のなかにあり、どこかゆったりした、ある意味浮世離れした感じのある公園だった。
 礼拝に行く道々、見ると、秋晴れの日にボーイスカウトの集まりがあっていたり、春には花見をする人たちがいたり(といっても大きな公園ではないから、せいぜい数家族程度が集まってお弁当食べている感じ)、いかにも季節を満喫している人たちの姿があった。公園が季節に応じて景色を変化させているのではなく、むしろ公園そのものが季節のために存在しているような公園だった。

 ところで、あの公園の4年前の冬から春にかけて、私はまだクリスチャンではなく、それでも毎日曜、礼拝に通っていた。なんで礼拝に通うようになったのか、洗礼を受けたのか、突き詰めると今だによくわからない(^^ゞ。ただ、公園の景色が冬から春のものに変わっていく中で、
自分の中でなにかが変わっていった。
 唐突な言い方だが、礼拝に行く途中にあの公園がなかったら、私は洗礼を受けただろうか?
 雑駁な日常の思いを抱えて礼拝に行く道すがら、あの公園の脇を通るとき、私はいくばくかの思いをそこに放っていたのかもしれない。そして礼拝から帰るとき、来るときとは少し違った思いを反芻しながら公園の脇を通ったように思う。日曜日ごとの往復時、私の思いを受け取り、ほぐし、なだめてくれた、そんな公園だったように思う。
 無茶苦茶、気障な言い方だけど、ある意味、私はあの公園でイエス様と出会ったとも言える。4年前、あの公園に桜が咲いた頃、私は洗礼を受けようと思ったのだった。

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