芋粥

どうにか復活祭の礼拝&祝会に出席。
祝会では、淀川教会恒例の芋粥(写真)が出た。
なぜ、イースターに芋粥か?(答えは淀川教会のブログをご覧ください)
いかなる由縁か知らず芋粥を復活祭の昼に食べをり
一年前の復活祭のときの歌。
もうあれから一年たったのかと思う。
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どうにか復活祭の礼拝&祝会に出席。
祝会では、淀川教会恒例の芋粥(写真)が出た。
なぜ、イースターに芋粥か?(答えは淀川教会のブログをご覧ください)
いかなる由縁か知らず芋粥を復活祭の昼に食べをり
一年前の復活祭のときの歌。
もうあれから一年たったのかと思う。
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今日もいまひとつ体調すぐれず。昼前に病院に行って、それで本日は終了。午後よりほとんど寝て過ごす。微熱がぶり返している。
明日は復活祭。元気になりますように。
写真は近所に咲いたこぶしか白蓮。(いまだに名前がわからん)
数年前、同じ木のつぼみのときから開花まで定点撮影したことがあったような気がする。その定点観測した年も今年も、気がついたときには開花していた。開花の日をいつも見逃している。花は花の勝手に咲くのであって人間に合わせてくれるわけではない。花の開花も神様の時間も私たちの及ばないところにある。
(最近、携帯ではなくデジカメの画像をアップしているときがあるが、デジカメの映像だと、画素数が多くて、ブログ上のサムネイルをクリックするとどーんと一部しか表示されない。スクロールバーやリサイズの設定ができることに、昨日、ようやく気がついた。)
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今日は会社は特別休日でお休み。
通常、事業場ごとの仕事の繁忙や業務内容に合わせて、年間休日設定がされるけど、全社の年間の出勤日をそろえるため?、事業場によって特別休日が設定されることがある。
今回の特別休日、直前まで今日が休みということに気がついていなかった。
数年前、やはり特別休日の日、休みを知らずに明りのついていない、くらーい職場に出勤したことがある(^^ゞ
そんな休みの一日。
昨日くらいから、あんまり体調が良くなくて、せっかくの休みを今日は、ほとんど寝て過ごした。
風邪はだいぶ良くなって、微熱もないのだけど、ひどくだるい。半日寝て過ごして、少し体調が回復した。
写真は昨日行った天満教会の礼拝堂のストーブ。
50年前に設置されたものらしい。50年前、天満教会から、当時、天満教会の伝道所であった私が今通っている淀川教会の前身へ、子供たちの指導のために派遣されていた年配の信徒の方が、ストーブの由来を教えてくださった。
なんだかしっかりしたストーブ。
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昨晩、わたしが作成・管理していた大学OB向けの掲示板がスパムにやられ、手に負えず、その掲示板を閉鎖し、レンタル掲示板に移行した。
その掲示板はもともと数年前から、アクセスログをみると日に数百件の不審なアクセスがあり、スパム書き込みも多かった。スパム書き込みのほうは何度か対策をして、かなり抑えていた。ここ数ヶ月は、手作業でのスパム記事削除で対応できる程度だった。ただ、不審なアクセスはやはり多く不気味には思っていた。
ところが昨晩、とうとう、全過去記事削除、連続不正書き込みという悪質なスパムを発見、その掲示板をロックした。ロックするためにCGIを修正している間も不正書き込みがあり、けっこう焦った。
やっぱりネットって怖い・・・(-"-)。
そんなこんなで、風邪気味なのに、昨晩は遅くまで対応に追われていた。
その対応が終わってほっとしたとき、牧師先生からメールが来て、返信したのだが、今朝、礼拝の受付をしていた女性から、「吉浦さん、牧師先生が<ゆうべ遅くに吉浦さんからメールが来た。彼女は体調悪いのに夜更かししてるー>って、おっしゃってたよぉ~(笑)。」と言われる。牧師先生、そもそも先生が遅くにメールくださったのでは!?(^^ゞ。礼拝から帰宅すると、「今日は早く寝ることですね」と先生からメールが来ていた。
スパム対応と今日の聖歌隊練習ですっかり疲れたので、きょうははよ寝ます。
本邦というか全世界的に初公開。淀川教会聖歌隊練習風景動画。
(あの、ほんとはもちっと上手なんですけど・・・はじめてのデジカメで撮り方がよくわからなくて・・・なんじゃこりゃあと思わないでくださいませ。 )
練習風景その1
練習風景その2
今日は京都で師匠が出席するシンポジウムがあったけど、体調的にとてもいけず・・・残念。
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もう何年放置していたのか?自分でもわからんホームページ。
表紙少し変えました~。表紙だけです~。中身は放置のまま~。
歌集を出す一年前に設置したホームページ。
ちょうど短歌界で第二次ホームページ流行期。
わたしはソフト開発者という立場もあって、<ネットワークと短歌>みたいな文章を時々書いたりした。
『精霊とんぼ』の批評会のときは、当時発行していたメルマガのプリントアウトを配ったりした。
二千何年か忘れたけど、角川短歌の新年号の、前年回顧の10本くらいの評論のうち3本まで、私の書いたネット短歌の文章が引用されていたことがあった。今は昔の話(^^ゞ。
もともと私はネット短歌に否定的だったけど、ネット短歌は終わった、と言われる昨今、何となく複雑な気分。いまごろ、インターネットの題詠マラソンに参加したりしている。
ま、個人的にも、あのころは楽しかったなあ。
掲示板でも「そなうれ」とか楽しいお遊びをしていた。
ホームページ、いつの日か整理し、再スタートをする日もくるかもしれません。
いやいや、近々にぜひそうしたいものだ。
ちなみにホームページはここ↓
シンプル短歌生活
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宴会終了。
わたしはそこそこ幹事は得意である。
ところで、昨年夏、英国に出張に行ったが、2008年度も英国出張の予定があった。しかし、諸般の事情により、当該の仕事は、英国のかわりに熊本ですることになり、英国出張はないことに・・・。
ビールとフィッシュアンドチップスが、米焼酎と馬刺しに変わった。
馬刺しは美味しいけど、残念なのは、昨年夏、対応していただいた英国人の部長のアランに会えないこと。アランはなかなかに渋い二枚目だったのだが~。
NOVA破綻から、ようやく、気を取り直して社内の英語のクラスの申し込みをしたところだったのに。
ちっ、アランに会えんのかー。英語学習のモチベーション、クラス開講前にすでに低下。(←そもそも動機不純(^^ゞ)
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日曜から横浜。昨晩、帰阪。
すっかり風邪をひき、微熱がある。
しかし、明日は送別会の幹事だ(@_@;)。
人の異動に悲喜こもごも。
短歌人は欠詠してしまった。。。。。
ところで、ブログとmixiの日記は同じ内容なのだが、最近、ブログの更新怠りがち(あんまり内容のない記事だが・・・(-"-))。ブログを読んでいただいている方には申し訳ないです。
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金曜日は財布を忘れて出社。昼食は、社員カードでポストペイ方式なので問題なく、自販機で買う飲み物代など1000円を職場の人に借りてどうにか過ごす。
今日は、ポストペイIC乗車カードPitapaを忘れて出社。地下鉄・京阪で乗車券を買うハメに。もともと地下鉄は定期券だったのが、今月からは、区間指定形式の割引がPitapaで開始されたので、Pitapaを使うことにした初日のPitapa忘れ・・・。
明日夜から横浜へ。くれぐれも忘れ物のなきよう・・・。
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朝から礼拝。
神崎川を自転車で走りつつ、題詠2首できて、小松橋(ここで、川沿いの自転車道から、上新庄の町へ上がる)で手帳にメモ。この調子で、走れたらいいなあ。
・・・などと呑気なことを言っていると、月例作品がやばい。
先月はマレーシアに出発する関空で投函したのだった。
今月も、締切日を含むその前数日は横浜出張。がんばらねば。
写真は教会の週報ボックス。
礼拝の式次第とか連絡事項などが書かれている「週報」は、日本の教会ではたいていあると思う。その週報は教会員毎に区切られた棚に毎週入れられている。(母教会では個人個人の引き出しだった)
この棚には個人宛連絡なども入る。今週、私の棚に入っていたもの、週報、心の友(伝道用の配布小冊子)、「ウォークウィズジーザス」のビラ(2009年8月、東海道53次を歩いて伝道しようという企画のビラ、HPに掲載してってことで入れられていた)。短歌クラブの詠草などもここに入っている。
ちなみに「ウォークウィズジーザス」はプロテスタント宣教150周年を記念した行事らしいけど、<東海道53次>というのが、なかなかおもしろいなあと思った。部分参加もできるようなんで、私も歩こうかなあ。
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mixiとブログのほう、同じ記事を書いているのだけど、ここ一ヶ月ばかり、ブログを更新する気力がなかった。
どうにか本日、ブログのほうも更新。
ブログのほうの体勢が整ったので、題詠blogマラソンに参加しようと思う。去年は30首程度で途中リタイア。今年こそ完走しよう。
肉親というのは容赦の無いところがあるのだけど、そういう次元を越えて、けっこうたまらないことがあった。
こちらの事情を先方が勘違いしているという誤解から話がややこしくなっているのだけど、先方の先入観に、わたしへの侮蔑感とか不信感がひどくて、話にならない。完全な誤解に対して誤解を解こうとこちらが何を言っても、まったくうけつけられず、とんでもなくひどい言葉を浴びせられる。
先方に不信感を植えつけてしまったのは長い年月の積み重ねであり、わたしのほうに非がなかったとは言えない。でもそこまで言うかなあ、という侮蔑の言葉に、怒りを越えて、呆然とした。
単なる一時的な感情で言われているわけではない。
肉親の言葉であれば、右から左に流すこともできない。
言葉は言葉として受け止めて、ただ、わたしのほうの精神的なボーダーラインは明確に引かないといけない。
どんなにひどい言葉でも、その言葉の裏に「かけら」でも愛情があればいい。でも「かけら」も、なかった。わたしは長いこと「かけら」を信じていたのだ。それが自分自身の精神的なネックだった。でも「かけら」はない。空洞だった。
クリスチャンでなければその空洞を見ることには耐えられなかったと思う。
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