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50年ぶりの大雪!

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 上海・蘇州、とんでもない大雪だった。
 もともと年に一回積雪するかどうか、積もっても薄っすらと、という程度の地方。それが30センチ以上積もって、民家の屋根は落ちるわ、街路樹の枝は折れるわ・・もちろん交通機関は大混乱。
 前回行ったときは2時間でいけた上海・蘇州間は4時間以上かかった。スノータイヤなどは売っていない地方で、雪道を普通のタイヤでノロノロ運転。かなり怖かった(@_@;)。
 蘇州の工場に行ったのだけど、政府からなるべく休業するようにという通達が出ていた。わたしが行ったときは、600名中60名が出勤。私自身はまあどうにかこうにか予定の仕事はできた。(当初は、工場は完全閉鎖で、私自身いつ帰れるかわからんという感じだった。雪だるまでも大量生産しつつ帰れる日を待つことになるのか~!?と不安だった。)

 なんせ50年ぶりだとか。
 50年って、一生に一度遭遇するかどうかということ。
 たった三日しか行かなかった上海・蘇州でそんな歴史的経験?をするなんて、ある意味貴重だったかも?
 しかもこの大雪、中国では一億人以上が移動する旧正月前と重なり、上海などの駅には動けなくなった帰省客が17万人も足止めされているらしい。空の便も軒並み欠航で、わたしは本当に運よく帰ってこれたと思う。
 まあ中国では周囲の人から、「よりによって、よくこんなときに来たなあ」と感心された(^^ゞ。好きでこんな時期を選んだわけではないのだが~。
 二週間後はマレーシアに行くけど、マレーシアはだいじょうぶだろうか?


 写真、一枚目。まあ市街地でもこの有様。
 二枚目、ホテルの外は雪国。
 三枚目、ホテルの人たちが、ホテルの前の雪かき。スーツ姿の人までスコップもって。

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上海は大雪、らしい

いま関空です。
上海で待ち合わせている人の連絡によると上海は大雪で交通機関が混乱しているそうだ。
蘇洲まで、上海から高速で二時間だけど車は動くのかなあ。不安だ。
だいたいわたしは雨女で出掛けるときは雨だの雪だの・・(--;)
昨年、イギリスでヒュースロー空港に向かうとき、大雨で道があちこち冠水してて、車は遅れるわ、空港は雨漏りしているわ、飛行機もあおりで大幅に出発遅れるわ、とたいへんだった。
帰国後、ニュースを見たら、イギリスとしては五十年ぶりだか六十年ぶりの洪水だったとか。

どうか無事に行って帰ってこれますように~

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読んだものふたつ

 ばたばたしてて、すっかりスタミナ切れで1週間ぶりの日記更新である。『花柄』については、蘇州から帰ってきてから・・ということで。

 朝から礼拝。
 礼拝後の帰りは、自転車通礼拝開始以来、最大の寒波。自転車を漕ぐとけっこう寒い日でも暖かいものだが、さすがに雪がちらほら降っていた午後は、耳がちぎれそうだった~(T_T)。帽子か耳当ているなー。

 帰宅後、教会HP用の資料として貰った12年前の教会報を読む。ボリュームはA4で8ページ程度、縦書き4段組の新聞のような構成で、現在の教会報と変わらない。ちょうど現在の会堂が献堂されたときの教会報で、牧師先生や教会員の方々が執筆されていて、当時の熱気が良く伝わってくる。教会の沿革を知るために、と軽い気持ちで読み始めたのだけど、読み終えたあと、不覚にも泣きそうなくらい感動してしまった。
 戦争中の個人の家での家庭集会、戦後、親教会の伝道所から正式な教会へと独立していくなか、米軍の払い下げ資材で建った初代会堂。紆余曲折ののちに建った現在の会堂・・云々。
 書かれているのは教会員以外にはなんの関係もない歴史であり、その歴史も大教会やもっと古い教会などとは比べ物にならないささやかな歴史である。でもひとつひとつの文章には、にじみ出るような生の思いがあって、ひどく胸を打たれた。
 クリスチャンの文章には、良くも悪くも、ある種の<お行儀の良さ>みたいなものがあって、わたしなどはそれが鼻につくのであるが、その教会報の文章は、そういう<お行儀の良さ>はなく、率直で素直なものだった。それは変に格好をつけたり、上品ぶったりしない大阪の東淀川という土地柄とも関係しているのかもしれない。
 
 その後、先日届いていた『短歌人』をぱらぱらと読む。正直、『短歌人』を最近はあまりまじめに読んでいなかった。今日も別に熱心に読む気はなかったのだけど、なんとなく読んでしまった。
 で、なぜだか妙に、「みんな巧いものだなあ」と感心してしまった(^^ゞ。いやほんとに。言葉への執着の度合いがすごいというか。
 まったくもって私もがんばらねば、と思った。
 
 明日から蘇州へ出張。『短歌人』も持って行こう。

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短歌に読まれたキリスト教・聖書

 忙しかったのと、風邪気味でだるかった(寝込むほどではないけど、咳がひどく、夜、しんどかった)のとで、日記更新が滞っていた。

 今日は礼拝。礼拝後、短歌クラブで、『短歌に読まれたキリスト教・聖書』ということで、短時間の研究会を行う。紹介した歌は以下の通り。各歌人の簡単な紹介、歌の背景の説明と鑑賞。

齋藤茂吉
オリーヴのあぶらの如き悲しみを彼の使徒もつねに持ちてゐたりや

葛原妙子
疾風は歌声を攫(さら)ふきれぎれに さんた、ま、りぁ、りぁ、りぁ 

竹山広
空の空その空の空さらにその空に空あるものぐるしさよ

河野愛子
草原にありし幾つもの水たまり光ある中に君歸れかし

岡井隆
師はあらず主はありと思ふおだやかな眼を向けたまひやがて去(い)にしを

小池光
うしろ手に扉閉してエレミア書もつとも好む夜あり乾きて

河野裕子
ナザレ村に青年となりしイエスのこと様ざまに想ひてマタイ伝閉づ

 来月も、ちょっとした鑑賞研究会を行うことに。来月以降は、キリスト教に限らず、<一般的な歌>の鑑賞。
 教会の中で私はいったい何やってんだろうな?とちょっと不思議な心持ちもある。

 短歌クラブのあと、事務室で、牧師先生と教会のホームページの話をするついでに、上記の鑑賞のレジメをお見せしたら、
「僕は、小池光の歌が一番好きです」
とのこと。それは私の師匠の歌です、と言ったら、
「よ、よかった~。万が一、その歌、けなしていたら、たいへんなことになってましたね・・」と、ちょっとウロたえておられた。

 気がつくと、教会事務室に吉浦専用デスクが設置されていた(@_@)。HP管理担当席。

 帰りは雨。天気予報も、朝の空色もヤバそうだったけど、これまで何回もそんなときでも礼拝の往復で降られなかったので、今日も、強気に自転車でいったら、午後はざざ降り。牧師先生(奥さんのほう)のカッパをお借りして帰る。雨はけっこう降っていたけど、どうにかカッパのおかげで濡れることなく帰宅。

 明日は魚村晋太郎さんの歌集『花柄』について書きます。

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生だいこーん

 夕方、近所のスーパーに買い物に行ったときのこと。

 果物売り場のあたり、ちょっと狭い通路があって、人ひとり通れるかどうかのところを、わたしは野菜売り場に向かっていた。うしろに年配の女性がいて、同じく、野菜売り場に向かっている感じ。
 すると、ふと
「生だいこーん」
って声が聞こえた。うしろの年配の女性の声である。つぶやくような唱えるような小さな声。大根を忘れずに買わないといけない、という思いで独り言いっておられるのかなあと思っていたら、さらに、
「生だいこーん」
と聞こえてくる。へ?と思っていたら、さらにさらに
「生だいこーん。だいこん、だいこん、生だいこーん」
と微妙に節がついた呪文のようなつぶやくような声が聞こえてくる。
 なんか不気味な気がして、わたしはとととっと走って、野菜売り場の広いところまで出た。その後、その年配の女性とは離れてしまった。

 しかし、ずーっと
「生だいこーん。だいこん、だいこん、生だいこーん」
という声が耳から離れない。
 な、なんなんですか?あれは?
 関西では、ああいう呪文というか民謡というか、そういうものがあるんでしょうか?
 私は20年大阪に住んで、はじめて聞いたが・・・。
 それともあの女性は、生だいこんの霊に乗り移られた人だったのだろうか?
 そもそも「生だいこん」って何?
 大根はもともと「生」なのでは?

 今日は、大根畑でサタンと戦う夢など見てしまいそう・・・。

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錆びし円蓋

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 昨日は礼拝のあと、詠草もって中央郵便局へダッシュ。ああ、今年も真人間になれず。

 夜は、JavaScriptをいじる。ホームページ上で羊君の画像をさーっと移動させて、同時に「ようこそ淀川教会へ」って文字をフェードインさせたかっただけなのだけど、細かい調整にてこずった。てこずった割に、たいした画面にはならず、とほほ。ま、羊君かわいいからいいか。

 筑摩の現代短歌全集の戦後のところを、しばらくしっかり読み込んでみようと思う。また、バルトの「ローマ書」を一年くらいかけて読もう。

冬日(とうじつ)のまぼろしに聞かむ鐘のあり錆びしニコライの円蓋(ドーム)の内ゆ
 葛原妙子『橙黄』

 写真は淀川教会。

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歌会行きたかった

 昨日は昼過ぎに仕事でトラブル発生。急遽、九州の開発部隊が飛んでくる。結局、夜9時過ぎまでわたしも仕事で、神楽岡歌会にいけず。九州部隊は最終の新幹線でとんぼ返り、いまごろも仕事しているだろう。
 歌会いきたかったなあ。
 
 教会の短歌クラブの詠草を今月作ることになった。ついでにミニ勉強会みたいなこともやってみようかと思っている。近現代短歌を少しずつ鑑賞するような・・・。短歌初心者の方向け(+クリスチャン向け)の「近現代短歌に読まれたキリスト教・聖書」シリーズみたいな感じで。

草原にありし幾つもの水たまり光ある中に君帰れかし
     河野愛子

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社名変更

 昼ごろ、なにやら会社で大きなニュースがあるらしいという会話を耳にするが、会話を断片で聞いててもなんのことやらわからず。「NHKの昼のニュースのトップだった」とか聞いても、はて?。こちらは朝から仕事でばたばたしてて、ほとんどラボにこもりっぱなしで、ネットもアクセスしていない。
 ようやくインターネットを見ると、わたしの勤務先の会社の社名が変わるらしい。(こういう大きなニュースは管理職を含め社員といえど、なぜか一般のニュースで知る。社長交代!といったことだって、家族のほうが先にニュースで知っていたりする。)
 14時から年に一度の経営方針発表会。これは衛星放送で全世界の職場に中継されていて、各職場で見る。そのなかで社名変更について正式発表。
 カタカナの名前はピンとこない。

 私自身は、昨日、急に今月末の中国出張が決まった。その二週間後の二月にはマレーシア出張。
 なんか今年も出張が多そうだ。

テレビには「あかるいナショナル」流れをりあああのころの「明日」の明るさ
 『精霊とんぼ』

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川田順

 宿題の一つである川田順に関する文章をどうにかこうにか書いた。短い文章なのにだいぶ手こずった。
 あんまり肯定的な内容にならなかった。大阪の人は川田順が好きなのだろうか?顰蹙をかう文章になってしまったかもしれない。夕方、川田順関係の本を借りていた中ノ島図書館に本を返却に行ったら、歌碑があった(写真)。今まで何度も図書館に来てて気づかなかった。
 川田順は関東出身の人だが、大阪の住友銀行に30年間勤め、関西ゆかりの歌人という感じがあるのかな。良くも悪くも明治生まれの名士、文人、教養人という感じである。しかし茂吉などと違い、そこに留まっている感じがあるところに抵抗感があり、いまひとつ深く読み込めなかったかもしれない。なにより、<老いらくの恋>の時期の相聞歌がわたしはまったく取れなかった。それが最大の躓きであった。

初めての年末(くれ)の夜業(よなべ)とその時の牡蠣飯の味を忘れかねつも
       川田順
 江戸の両替商の趣を残した当時の住友銀行(大福帳が繰られていたらしい)での夜業。若い川田順の実感ある一首。

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落し物

 ゆうべ、財布より大事なものを落としていることに気がついた。(仕事上、始末書もん!!)
 昨日は映画を観たあと、自宅最寄駅近くのケンタッキーフライドチキンに寄って、スーパーに寄って、帰宅して、以後、出かけていない。夜になって、かばんのなかにないことに気がついた。最寄駅に電話し「拾ってません」、スーパーに出向き問い合わせても「落し物で届けてありませんねぇ」・・。がーん。とぼとぼ半ばあきらめ気分で、ケンタッキーに行ったら、そこで拾われていた。おお、神様感謝ですぅ(T_T)。

 見つかったことも嬉しかったけど、ケンタッキーの店員の若い女の子の対応が、またとっても嬉しかった。わたしが、くらーい顔して、「あの○○落ちていませんでしたでしょうか?」と聞いたとたん、「あっ!」と声をあげて、その子の顔がぱっと明るくなって「お待ちください!」と店の奥に駆け込み、わたしの落し物を持ってきてくれた。
 その駆け込んだうしろ姿も、落し物を手渡してくれたときの表情も本当に喜んでくれてて、落とし主のことをずっと気にかけてくれてたんだなあと感じた。
 嬉しかったので、昼も食べたんだけど、またケンタッキー買って帰った。

 「ボット」「立ち見」「落し物」と続き、この三が日は、妙だった。
 でもなんか昨日のケンタッキーで、気分的に「今年の厄はもう落ちたっ!」と感じた。(←楽天的)

 実は元日から、後頭部に鈍い痛みというか頭重感があった。で、気分がすぐれず、去年のようにまた頭痛が起こるのでは?と不安もあったのだけど、その頭重感も今朝は治まり、すっきりしていた。

 どうにか宿題も進みそうである。

遮断機の向うの闇に消えゆけるあれはさいはひに急ぎゆく足
     『空の空』竹山広

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史上最強のアッシー君

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 宿題も終わっていないのに、今朝は映画『マリア』を観に梅田へ。昨年11月に前売り券買ってて、ずっと観にいく時間がなかった。いよいよ上映が明日まで、ってことで急遽慌てて観にいった。
 イエス様の両親であるマリアとヨセフの物語。
 『パッション』のように大々的な宣伝もされてなくて興行的に期待されていない映画なんだろう。観客のほとんどは、その筋の人(キリスト教関係者)と思われる(^^ゞ。まあ、でも悪くない映画だった。

 上映が日に一回で、しかも小さな劇場だったので、立ち見の人もたくさんいた。かくいう私も立ち見組。チケット持って並んでいたら、場内とトランシーバで連絡とっていた受付の人が私に
「申し訳ありません。ちょうど<お客様から>お席がございません。<お客様から>立ち見となりますが、よろしいでしょうか?」
と告げられる。よろしいでしょうか?っていわれたって、もうここまで来て帰るわけにも行かず、そのまま会場へ。
 正月から立ち見、しかも、よりによって<お客様から>っていうのが、先日のボット感染と並んで今年一年の多難さを暗示しているようで、なんかヤな感じ(^^ゞ。

 マリアを演じた女優さんは、まだ10代で、可愛らしいほんとに少女の感じのある初々しさがマリアに合ってはいたけど、わたしは、表情がどうも好きでなかった。彼女のもともとの眉の形がそうなのかよくわからないけど、いっつも眉間に皺がよっているような悩んだような表情をしていた。イエス様出産直後の笑顔の場面以外は、なんかずっーと眉間に皺。
 そういえば『パッション』のときもマリア役の女性は、いっつもびっくりしたような悲しいような表情をしていた。マリア役になると、なぜか表情が固定されるのかな?

 出産後、天使の啓示をうけた羊飼いたちがやってきたとき、マリアが
「この子はみんなへの贈り物よ」
とか、ぺらぺら喋っているのも、なんだかなあと思った。聖書ではマリアの言葉はなく、むしろ「これらの出来事をすべて心に納めて」いたとあるわけで、身に起こった不可思議なことをそのままじっと受け取り、心の中で思い巡らすところにマリアの良さがあると思うのだけど。。。

 しかし、映画をみて、なにより感心したのはヨセフである。聖書の中では、とっても存在感が薄くて、いつのまにかフェードアウトしている人なんであるが。
 「聖霊によって神の子を身ごもった」
なんてことを、突然、未婚の若い女性が言い出したら、そりゃ、2000年前のイスラエルでなくても、まわりの人は混乱をする。なにより、言っているマリア自身が自分の身に起こったことに対し困惑し、神を信じつつも、不安のなかにいる。当初はそのマリアを疑い絶望しながら、やがてしっかりとマリアを受け入れ、守っていくヨセフ。
 当時のイスラエルを占領統治していたローマの強制でナザレの町からベツレヘムまで、ヨセフは身重のマリアを守り、200キロを旅する。砂漠あり、荒野あり、険しい山あり、川では流されそうになるマリアを助け、空腹でも自分はほとんど食べず、マリアとロバに食べ物をあげるヨセフ(それも自分も食べたふりしてこっそりと、というのが実に男らしい)。マリアはロバに乗っているけど、ヨセフは徒歩でロバを曳いてマリアを導いていく。なにがなんでもマリアを守り抜いていく。雅子さんを「お守りします」と言った皇太子も偉かったが、ヨセフはその何千倍もすごい。
 まったくもって人類史上最強のアッシー君である。
 わたしはこの映画は『マリア』ではなく『ヨセフ』って題にして欲しかった。(じゃあ、ヨセフの内面が良く描けていたかっていうとそうでもなかったけど・・・(^^ゞ)
 
 神様、どうかわたしにもヨセフを一人ください。

写真は映画と何の関係もなく、映画の帰りに梅田で見た獅子舞。この獅子はもう酔っ払ってへたっているところだそうです(*_*;獅子よ、そんな情けないことではマリアは守れんぞっ。

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正月からボット攻撃

 年末にネットワークセキュリティ関連のソフトをバージョンアップしたり追加した。
 追加したソフトには「ボット」に対応できるアンチボットソフトもある。
http://www.sophia-it.com/content/%E3%83%9C%E3%83%83%E3%83%88
↑ 御参考:ボットとは

 ネットワークセキュリティに関する仕事をしている関係上、ボットに対しても対策しなきゃなあという思いはあったので、ついついシマンテックの宣伝にのせられダウンロードして購入してしまった。購入したものの、ほんとにボットに対して有効なのか、普通のホームユーザなら通常のインターネットセキュリティソフトだけでいいんじゃないか、とあとからちょっと後悔した。

 ところが、昨日(よりによって元旦に!)、そのアンチボットが脅威(マルウェア)を発見、削除してくれた。年賀状の印刷してただけで、別にあやしいネット検索とかしてなかったのに・・・なんで、そんな危ないソフトが侵入してきたんだろう?
 よくわからないけど、とりあえずアンチボット、働いてくれているようだ。しばらく様子をうかがおう。

 なかなか年越しの宿題進まず・・・。辛い正月。

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元旦は晴

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 あけましておめでとうございます。
 本年もよろしくお願いいたします。

 よく晴れた元日の朝、元日礼拝へ。
 今の教会の元日礼拝ははじめてで、どんな感じかなあと思ってたら、普段は見かけない帰省中と思われる御家族連れや教会員の関係者などもおられ、予想外に出席者が多かった。女性は一般に普段よりお洒落な格好の方が多く、和服の方もおられ、華やいだ感じ。(わたしは自転車だったので、普段どおりの格好・・・むむむ、来年はドレスアップしていくか・・)

 キリスト教とお正月ってミスマッチな気がするけど、やっぱり日本人には日本のお正月があるのよねー、と礼拝堂で妙に実感。
 ちなみに礼拝後は、もち入りぜんざい(塩昆布付き)のサービスあり。さらにますます日本~って感じである。

 礼拝後、わたしに三つのオファーがあり、新年早々、モテたというべきか???。
 1)私の母と同年代の御婦人から、短歌クラブについて。
 2)やはりわたしの母と同年代の聖歌隊の重鎮の男性から、その男性が入っておられる教会外のコーラスグループに入らないかとお声かけあり。←横で牧師先生(奥さんの方)が「吉浦さん!、スカウトですよ、スカウトー!」と笑っておられた。
 3)牧師先生(御主人のほう)から「教会HP、もう作り始めていいですよ」とのこと。今年から(正式には来年度から)、教会のHP担当。(自分のHPはもう何年も放置しているが・・・)

 帰宅後、年越しの宿題開始。おせちとカレー(タイのグリーンカレー風、めちゃ辛いけどおいしい!)とおでんが大量にあり、数日は買い物も料理もいらんというのがウレシイ。

 写真は、礼拝堂の十字架。午前の光が十字架の脇に当たってるのが、なんともきれいと思って、ほんとは礼拝堂であまり写真撮ったらいけないのかもしれないけど(しかも礼拝前)、思わずこそっと撮りました。(でも光の感じはあんまり出ていない)クリックして大きくしてみてもらうと少しわかっていただけるかも。

 「新しい歌を主にむかって歌え イザヤ42.10」

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