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バリア破り

 自転車日和の日曜。ひさしぶりのチャリ通礼拝。

 今日は礼拝のあと、教会員の全体集会みたいなものがあってばたばたしていたのだけど、知らないうちに、牧師先生がまた自転車のメンテナンスをしてくださっていた。集会前、集会用のプリントを配りながら「僕、さっき自転車掃除してまして、ひょっとしたら手が汚れてて、プリントにも油汚れがついているかも・・・、でも自転車が汚れてて可哀相でね、誰のとは言いませんが・・(笑)」と言われていた。で、おそらくその<汚れている可哀相な自転車>は私の自転車であろう(-"-)と思っていたら、やっぱりそうだった。
 「泥除けの部分がね、汚れてました。あと、油も差しておきました」と、集会後、先生に言われる。いつもいつも恐縮である。。。。

 特に今日、申し訳なかったのは、集会前、今思うとおそらく先生が私の自転車を触られたあと、先生は食堂の流しのところで奥さんに「石鹸はどこ?」とか聞きながら手を洗っておられた。私は昼食の食器を下げに近くにいたのだけど石鹸を探すのを手伝うでもなく、無愛想に言葉もかけずにその場を去ってしまったんだよな。普通、信者ならあそこでなんか先生に一言二言挨拶はするよなあ、しかも、先生は、手を汚してわたしの<可哀相な自転車>掃除されたあとだったんだ。
 
 ただ、無愛想だったのは理由があって、先週の<脳の血管が切れそう事件>以来、少し憂鬱で、なんとなく信仰的にも憂鬱な気分があって、あんまり人と話をしたくなかったから。仕事も生活もどんよりとしてて、そのどんよりの厚雲のうえにたしかに神様の光はあるのだろうけど、私にはそれが見えないのである。
 そういうときに「それでも神様はあなたを愛しておられます」とか「もっと祈りましょう」みたいなこと言われてもイヤなので、余計、話をしたくない気分なのである。
 
 もっとも、私は教会ではぽつんとひとりでいることが多く、突っ込んだ信仰上の話をする付き合いのある方もいないので、教会で人と話をする心配はそもそもあまりない(^^ゞ。しかし、どんよりしているときは、一応念のために、「誰も声をかけるなよ」バリアを出して、さらに無愛想に教会にいることにしている。

 今日は体調もいまひとつだったし、さらに猛烈に「声をかけるな~!」バリアを出していた。
 ところが、集会のとき、となりにいた年配のご婦人が、突然、さくっとその強烈バリアを破り、

「あ、吉浦さん、<短歌の会>に入りませんか?」

と声をかけてこられた。へ?た、短歌の会ですか?・・・いきなりでモゾモゾしているうちに来週までに3首、<月>の題詠出すことになってしまった。
 なんてこったぃ。

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