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題詠という方法

 結局、題詠2007はリタイアに終わったけど(とても明日までにあと70首は作れん・・)、自分自身にとっては、<題>から歌を作っていく、言葉から歌を構築していくということ自体は、新鮮だった。これまでほとんど題詠ってしたことなかったので。
 そもそも私は、題詠とか歌合せとかは、なーんかお遊びぽくってイヤだったのだ。
 ただ、自分の中でちょっと変化を感じたのは、題詠2007にしても、教会の短歌クラブでの題詠にしても、「題」で作っていくとき、題にしばられているようで、むしろなにか開放された感覚で歌と向き合っている感じを得たことである。言葉の奥へどんどんと入り込んでいくような楽しさがある。 楽しいといってもお遊びではなく、言葉そのものと純粋に向き合う感覚というか・・・。
 とはいえ、じゃあできた歌がほんとにどうなんだ?というと謙遜でもなんでもなく自信がない。題詠ではなく作った歌以上に、はなはだ不安というか落ち着かない作後感になる。

 『岡井隆と初期未来』のなかで、「モチーフ中心の歌人が、みずからのモチーフを失ったとき、急速に短歌から離れていく」と書かれていた。未来初期同人の”Y”について述べているところなのであるが、もちろんこれは普遍的なことでもあって、私自身もぎくっとした。修辞かモチーフかといえば、わたしもモチーフ重視の歌人だと思うから。
 題、から歌を作るという方法は、自分の中ではモチーフを離れ、違うところから歌作ることのトライアルでもあったようにも思う。
 このあたりはもう少しよく考えて小文にまとめたい。

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