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防衛省ガンダム計画-鉄人28号ではだめなのか

 私はアニメ一般に興味なく、ガンダムも名前くらいしか知らない。
 しかし、「元<天皇>問題」で揺れる防衛省でガンダムを開発しているとのことで、ん?と思った。
↓職場の昼休み、ガンダム好きの同僚(三十代)から聞いた「防衛省、ガンダム開発中の記事」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071030-00000010-giz-ent
 
 危険なところで闘うのなら、中に人間が入るガンダムより、無人で遠隔操作ができる鉄人28号のほうがいいのではないか?と私が言うと同僚は一言「ダメ」。
 「なぜ?」
 「弱いから」
 ガンダムより鉄人28号が弱いという根拠はなんであろうか?昼休みが終わったので聞けなかった。
 しかし、たしかにメカ的な精緻さでは鉄人28号は劣るような感じがしないでもない。でも、夜の街にガォーと叫ぶし、威嚇力はありそうなんだが。。。

題詠という方法

 結局、題詠2007はリタイアに終わったけど(とても明日までにあと70首は作れん・・)、自分自身にとっては、<題>から歌を作っていく、言葉から歌を構築していくということ自体は、新鮮だった。これまでほとんど題詠ってしたことなかったので。
 そもそも私は、題詠とか歌合せとかは、なーんかお遊びぽくってイヤだったのだ。
 ただ、自分の中でちょっと変化を感じたのは、題詠2007にしても、教会の短歌クラブでの題詠にしても、「題」で作っていくとき、題にしばられているようで、むしろなにか開放された感覚で歌と向き合っている感じを得たことである。言葉の奥へどんどんと入り込んでいくような楽しさがある。 楽しいといってもお遊びではなく、言葉そのものと純粋に向き合う感覚というか・・・。
 とはいえ、じゃあできた歌がほんとにどうなんだ?というと謙遜でもなんでもなく自信がない。題詠ではなく作った歌以上に、はなはだ不安というか落ち着かない作後感になる。

 『岡井隆と初期未来』のなかで、「モチーフ中心の歌人が、みずからのモチーフを失ったとき、急速に短歌から離れていく」と書かれていた。未来初期同人の”Y”について述べているところなのであるが、もちろんこれは普遍的なことでもあって、私自身もぎくっとした。修辞かモチーフかといえば、わたしもモチーフ重視の歌人だと思うから。
 題、から歌を作るという方法は、自分の中ではモチーフを離れ、違うところから歌作ることのトライアルでもあったようにも思う。
 このあたりはもう少しよく考えて小文にまとめたい。

橋、怖い

 晴れてチャリ日和。
 チャリに乗るために礼拝に行くのか、礼拝のためにチャリに乗るのか。
 礼拝後、聖歌隊練習。『メサイア』のハレルヤコーラスもやったが、今日はソプラノ二人だけで、しかもわたしは歌うの初めて。曲自体は有名だけど、パートの旋律はぜんぜん知らない。「ハレルヤ」「ハレルヤ」と金魚の口パクみたいだった。それにしても、テノールも一人だけで、計三人での「ハレルヤコーラス」にはそもそも無理がある(^^ゞありゃ、大合唱じゃないのか~。
 その後、教会の庭でバーベキューがあって、もうこれ以上食べられない、というくらい食べる。

 帰り際、牧師先生に「神崎川の北岸(吹田側)も走ったら?」と言われた。うーん、北岸に行ったら、当然、南岸(大阪側)に戻ってこないといけない。都合、橋を二回は渡らないといけない。実は私は橋を渡るの怖いんだよ~。なんでかなあ。橋にもよって、ぜんぜん怖くない橋もあるけど。それに車や電車で渡るのはどうもないけど、自転車や歩きだと怖い。なんか落っこちそうで。吊橋とかはもともと怖かったけど、普通の橋でも怖いことがある、というのは最近知った。橋、怖い。
 教会が橋の向こうでなくてよかった。

わがまま

 今日は歯医者に行った以外は家居で、一日中PCが起動していることもあり、3つも記事を書いてしまう。

 明日は日曜、日曜といえば、礼拝。
 ・・・実は、あまりこういうことを公にしたらいかんのかもしれないけど、ここんところ、礼拝にあんまり行きたくないのだ。礼拝そのものがいやなのではぜんぜんないが、教会に行くことが重たく感じられる。
 別に、教会が嫌いでも牧師先生がイヤでも、他の信徒さんともめごとがあるわけでもない。ある意味、受洗以来、一番、教会に行くのが楽しく感じられるときも多い。でもなんでかなあ、ここ数週間、楽しい思いの裏っ側にはりつくような感じがある。

 要は休みの日に人がたくさん居るところに単純に行きたくないのかもしれない(^^ゞ。会社帰りの少人数の祈祷会だとぜんぜんイヤじゃないし。
 今の教会は、人間関係、淡白すぎず、べたべたもしてなくて、良いのになあ・・・まあ私はわがままなのだろう。ま、でも明日も自転車漕いで教会に行こう。(雨が降って電車でいかないといけなかったら、いくのイヤかも、晴れろよ~(-"-))

シェイプアップ

 教会の五十周年記念誌のための文章を書いた。7月に転会したばかりの私は関係ないと思っていたら、教会員全員書くのだそうだ。原稿用紙三枚。
 書く内容は決めていたので、今日、ざくざく、さっさと書いた。書き終えて、台所のことなどをしてパソコンの前に戻ってきて、ぎょっとした。
 WORDのページ設定を間違っていた。20字×20行のつもりが、20字×40行。およそ倍の枚数書いていた。やけに書き応えのある三枚と思っていたら・・・うー、こういう勘も鈍っているのね。
 そこからがたいへん。小文とはいえ、いったん書いてしまった文章を半分にするのは至難のワザ。切って削って文章変えて・・・。
 どうにか三枚にして読み返すと、最初よりはるかに良い。
 それで気がついたけど、どうも最近の私の文章は冗長のようだ。
 歌集を出した頃の、HP『第一歌集への道』などは、タイトな文体でおもしろいって言われたものだったけど(^^ゞ、なんか最近でれーっとなっているのね。
 腹と文章は引き締めよう。

目が覚めた。NOVA

 NOVAではない英会話スクールに通っていた同僚曰く
「僕が通っていたスクールのスタッフは、つねづね、<NOVAはなぜああいう経営で成り立っているのか不思議だ、どう考えてもうまくいくとは思えないのに・・・不思議なんですよねー>と言ってました」。
 もともとかなり脆弱な経営基盤のうえでの自転車操業だったというのが実態のよう。ほころびがあったところへのダメージで一気に破綻したんだろうな。わたしはもともとの実態にも無頓着だったし、しかも、それが破綻にいたるほどの危うさを内蔵していたとは、契約時点で、まっーたく考えなかった。
 生活圏や時間的制約から、NOVA以外選択肢がほとんどなかったというのもあるけど、そもそも、そんな危うさは露ほども感じていなかった。
 だいたい、昨今、かなり状況が緊迫してからも、妙な自信?があって、わたしがポイント使い切るくらいまでは持つだろう、と思っていたくらいだから、まったくもってわたしというのはアテにならない(*_*;。
 
 ただ、今はとにかく、NOVAの破綻でたいへんな状況にある人たちがどうにか活路を見出せますように、と祈る。(私自身の損害も私個人にはとても大きいけど、生活基盤そのものがかかっている人に比べたらはるかに微小)

 今月は、血管ぶちキレそう事件に始まり、とんでもない失敗やらかして肝を冷やしたり、あれこれと非常に激しいひと月だった。月末までもうこれ以上、びっくりするようなことはありませんように、とせつに祈る。
 でも、へんな話だけど、NOVAの破綻で、なんか私はけっこう目が覚めたところがある。

最後の嘘、NOVAからの葉書

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 別れ際にあの人が言ったあの一言・・・あれも結局、嘘だったのね、信じた私が馬鹿だった・・・
 って、安っぽい恋愛小説でもいまどきない、まぬけな話。。。。
 写真は、帰りの電車で見た「NOVAのお詫び広告」。
 とにかく反省して経営を立て直して皆さんのためにより良い授業をしてまいります・・・と書いてあった。最後のところには、はっきり、しっかりと
「なお、生徒の皆様には、今までどおりレッスンを行っていきますので、何卒ご安心くださいますよう」
という言葉が書かれている。
 何卒ご安心・・・って、今朝、会社更生法の適用申請され、全校一斉に無期限営業停止、再開のめどは全く立たず、教室に連絡しても電話もつながらない・・・。それで安心しろったぁどういうことでありましょうか?
 そこまで追い詰められていたのに、広告費払って・・・まあ、この広告を出す時点では、更正法申請は決定してなかったんだろうけど。結局、嘘っぱちでしかなかった文言並べ立てる広告費払うより、路頭に迷ってる講師やスタッフに家賃や賃金払ってあげろよー。
 わたしだって、まだたくさんポイントが残っている(-"-)。
 あれこれと手違いなどがあり、NOVAのフロントの人と、幾度かもめたけど、今頃、彼らもたいへんな状態だろうな(T_T)。

 あれこれ考えつつ帰宅したらNOVAからお葉書。休校のお知らせかと思ったら、わたしが通っているスクールを今月末で、営業終了します、というお知らせ(*_*;。あらら。まことに御不便をおかけしますが、他校にてレッスンを受けてくださいませ、と。でも、他校も全校営業停止なんですよね。笑えるのが、「転校費用は無料とさせていただきます」って言葉。3000円くらいの転校費用まけてもらっても嬉しくないぞ。ポイント残金のお金返して。それにそもそも全校営業停止してるのに、どうやって転校手続きするの~????

クラリネット協奏曲K622第二楽章

 先週、横浜のビジネスホテルのカフェテラスで朝食をとっていたら、モーツァルトのクラリネット協奏曲K622第二楽章が流れてきた。好きな曲である。なんともいえない深い落ち着きというか静けさがある曲だと思う。
 クラシック全般ぜんぜん詳しくないわたしがこの曲を知っているのは、短歌をはじめたころに読んだ永井陽子さんのエッセイにこの曲のことが書かれていたから。
 ひょっとしたら記憶違いで別の曲だったかもしれないけど、ずーっとこの曲のつもりでいる。永井さんの文章に「この曲を聴いていると、聡明ということの意味がわかる」というようなことが書かれていた。
 その朝も不意に流れてきた音楽に、トーストにバターを塗る手を止めて、しばし「聡明」ということに思いをはせた。
 味気ない殺伐とした仕事の旅の朝、なにか遠いものに出会うような心に、しばし、なった。
 なぜかそのことをふと思い出して、今日、K622を聴いている。

口内炎&虫

 少し仕事はひと段落というところ。
 まだ体がだるい。かつ、口内炎が悪化。口内炎は舌の中央先端にあって、食べたり喋ったりすると痛い。先週のような激しい会議があったら支障をきたしたと思う。しばらく節制して静かに過ごしなさいってことかも。

 夜、ひさしぶりに教会の祈祷会に行く。使徒言行録の学びと、とりなしの祈り。終了後、お茶を飲みながらの雑談がいつもながら長い(^^ゞ。牧師先生夫妻と信徒は3名だけの小さな会。人数が少ないだけに、むしろなんだかんだと雑談ができる雰囲気。ようやく解散で教会の外に出て、牧師夫妻も見送る感じで出てこられて、またそこで立ち話。「涼しくなったけど、今年は虫の声が聞こえませんねぇ」と奥さんのほうの牧師先生。
 そう、たしかに今年はあんまり虫の声を聞かないなあ。
 どうしてるんだろう、虫。

短歌クラブというもの

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 今日も自転車日和で、自転車で礼拝へ。でも、なんかやはり体調が悪いのか、だらだら漕いでいたら、行き30分もかかってしまった。

 礼拝のあと、<短歌クラブ>があって、はじめて参加した。参加者8名。わたし以外はおそらく皆60代以上。それもたぶん60代は一人くらいで、70代の方が中心・・・わたしの母親と同い年の方が他の方を「先輩」と言っておられたから、80代もおられた模様。教会全体の年齢構成に比しても高齢層が集まっている。不思議と男性がほとんど。ちなみにわたしは「女性が少ないから入ってくださいませんか?」と、年配の女性から誘われたのだった。女性は私とその方2名。

 で、結局、<短歌クラブ>といっても、短歌の勉強や批評をするわけではなく、おたがいの短歌を読み合わせして、歌に書かれているそれぞれの日々の出来事や思いを語り合う会だった。まあきっと、この日本の広い短歌の世界にはこういう情景も、ある意味、あり、なんだろう。
 というわけで、わたしは親の年代かさらに年配の方々の中でニコニコと皆さんの話に耳をかたむけ、コピーが足りなければコピーに走り、お茶をいただき、クッキー(これは私の横浜土産)を食べて過ごした。短歌の会で寡黙な吉浦というのが信じられなかった(^^ゞ。
 ま、最後に隣の席の60代の方-たまたま祈祷会でよく存じ上げている方だったので-、「この2句目の字足らずと、旧かな新かな混在はよくありません」と耳打ちはしたが。

 帰宅後、夕方、すごくお腹が痛くなってやはりどうも体調が悪い。まあ、昼ごはんを食べ過ぎたというのもあるが。さすがに晩御飯抜き。

 写真はなんの変哲もない昼の神崎川と、神崎川の自転車道の上り口。(ところで、神崎川は一級河川だけど、この一級、というのは、淀川水系全体が一級だから一級らしい。水系が一級だと、そのなかの支流はどんなに細くても小さくても一級なんだとどこかのネットの記事で読んだ。まあ一級でも二級でも、神崎川の川沿いはなかなか味わいがあって私は好きだ)

秋晴れと寒さ

 昼前、近所に買い物に行こうと外に出ると、さわやかな秋晴れ。こんなに気持ちのいい天気は、一年の中でもそうそうなかろうというような天気。
 こんな日に川沿いの道を自転車で走ったらさぞ爽快であろう、と思いつつ、ずたぼろに疲れている体をいたわりゴロゴロとして過ごす。

 夕方、だるい体で梅田へコンタクトレンズを買いに行く。横浜のホテルで片目失くしてしまったハードコンタクトレンズ(T_T)。コンタクトを買って、外に出ると日が暮れて寒い。梅田の歩道橋を渡ると風もあってほんとに寒い。
 その歩道橋のうえで、バンドが演奏していた。歩道橋の上では、何組もバンドは演奏しているが、そのうちの一組がなかなか巧かった。別に立ち止まってしっかり聞いたわけではないけど、ボーカルの声がよかった。また喋りもうまい感じだった。固定ファンがいるのか、そのバンドの周りはひときわ若い女性が人だかりしていた。
 ボーカルのお兄さんが「皆さん、寒くないですかぁ?」と聞くと、女の子たちが「寒いよぉ」と口々に答える。ボーカルの人が「風邪引かないでねぇ」、女の子たち「だいじょうぶ~」「でも寒い~」。
 寒い寒いといいつつ、皆、楽しそう。なんかああいうのを一体感って言うのかなあ。その一体感の脇を、すごすご一人通り過ぎながら、私はほんとに寒かった。

激闘のあと

 昨日は疲れ果て、日曜から仕事していたせいもあり、なんだか木曜だったのに金曜のような気分であった。しかし、実際は今日が金曜日であって今日も会社に行かねばならないことが、朝、信じがたかった。しかも雨降りで、出張先からの持ち帰り荷物をカートで引きながら満員電車を乗り継ぎ・・・というか乗り継ぎ失敗して、一本電車に遅れてしまって、朝会途中にすごすご職場に入って、情けなかった・・・。

 まあしかし、激闘のあとだし、今日は、残務処理に専念、さくさくっと仕事して、とっとと帰ろう・・・と思っていたが、結局、激闘の後処理がたいへん。
 そんななか、わたしより100倍も実際はたいへんなはずの横浜の激闘相手から電話。二日前の会議の席上、まさに対決した相手なんだけど、なんかさわやかで元気な声。まあ闘い済めばさわやかに相手をたたえあうのがスポーツマンシップ(?)だから、わたしもさわやかに応答。しかしながら、月曜に今度は大阪対決。ふう。

 まだトマス・マートンの『七重の山』読了していないのだけど、つくづく、修道院に入りたい今日この頃。

帰阪

 帰阪。疲れ果てました。

 今日は、午前午後ともに、おだやかな会議でしたが、昨日は大激闘。二十年の会社生活でも記録に残るバトル。
 もっとも今月はあれこれと仕事面、激しかった。。。。
 あと月末までは静かな日々でありますように。

鍋パーティ

昨日、同行メンバーは帰阪、今日はわたしひとり別件で横浜に居残り。
ゆうべは早くホテルに戻れたのと、ひどく疲れたので、九時前には寝てしまった。でも数時間おきに目が覚めた。
で、断続的に鍋パーティーの夢をみていた。昭和の頃の貧乏学生が住むようなアパートの部屋に昔の友達や現在の短歌関係者や知らない人たちが集まって鍋をつついていた。四畳半程度の部屋の広さからすると、到底入りきれない人数が集まっていた。鍋の具は野菜が多かった。
夜中、何回か目がさめたけど、また寝ると、鍋パーティー。一晩中、鍋パーティーだった。

組み合わせ

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今回の新幹線&ホテルでの読書は「岡井隆と初期未来」と「神学のよろこび」。
われながら変な組み合わせ。
写真は朝の新横浜駅。

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ホテルの窓から新横浜駅の新幹線ホームが見えます。

 朝、部屋がひんやり。このままなしくずしに冬になってゆくのだろうか。
 なんだか今年は秋の感覚をあまり持てない。
 出張の準備をしている。業務用の荷物が多く、出張日数の割に、デカいカートを持っていく。このカートを持っていくと出張先の人から「吉浦さんが入ってしまいそうですね」と驚かれる。が、もちろんダイエットが急務なわたしが入るわけはない。まあ痩せた小学4年生とか、関節を自在に繰れるヨガの達人ならはいれるかもしれんが。
 で、しかもこのカート、鮮やかな赤。めちゃ目立つ。
 このカートをがらごろ引いて、礼拝に行ったあと、会社、そして夜、横浜へ。ホテルに着くのは23時ごろになる。

感謝感謝

 昨日は、わたしのごく些細でつまらぬミスのためにたいへんな事態が発生。わたしのみならず上司、職場全体が青ざめた。(といっても職場の人が、皆、なにが起こったかを知っていたわけではなく、わたしをはじめ数名がじたばたしてて、周囲はなにかたいへんなことが起こったことを感じていた)
 夕刻になって、急転直下、最悪の事態を免れたどころか、予想外のラッキーなことが判明、最終的にはことなき解決を得た。
 最悪のことを考えると、私もびびったし、なにより、上司が肝を冷やした。予想外での展開で解決後、上司が心底ほっとした表情で曰く
「以前、同じようなことがあって、当時の部下がほんっとにたいへんなことになった。吉浦さんは、ほんとにラッキーだね。僕はラッキーな人は好きよ。」
 そのラッキーさが、まったく「え?そんなことってありーー??」というようなことで、当初のごくありがちなミスから発生したとんでもない事態と合わせて、いやまったく人生は何がおこるかわからないと感じた。でもほんとに私は守られている、と感じた。感謝感謝。

多忙

 今週になって呪われたように忙しい。
 日曜も仕事である。
 「え、日曜?」と躊躇するわたしに、「あ、吉浦さんは、日曜、教会に行くんだったね、じゃあ教会のあとでいいから」との配慮の言葉をよろこぶべきであろうか(^^ゞ。日曜は仕事のあと、夜、横浜へ移動。

忍耐はひとりごころのことゆゑに膝を抱きて暗みをりたり
 竹山広

せん方尽くれども希望を失わず

Even though we may be perplexed, we do not lose hope.
 せん方尽くれども希望を失わず。

 あれこれと思うところあって、今日の午後の会議のプレゼン資料の最後のページ-「ご静聴ありがとうございました」のページ-に小さくこの英文を載せる。もちろん会議に出ているだれもこれが新約聖書第二コリントの言葉であることは知らない。ただこの英文に目を留めてくれたのは、ムスリムのM君。「We will never lose hope. 」のほうが良いといわれたが(^^ゞ
 おおよそこの世に希望はない。しかしこの言葉に力を得る今日。ついでにいえば大正改訳聖書の文語がいい。(このあたりの文語については以前も書いたが)

更地

 昨日、原稿用紙を梅田で買ってきた。紀伊国屋のK-1。心を入れ替えて短歌人の作品を出すべくスタンバイしたのである。
 スタンバイモードからなかなか本格的な起動状態にならないのが難である。まだ、原稿用紙は升目で区画割された広大な更地状態である。。。。
 しかも明日の会議の資料がまだできていない。今日は午後9時半で気力萎えて会社を出てきた。明日、早めに出社して作らないと・・・
 
げにわれはうらおもてあるこころにてひとつの会を安らかに越ゆ
 竹山広
 自分だって裏表あるし小ズルイこともするわけで、人様のことをとやかくは言えないのだけど、どうも安らかになれない。なにか虚しいことに車輪が空転しているような日々。

淀川の土手の上

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 朝から雨。昼前から所用で梅田へ。
 4時ごろ帰宅したら、晴れていたので、ほいと玄関に荷物を置いて、そのまま神崎川まで自転車で走りに行く。

 いつもの川沿いの自転車道を東へ。いつものように漕いでいたら急に、
「吉浦さーん」
と呼ぶ声。
 はて?こんなところで私を呼ぶ声がするなんて、ときょろきょろしていたが声の主は見えず。しかし、再度、
「吉浦玲子さーん」
と今度はフルネームで呼ぶ。誰やねん!?と思って見ると土手の上に、トレーニングウェア姿の牧師先生。
 自転車道に下りてこられて、先生は「吉浦さんもトレーニングされてるんですか?」「いえまさか・・・、ただ気分転換で走っているだけで・・・」
 普段はどのあたりを走るのかとか聞かれて、先日、自転車道の東の端まで行ったけど、淀川との分岐点がよくわからなかったといったら、「じゃあ淀川まで行ってみましょう」と先生は走り出される。ジョギングだかマラソンなんだかよくわからないけど、さっ、さっ、と軽く走っていかれる。わたしは自転車で並走。もちろん自転車のスピードは落としているのだけど、先生の走りは遅くない。しかも、あれこれ普通に会話しながら息も切れずに楽に走っておられる。

 あっという間に自転車道のはずれに着いて、「こっちこっち」と先生に誘導されて土手へ上がる。少し歩いて道路を一つ渡ったら、もう淀川の土手。その土手を上がると・・・おお、淀川だ~。でかい。さすが本流。滋賀、京都、大阪と流れてきた関西の由緒正しい大河川。ケータイ写真では広がりが伝わらないけど、一応載せておきます。
 先生曰く、「ランナーには淀川好きと神崎川好きがあります。淀川は見晴らしがよく真っ直ぐで一気に走れてそれがいいというランナーもあれば、曲がりくねってて先が見えなくて景色の変化に富んだ神崎川のほうがいいという人もいます。僕はごちゃごちゃした神崎川のほうが好きです。」

 その後、ふたたび神崎川に戻り教会付近まで並走して、別れる。世の中に牧師先生はたくさんいるだろうけど、マラソンと自転車で並走しながら話をする牧師先生というのはあまりいないよな。

バリア破り

 自転車日和の日曜。ひさしぶりのチャリ通礼拝。

 今日は礼拝のあと、教会員の全体集会みたいなものがあってばたばたしていたのだけど、知らないうちに、牧師先生がまた自転車のメンテナンスをしてくださっていた。集会前、集会用のプリントを配りながら「僕、さっき自転車掃除してまして、ひょっとしたら手が汚れてて、プリントにも油汚れがついているかも・・・、でも自転車が汚れてて可哀相でね、誰のとは言いませんが・・(笑)」と言われていた。で、おそらくその<汚れている可哀相な自転車>は私の自転車であろう(-"-)と思っていたら、やっぱりそうだった。
 「泥除けの部分がね、汚れてました。あと、油も差しておきました」と、集会後、先生に言われる。いつもいつも恐縮である。。。。

 特に今日、申し訳なかったのは、集会前、今思うとおそらく先生が私の自転車を触られたあと、先生は食堂の流しのところで奥さんに「石鹸はどこ?」とか聞きながら手を洗っておられた。私は昼食の食器を下げに近くにいたのだけど石鹸を探すのを手伝うでもなく、無愛想に言葉もかけずにその場を去ってしまったんだよな。普通、信者ならあそこでなんか先生に一言二言挨拶はするよなあ、しかも、先生は、手を汚してわたしの<可哀相な自転車>掃除されたあとだったんだ。
 
 ただ、無愛想だったのは理由があって、先週の<脳の血管が切れそう事件>以来、少し憂鬱で、なんとなく信仰的にも憂鬱な気分があって、あんまり人と話をしたくなかったから。仕事も生活もどんよりとしてて、そのどんよりの厚雲のうえにたしかに神様の光はあるのだろうけど、私にはそれが見えないのである。
 そういうときに「それでも神様はあなたを愛しておられます」とか「もっと祈りましょう」みたいなこと言われてもイヤなので、余計、話をしたくない気分なのである。
 
 もっとも、私は教会ではぽつんとひとりでいることが多く、突っ込んだ信仰上の話をする付き合いのある方もいないので、教会で人と話をする心配はそもそもあまりない(^^ゞ。しかし、どんよりしているときは、一応念のために、「誰も声をかけるなよ」バリアを出して、さらに無愛想に教会にいることにしている。

 今日は体調もいまひとつだったし、さらに猛烈に「声をかけるな~!」バリアを出していた。
 ところが、集会のとき、となりにいた年配のご婦人が、突然、さくっとその強烈バリアを破り、

「あ、吉浦さん、<短歌の会>に入りませんか?」

と声をかけてこられた。へ?た、短歌の会ですか?・・・いきなりでモゾモゾしているうちに来週までに3首、<月>の題詠出すことになってしまった。
 なんてこったぃ。

川の匂い

200710061753000
 二週間ほど前に神崎川の上流、淀川からの分岐点近くまで自転車でいった。その帰宅後、GoogleEarthでそのあたりを見てみた。で、たしかにわたしが行った付近からほんの少し先に淀川からの分岐点があることがわかったのだが、画面を見ながら、びっくりしたのは淀川の大きさ。神崎川だって、れっきとした一級河川なのだが、神崎川に比べると、画面で見る限り、淀川は「大河」である。
 GoogleEarthで見る淀川は、神崎川の何倍もの川幅をもつ。横綱と序の口力士くらいの差がある。もちろん神崎川の分岐点付近は神崎川の下流付近に比べたはるかに細い。神崎川だって下っていくとそれなりの川幅を持つのだけど、あらためて<淀川ってでかい~!>と感心した。もっとも、わたしは通勤電車で、毎日、淀川を渡ってる。その毎日見る淀川とGoogleEarthでみる淀川のイメージがどうも一致しない。GoogleEarthのなかの滔々と流れる大河淀川と、ぼっーとした朝の寝ぼけ眼で見る淀川・・・
 うーむ。。。。今度はほんとうに分岐点まで行ってみたいものだ。大河淀川をそこから眺めてみたい。

 夕方、ひさしぶりに自転車で神崎川を走る。今日は教会のちょっと先まで。分岐点付近までは行かなかった。淀川より小さくても、私は神崎川が見せるおりおりの表情が好きだ。川向こうの工場の雑駁な景色、塩くさい生臭い川の匂い、ボートを漕ぐ大学生たち、伸びすぎた草を通ってくる風。

 ところで、最近、神崎川を走ってて、ん?と思ったのは、あるところで、正露丸みたいな匂いがするなあと思って、きょろきょろまわりを見回したら、川向こうに「大幸薬品」の看板。ラッパのマークも見える。ま、まさかあそこから正露丸の匂いがしてくるか~!?とちょっとびっくり。仮にあそこで正露丸を作っているにしても、まさか工場外まで正露丸の匂いって漂ってくるわけないよなあと思いつつ、怪訝な気分。でもほんとにしたんですよ、正露丸の匂い。

 写真は夕方の神崎川。

呵責

 わたしは、かなり短気な人間であるけれど、今日という今日は、ほんっとに腹が立つことがあった。ある会議の席上のことである。二年半前の人事異動内示以来の衝撃。脳の血管が切れるかと思った。実際、頭がずきずきしてきてヤバかった。わたしが死ぬとしたら、こんな感じで死ぬのかもしれないと思った。男に振られたわけでもないのに、あんな会議の席上で死にたくはないが。

 会議のあと、ラボでひとり泣いた。そしたら目がぼっこり腫れてしまった。会社を出て、今日は教会の祈祷会に行ったのだが、教会に着いてお手洗いで顔を見ても、まだ目が腫れている。まずい。席についてからは、なるだけ伏目がちに敬虔そうに聖書に目線を落とす感じで座っていたが、でもやっぱりこの目の腫れは不自然だよなあと気になる。
 祈祷会開始まえ、「ちょっと涼しくなりましたねぇ」とか「xxさんは風邪気味ですか?」という感じの雑談のなか、わたしに話がきたとき、おもわず「今日はコンタクトの調子が悪く目が痛い」と、言わんでもいいのに、あさはかな目の自己フォローをした。
 そしたら祈祷会のなかで、牧師先生(奥さんの方)が、私の目が癒されますように、と祈ってくださった。・・・ほんとは目が痛かったわけじゃないので、なんだか良心の呵責を感じてしまった。。。。

青満ちて

 体調のことを書くと、読んですごく心配頂くことがあるので恐縮なのだけど、実際問題、横浜出張以来、どうもしんどい。今朝はほんとに起き上がれなくて、職場に連絡して昼ごろ出社。重篤な病気というわけではなく、単なる疲れなんですけど。

青満ちて空暮るるときしづかなる蟷螂の腹網戸をのぼる
  竹山広
 空暮るる、ときて<しづかなる>の続き方はどうかな、と一瞬思う。少し言い過ぎ?しかしこのしづかなるは蟷螂に連なるものである。蟷螂の腹、全けきしづかさ。遠景に満ちる青。永遠に続くような、しかしひとときのしづかさ。

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