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原爆忌という言葉

 夜、神楽岡歌会に向かう途上、先月、コンサートで聴いたゴスペル歌手のBro.taisukeさんから急に電話がかかってびっくり。taisukeさんのHPからCDを申し込んでいた件について。結局、あれこれ30分以上話をした。

 その後、神楽岡歌会。二ヶ月ほど出張と重なって出席できなかったのでひさしぶり。最近は、出席者が少ないと聞いていたので、遅刻すると目立つなあと、そろそろとびびりつつ会場に入ると・・・な、なんだんだ、狭い部屋に座る場所もないくらいに大勢人がいた。(大勢人がいたらいたで、やはり遅刻は目立つもんであったが・・)
 大勢いて座る場所がないくらいって書いたが・・・ほんとに実際、私は椅子がなくて、永田淳さんが、事務室まで、「もう一脚椅子ください」と言いに行ってくださったのである(^^ゞ

 歌会自体も充実していたように感じる。個人的も考えさせられることが多かった。

クマゼミの木が鳴ってゐる原爆忌過ぎ急速に老いてゆく夏
     林和清
 歌会の詠草中の一首。原爆記念日を過ぎた頃から、徐々に夏が終りに向かっていく感じがよく出ていると好評だったけど、私自身は違和感があった。「原爆忌」と、あの日が、なにか時間の通過点のように暦のマークのように扱われることがしっくりこなかった。「なにか冒涜的」という意見もあってそれに私は共感した。もとより表現において言葉は、倫理性とか正義とかヒューマニズムに奉仕するものではない。言葉は言葉そのものの自立性と可能性をもつ。とはいえ、この「原爆忌」には違和感がある。むしろ、もっと戦略的に冒涜してあったほうが、私はすんなり読めたと思う。
 故郷の長崎で、毎年、登校日だった原爆記念日。職員のなかの被爆体験者から話を聞いた。子供心に、その日は、なにか、時がとまったような、しんとした一日だった。通過点ではなかった。
 そもそも俳句における季語というのは、一回性ではなく、繰り返していくものという捉え方という意見もあった。「俳句の季語自体が冒涜的なんだ」という意見もあり。歌人の意見(^^ゞ。

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コメント

これんさん


なるほど。一回性というのはそういうことですね。よく実感として理解できます。

イエスのご誕生を祝うクリスマス。復活されたというイースター。イエスさまが間違いなくこの世にこられ、よみがえられた。カレンダーなるものは残していないけれど、現実におこったこととして記憶、こころに刻むから一回限りではなく何度も何度も、想起するものなのでしょう。
「荒れ野の40年」というあのワイツゼッカー元大統領の演説の、「想起」という原語の意味も単なるメモリアルや、記憶するというのではなく、たった一度あったあのできごとを<一回性>だからこそ、忘れてはいけない、何度も何度も記憶として重ねられていくという意味だと知りました。

投稿: スマイル | 2007年8月16日 (木曜日) 00:08

一回性について。
本文だけではわかりにくいかと思いますが、記念日的な捉え方(毎年毎年機械的に繰り返してくる)だけでは原爆の悲惨さの真実には迫れないのではないかと感じます。まさに、あの日あの時のまぎれもない事実(現実に一回起こったこと)として、つまり<一回性>を捉える必要があると感じます。
もちろんあわせて毎年毎年、その日を覚えていくことも必要ですけど。

適切かどうかはわかりませんが、毎年、キリストの降誕をクリスチャンは祝います。また復活も祝います。毎年毎年、その日を覚え、祈ることは大事だと思います。しかし、なによりクリスチャンの基盤にあるのは、イエス・キリストが2000年前、この地上に紛れもなく来られた、そして復活をされたという一回性の事実だと思うのです。まぎれもない<一回性>のうえに、重ねられていくべきことや忘れてはいけないことというのは築き上げられると思います。

投稿: 吉浦玲子 | 2007年8月15日 (水曜日) 13:32

戦争体験は当然ありません。かすかに記憶しているのは幼少のころ、傷痍軍人が街頭で音楽を弾き鳴らしていた光景です。亡くなった祖父とわたしの父の長兄が元軍人でしたので、生前の祖父に体験を聞いたことがあります。今ふり返ってみたら聞き書きでも録音でもいいから記録を残しておけばよかったと後悔しております。

来月の朗読では手話と組み合わせて演じますが、その朗読の勉強、追体験というか追想起のつもりで、アムステルダムとドレスデンを訪れます。ドレスデンは米英空軍による大空襲をうけいまなお、再建途中にありますが昨年、大空襲の被害の象徴と言われた教会が再建されました。

原爆もそうですが、歴史は一回性ではありません。いまなお苦しんでおられる方々が多くいらっしゃいます。
時が止まったようなという、これんさんの言葉に、言い尽くせない重みを感じました。

投稿: スマイル | 2007年8月12日 (日曜日) 00:11

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