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頭痛

 日曜の夕方、ひどい頭痛がした。じっとしてても痛いのだけど、ちょっとでも揺らすとガンガンガンガンと目の裏から首まで、どんどんひゃららの村祭り状態に。
 頭痛といえば年末から年始にかけてのひどい頭痛を思い出し、あれがまた再来したら・・・?(*_*;とビビリつつ、とにかく固まったように寝た。
 翌日にはどうにか収まったものの、すこーし後頭部に重い感じが。。。。どうにか会社には出勤できた。
 おっかなびっくり2日ほど過ごし、前回のように重篤なことにはならずに済みそうな感じ。
 時期的にもちょうど夏休みに突入、病院も盆休みで、下手したら、また救急外来行きか~と心配したがだいじょうぶそうである。

***
振り向けば喪ひしものばかりなり 茜おもたく空みたしゆく
おのもおのも人間は小さき恥をもち赤き口あけ眠りてゐたり
さんらんと硝子戸砕く夕ひかりわれはつぶてのごとき恋を得し
喪ひて再び帰り来ぬものを瀑布のごとく昏れゆく坂よ
  河野裕子『森のやうに獣のやうに』
 ふと筑摩の短歌全集を読んでいて、やっぱり河野裕子ってすごいなあと感じ入った。作者十代から二十代前半の歌集だけど、頭抜けた作品群だと思う。当然、よく知っている有名な歌がたくさんあるのだが、それ以外の歌も、感性が鋭く、力強いし、若書きとは思えない完成度である。リズムがかならずしも心地よくはないのだけど、歌う力がリズムを突き破っているというか・・・。
 ただ違和感はある。わたしはやはりどうしてもここまで感情というか思いを高いテンションに持っていけない。(上記の歌は、歌集の中ではテンションの低い歌ばかりのような・・・(^^ゞ)。歌集の基本基調といえば『炎ゆる髪なびかせ万緑に駈けゆきし青春まぎれなくま裸なりき』とか『今刈りし朝草のやうな匂ひして寄り来しときに乳房とがりゐき』といったタイプの歌なのだろうけど、どうも疲れるのである。
 いっぽうで『死の後に再た歩み来む道の果てひるがほの耳あまたそよげば』『さくらばな翳れる水辺のゆふぐれは足は垂りつつ死者ら過ぎゆく』みたいな<死>のイメージも、基調低音としてある。<死>と直接うたっていなくても、<死>のイメージがある歌は多い。
 さきに<感情とか思い>と書いたけど、基本的には<いのち>の力なんだろうなと思う。その裏返しとして<死>への感受性がある。<いのち>の生々しい爆発的な力というのが歌に現れてて、どうもそこが私には違和感があるのである。
 短歌をはじめたころ、河野裕子の歌はよく読んだ・・・というより、よく目にした。でもずっと違和感があった。スキルの差とかそういうものを越えて、自分とは感性の根源が違うという思いを感じていた。
 ひさしぶりに読んで、やっぱりその思いは変わらなかった。

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