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岡井隆歌集批評会

 午前中、京都の京大近くの教会で礼拝。いま通っている教会の牧師先生から紹介されていったのだけど、「左岸の会」の歌会のとき何回も通っていたはずの道にその教会があってびっくりした。あそこが教会だったとはしらなかった。ちなみに京大近辺は教会密集区で徒歩圏内に4,5教会あるようだ。
 わたしがこれまで所属した教会も、今日のように所属外教会へ一見さん的にいった先も、基本的に、同じ教団の教会だったのだけど、今日はじめて、教団外、つまり別教派の教会に行った。
 でもやっぱり同じプロテスタントで、しかも牧師先生が紹介されたところでもあり、礼拝の進め方とか雰囲気は変わらなかった。ただ、礼拝堂に十字架がなく、ちょっとびっくりした。プロテスタントで十字架すら偶像崇拝ということでつけない教会があるとは聞いていたけど、実際にそういう教会を見たのは初めてだった。私は首に十字架のネックレスをしていたのだけど、おもわず、ネックレスを隠してしまった・・・

 午後から京大会館で岡井隆歌集批評会。『二〇〇六年水無月のころ』と『家常茶飯』の二歌集。前半、『二〇〇六年水無月のころ』は吉川宏志さんと私が報告担当。後半、『家常茶飯』は吉野亜矢さんと永田淳さんが報告担当。 『二〇〇六年水無月のころ』は吉川さんは「寂しい感じがする」といっておられたけど、たしかに過去や現在や死者の記憶が交錯する中で、なにか茫漠とした心象風景みたいなものが感じられる歌集であった。
 歌集とは別に、休憩時間に信仰のことについて岡井さんに質問したりした会話が印象的だった。

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