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夜と霧

 今日は英語もキャンセルして(今月末TOEIC受ける予定なのにいいのか・・・(-"-))、本を読んだりゴロゴロして過ごす。強頭痛に襲われた年末年始は論外としても、普段の週末も、なんだかんだと忙しいので、昨日今日は、元気でかつ本当にひさしぶりにゆっくりできた休日で、いやあ極楽極楽(→仏教用語じゃん(^^ゞ)って感じだった。
 もっとも硬軟あわせて5冊、本を読んだので、けっこう頭ぼんやりしているのだけど・・・(@_@)。
 うち一冊が『夜と霧』(V.E.フランクル 池田香代子訳)。『二〇〇六年 水無月のころ』にしばしば引用されているので読んでみた。もっとも『二〇〇六年・・・』では霜山徳爾訳が引用されているが、読んだのは池田訳。実は霜山訳版は昔々買ってて我が家のどこかにあるはずだが、失踪中(-"-)。仕方ないので、もったいないけどもう一冊買ってしまった。せっかく買うなら、別の訳でということで新訳にしたのである。批評会までにできれば霜山訳版が発掘できれば、と思う。
 もっとも霜山訳は、昔、買ってはみたものの、挿入されていた収容所とかホロコースト現場の写真やら、後ろに方に載っていたガス室の描写があまりに怖くて、ほとんど本文は読まなかった。ただV.E.フランクル自体は昨年、別の本を何冊か読んでいたので、むかしの恐怖感はなく、今回は『夜と霧』本文をすんなりと読めた。
 明日は礼拝と短歌人の歌会で、もう<普通の週末>。ああ、連休は終わってしまった(T_T)。ひとまず元気で過ごせてよかった。感謝感謝。

ある意味で老いとは強制収容所である齢(よはひ)とは即「ユダヤ」なのだ
  『二〇〇六年 水無月のころ』 岡井隆
 いかにも岡井的な「夜と霧」。

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コメント

自分自身は「この目で確かめる」という思考パターンとか行動様式をもっていなくて、なにか新鮮です。
このあいだのバージニアでの犠牲者にホロコーストの生存者の方がおられましたよね。なにか人間の暴力とか悪の悲しい連鎖というのを感じました。
「アンネの日記」は10代のころ・・・したがって旧版で読みました。いろんな意味で心に残りました。

投稿: 吉浦玲子 | 2007年5月 6日 (日曜日) 21:01

連休。
ふだんできないことあれこれをやろうと思いつつ、そのふだんからの疲れのためか、だらけてしまいました。しかし、今日も一日生かされてきたこと、それはまちがいなく恵みですね。

さて、「夜と霧」といえばヴィクトル・フランクルですが、第2次世界大戦終了から50年目の年の秋にポーランド・オシフィエンチムを訪れました。直前にある雑誌上で「アウシュビッツはウソ」と書かれた記事が大問題になったことと、戦後生まれ故に、実際ニコの目で確かめようと思ったのが理由です。

衝撃は想像以上でした。
まだ整理していませんが、散逸や劣化を防ぐために、彼の地で撮影した、チクロンBや犠牲者の頭髪・皮膚からつくられたバッグ、強制収用された数多くの靴、数多くの収容者が銃殺された処刑場など、デジタル化してCDに収めるなどしておきたいと思います。

これんさんは「アンネの日記」をお読みになられたことはおありでしょうか? 
アウシュビッツから帰国してまもなく、新訳とされた日記を読みました。
いつかオランダの隠れ家も訪れたいと思っています。

悲しいことですが、イラクもいつか訪れてこの目で確かめたい。いつになったらイラクに平安が訪れるのでしょうか。

投稿: スマイル | 2007年5月 6日 (日曜日) 00:49

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