« 2007年1月 | トップページ | 2007年3月 »

 朝、会社の最寄駅に近づく電車の窓から虹が見えた。駅を出ると会社に向かう方向に、まだ虹が見えていた。
 虹を見るのはひさしぶり(ひょっとしたら数年ぶりかも・・・出ていても気づかないことが多いと思うので)で、なんだか感慨深かったのだけど、そのとき、ふと頭をよぎったのが「虹の向こーうは晴れなのかーしら あなたの街のあ、の、あたりー♪」って歌。げー、なんでよりによって天地真理が・・・。昔のアイドルの頃から嫌いだったけど、最近の、恐ろしく品のないおばさん様態になってからの彼女のイメージを思うと・・・せっかくの虹がぁ・・・(T_T)

 虹の脚ほのかにのこる午後三時泥沼のごとき人間(じんかん)にゐる
 驟雨去りし屋上レストランにのぼり来て虹を啄むひとの淋しさ

       『廃駅』小池光

| | コメント (0) | トラックバック (0)

断片の空

 現在の職場の窓からは、隣の建物が見える。でもその建物の上部に少しだけ空が見える。
 その見え方がなかなか良い感じ。
 窓いっぱいに空が見えて、めっちゃその空がきれいだったりしたら、「何でこんな日に仕事せなあかんのか(-"-)」って気分になるし、そうかといって、まったく空が見えない状態だと、気分が閉塞してしまう。
 ちょっとだけ、晴れた空、曇った空、どしゃ降りの空、が見えるのが良い。
 今日は午前中、春らしい(まだ二月だけど・・・)やわらかな空が見えた。断片の春の空。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

こゑごゑ

 mixiにログインして最初の画面の表示がここ数日異常に遅いのはなぜだろう?
 たまに早いのだけど。
 初期画面以外は別に遅くないのだが、あれこれ操作するのは初期画面だからけっこう不便。

神々のむくろを嘆くこゑごゑは朝の戸口に聞こゆるものを
    『デプス』大辻隆弘

| | コメント (0) | トラックバック (0)

葦をいふ声

 少しずつ生活に変化の兆し。
 いろいろと憂鬱なこともあるのであるが。

 いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。
      テサロニケ1 5.16
 Be joyful always;pray continually;give thanks in all circumstances,for this is God's will for you in Christ Jesus.
    1 Thessalonians5.16
 <いつも喜んでいなさい>とか<どんなことにも感謝しなさい>を「不平不満をいわんと、いつでもなにごとに対しても感謝の心を持って生きるべき」という人生訓として読んだらつまらない。まあそれでも生きていくうえでの心の持ちように多少は好影響を与えるかもしれないけど。
 本源的な<喜び>や<感謝>はキリスト・イエスによってもたらされる、という信仰がなければこの言葉は読めないと思う。信仰が薄くても、それでも信じて、喜び、祈り、感謝する・・・ムズカシイけど(^^ゞ

***

 車窓まで川のひかりは届きつつまどろみのなかに葦をいふ声
      『デプス』大辻隆弘
  「まどろみのなかに葦をいふ声」にぐぐぐっとくるのであるが、このぐぐぐっというのはどこからくるのか?
 ときどき大辻氏の歌には意識の底の方から、なにかをぐにゅっと引っ張り出してくるようなものがある。
 それは大袈裟に言うと存在の根源に関わるようなものがふいに引っ張り出されている感じでもあるし、なにか「生」なものが意図せず(作歌意図というのとは別)露わになっている感じというか・・。
 実際はそういう感じというのをこの歌以上にもっと強く感じられる歌はあるのだけど、そのあたりは、もう少しまとめていつか考えたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

MRI結果

 きょうもなぜか体がすごーくダルかった。
 朝から、先週受けたMRIの結果を聞きに行く。もともと一年八ヵ月まえにMRIを受けたとき、小さな梗塞の跡(「とっても小さなもので梗塞というのもなんなんですけど・・」、と先生は言われていた)があって、その後の経過確認の意味もあった今回の受診。今回の画像にも、以前の梗塞の跡は写ってはいるのだが(もうこれはずっと残るそうだ)、あらたな不審な箇所はなく、良好な結果。
 「もともとの梗塞の跡も特に大きな問題はなかったですけど・・・別に今回はなにも問題ないですねー」
とのこと。
 「では、頭痛の原因は?」
 「うーん・・・、ま、疲れとストレスじゃないですかぁ」
・・・・・・。MRI料金7500円かけて、怖い思いをして、結局、頭痛の原因は「疲れとストレスじゃないですかぁ?」かいっ!? って気もしたけど、まあたぶんそんなこったろうとは思っていた(^^ゞ
 まあとにかく健康一番。今度こそ本腰を入れて体のことをちゃんと考えないと、と思っております。
 その一環として、お昼は弁当持参にしようと思っています。いつまで続くかなあ・・・。

こし方もゆくべき方もおもほへず春のかすみの立ちまよふ野に
         太田水穂

| | コメント (0) | トラックバック (0)

MRI結果は明日

 出張に行っていたわけではないのだけど、なんだか疲れた1週間。
 頭痛もだいじょうぶで、首のこりこりは少し小さくなった感じで、腰もだいじょうぶ、なのだけど疲れた。といっても1月ごろの、異常な感じの疲労感ではないけれど・・・。
 明日はMRIの結果を聞きに行く。ちょっとドキドキ。

青春の悔(くい)あるかなきかにかがやくと「ブエノスアイレスな夜」は沁みるも
     『時のめぐりに』小池光

| | コメント (0) | トラックバック (0)

壁を探ってゐた

 今日はかなりショックなことがあって、ずどーんと落ち込んでしまった。
 ・・・・(T_T)(-"-)(*_*;<`ヘ´>
 あんまり落ち込んだので、ゆうがた、気分転換に、この間頂いた床とは別に、ぬか床を一から作ってみた。

 不安から道を隔てた左手が壁を探ってゐた 脱(ぬ)けるまで
      『2006年水無月のころ』岡井隆

| | コメント (0) | トラックバック (0)

MRI

 MRIはやっぱり怖かった。
 前回は、検査中ずっと年配の方が脇についていてくださったのだが、今回は、ひとり。二回目とはいえ、頭を固定され、キャッチャーが顔にするミット?のようなものをつけられただけで、ぶわーっと不安になって、機械の中に入るまで、「ちょっと待って、ちょっと待って」と何回も躊躇してしまった。
 何回かじたばたした後、頭の中で「おののくな。どこに行ってもあなたの主、神はあなたとともにいる」とかぶつぶついいながら(なんと情けないクリスチャンであろうか・・・(T_T))、やっと観念して検査をしたら、前回より検査時間は短くて13分ほどで終わってしまった。
 自分の検査をすませて、検査着から服を着替えていたら、次に検査の順番の人らしい若い女性の声。検査技師「はい、目とつむって」、女性「(はきはきと)はい」検査技師「じゃあ、いきますよー」と二言三言で、ほんの数秒で機械の中に入っていった様子。げー、なんで怖くないんだ~。不思議だーー!!・・・・ってそういう人のほうが普通なんでしょうね(-"-)。

 MRIのあと、国立大阪美術館へ。特別展覧会「夢の美術館」とピカソの絵と陶芸の特集、collection4(戦後の日本美術)を見てきた。「夢の美術館」はセザンヌからはじまって、欧州・アメリカの現代美術70点を集めたものだけど、たいへん見ごたえがあった。collections4も、わたしは名前を知らなかった近現代の日本の作家の良質な作品を見ることが出来た・・・、と偉そうに書くけど、もちろん私は美術のことはわかっていない(^^ゞでも、国立大阪美術館は、(前も書いたかもしれないけど)、良い美術館だと思う。作品の充実度、良い意味での機能的な館内の洗練度といい、都会の中の新設美術館の良い面を感じた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

明日はMRI

 仕事で、ちょっと新しいことを推進するのに、「いっしょにやりたい!」と、昨日も今日も言ってきてくれた方があり、嬉しかった。ちなみにその方は敬虔なイスラム教徒。職場でも祈りを欠かさない。

 明日はMRI。閉所恐怖症の私としては、うー、怖い~(T_T)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

数十羽なる

 本日年休。平日に会社を休んでで体調の悪くない日はめずらしい。
 昼ごろ、用事で新大阪に行ったら、もともと強風だったのだが、さらにビル風でたいへんな暴風で、怖いくらいだった。

 ぬか床はどうも状態が悪く、やはり断念、廃棄。もともと、泉州水茄子のぬか漬けを買ったとき、茄子のまわりについていた糠を捨てるのがもったいなくて、その糠からはじめたぬか床で、最初の頃は、「ぬか床の素」なども足したりしてて、本当の意味で<手作りオリジナル>ではなかった。「よし、今回は、一から床を作ろう!」と思い立って張り切っていたのだが、今日、ある方から、ぬか床をわけていただき、それがけっこう量があったので、「あ、一からぬか床作らなくても、もうこのぬか床に足し糠して増やしていけばいいわ~」と安易な方針にさっさと変更(^^ゞ。ほんとうはオリジナルぬか床の発酵を促進するための貰い糠のつもりだったのだが・・・。そもそも小さな床だったので、いただいた分からはじめてもぜんぜん充分だったのだ。

 岡井隆の『2006年水無月のころ』を読み始めている。まだ最初の部分を読んでいるのだが、岡井氏の「技術~」という感じの(←どんな感じだ(-"-))歌と少し違うように思う。心情的にわかるというか共感できるような歌が多いようだ。これは根っからの岡井シンパから見たらどうなのだろうか?
あけぼののすこし過ぎつつ照らされて机といふは統治力ある
ドラマみて泣いてゐる妻泣く力もはやなくなりし吾がかたはらに
喜びに添ふくるしみは一羽来て三羽来てやがて数十羽なる

  『2006年水無月のころ』岡井隆

| | コメント (0) | トラックバック (0)

・・・

 今日は短歌人の締め切り・・・(-"-)。

 手入れをサボっていたぬか床君がひどい状態になっていた。年末の体調最悪のときも手入れできずにちょっと変になっていたけど、今回は、床の半分以上を廃棄するような大惨事に。
 どうにか復旧作業をおこない、ためしにつけたきゅうりが・・・・めっちゃしょっぱかった。これはどう考えても体に悪そう、って感じで。でも結局、塩抜きが面倒なんでそのまま食べてしまった。
 ちなみにmixiのぬか床関連のコミュによると、「ゆで卵」「チーズ」「山芋」「(生の)ブロッコリー」「(生の)カリフラワー」「アボガド」などが、ぬか漬けの変わりダネとして紹介されてて美味しいそうだ。
 ・・・とお気楽なことを書いている場合ではない。。。

家出人の特徴に言ふ うさぎの子バスケットの中に或いは持てりと          小池光『時のめぐりに』
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

親切!!

 今日、阪急の上新庄というところに行った。
 御堂筋線から乗り換えて、ちょうどホームにいた阪急の普通に飛び乗った。私はたいへんな方向音痴なので、駅から降りてちゃんと行き先にたどり着けるか不安で、一応、心の中で「ちゃんとたどり着けますように」とお祈りをした。その後、顔を上げてふと目のあった、向かいの見知らぬおじさんが(ボックス席でなく、通常の電車の向こう側の席に座っていた人)突然、「あんた、どこ行くんや?」と私に向かって聞かれるので面食らってしまった。面食らいつつも、思わず、「上新庄・・・」と答えると、「この電車、上新庄には行かんで。次の駅で降りて乗換えや」といわれる。わたしが「え?そうなんですか?」と目をぱちくりさせていたら、そのおじさんの横で寝ていたおばさんが目をさまし、「これはxx線だから上新庄は通らないのよ。次の駅で△△線に乗り換えないと」と言われる。
 で、次の駅に着いたら、そのおばさんが、さっと立って、「わたしも上新庄に行くのよ。いっしょに乗り換えましょう」と私を促される。わたしはそのおばさんはさっきのおじさんと御夫婦かと思ったら、ぜんぜん関係ないみたいで(^^ゞおじさんは、そのまま電車に乗ってどこかに行ってしまった。おばさんは、おじさんと私のやり取りを聞いて私をフォローしてくれたようだ。
 で、無事乗り換えて、上新庄に着いても、結局、そのおばさんはご自身は自転車だったにもかかわらず、自転車を押し押し歩いて、わたしの目的地の近くまで案内してくださった。私はもうここでいいです、と言っても、こっちこっち、と連れて行ってくれる。さっきのおじさんといい、なんかまったく知らない人なのに、私を引っ張っていってくれるのがありがたくもあり、不思議でもあった。
 見通しのいい道に出て、「あとここをまっすぐ行って、あそこの信号を右にいったらすぐよ」、というところまで連れて行ってくださって、そのまま回れ右してご自身のいくところに戻っていかれた(だいぶ遠回りしてくださったようだ)。
 世の中親切な人はたくさんいるけど、あのおじさんといい、おばさんといい、なんだかすごく不思議なくらい親切だった。いきなり顔見たとたん「あんたどこ行くんや?」ってほんと妙じゃないですか?顔にしっかり、「この人は方向音痴で、まちがった電車に乗っていることすらわかっていません」と書いてあったのだろうか????
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

いてて

 カイロプラクティスに行ったら、全身状態がよくないことがよくわかった。
 年末から2週間毎に通ってて、腰の状態とか良くなっていたのだけど、ここ数日、少し腰の状態が悪かった。
 で、今日はちょうど予約の日でよかったな、って思いつつ、カイロプラクティスに行ったら、施術時、腰周辺だけでなく、いつもの施術なのに、あちこちが、「いてて」状態。先生は「うわー、ここもパンパンに張ってますよ」「すっごく、このあたりも硬くなっていますねー」といわれるが、施術されている本人は言われなくて、なにかされるごとに激しく「いてて」状態なので、なんだか状態がよくないことは、よくわかっているのである(^^ゞ。
 「なにか体に負担をかけるような無理な体の使い方されました?」
 「いえ、そういうことは・・・」
 「じゃあ、ストレスからきてるんでしょうかね?ここ数回はこんなんじゃなかったのに。」
 ・・・そ、ストレスでしょうなあ。ストレスってすごく素直に体の緊張状態として現れるのね~(T_T)。でもそうやって現れてくれるから、本人もこりゃあかんと感じて対処ができるのだから、まあありがたいといえば、ありがたい。

川といふしろきひかりのよぎりけるわが乗るくるまただに過ぎるなる
        森岡貞香『敷妙』

| | コメント (0) | トラックバック (0)

16ヶ月ぶり

 神楽岡歌会に出席。歌会への出席は16ヶ月ぶりである。
 丸太町駅を出てから会場につくまで、すごく緊張した。部屋に入り席についたら、さらに血圧が上がった感じだった。
 仕事が終わってから京都に向かったのでかなり遅刻して、もう半分くらいの批評はすんでいたのだが、とにかく緊張してしまって、批評を当てられるのが、めっちゃ怖かった。
 血管が切れずに歌会が終了してよかった。
 歌会後、ビールを飲みながらひさしぶりに皆さんとお話ができてよかった。
 竹山広はカトリックらしくて、やっぱり近藤芳美はプロテスタントだよなあ、みたいな話もした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

栄養不良?

 首の「こりこり」はその後、悪くも良くもならない。
 今朝、病院に行って、先週の血液検査の結果を聞いた。特にどこも悪いところはなかったらしい。あと検査をするとしたら患部の組織を切りとって見る検査があるそうだけど、それはもう2,3ヶ月様子を見てからでいいのでは?とのこと。
 ちなみに血液検査は先月、頭痛のときもしたのだけど、頭痛とも「こりこり」とも直接は関係のない共通の一般項目で、一月は高かったコレステロール値がまったく正常値になっていた。かろうじて基準内にすべりこんだような値ではなく、70も下がってて、堂々のまったくの正常値である。そのかわり、総蛋白量が基準値より少なかった。先生は「この値は体調が悪いとき少なくなる人がたまにいます。気にしなくていいですよ。」と言われたが、少し気になって、ネットで調べたら、「腎機能や肝機能が低下していたり、栄養状態がよくなかった場合に下がる」と書いてあった。他の検査で腎機能や肝機能は正常だったので、ひょっとして栄養状態が悪いから???(^^ゞたしかに一月は体調が悪くて、食欲もやや落ちていたし、特に肉類はほとんど食べなかったので、栄養状態が悪くなってしまったのだろうか。コレステロールが下がったのも実はそのせい???でもその割にぜんぜん体重は減っていない(-"-)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

初物

 つまらない話で恐縮ですが・・(いつもつまらんといえば、つまりませんが(^^ゞ)・・・。
 今日、帰り道、自宅近くの交差点で信号待ちしていたときのこと。「石や~きいもぉ~」ってテープ鳴らしながら車が近づいてきた。私は石焼き芋は好きだが、買って帰っても、息子は食べないので、一人では食べきれない。だから石焼き芋は買わないことにしている。今日も、「石や~きいもぉ~」がしつこくなんどもリピートされて、車が近づいてきても、なんの思いも最初私はわかなかった。しかし、この「石や~きいもぉ~」はいたくノロノロと交差点に入ってきて、私の鼻先を「石や~きいもぉ~」をリピートしながら、ノロノロと通り過ぎていくのだった。しかしながら、そんなにゆっくり通り過ぎられたって私は買わない・・・、と特に心をうごかされることのなく車が通り過ぎていくのを私は悠然とやりすごした。
 やり過ごしたあと、そろそろ信号が変わるというとき、まだしつこく通り過ぎた「石や~きいもぉ~」が聞こえてくる。しかもその「石や~きいもぉ~」がだんだんと離れていくにつれて音が小さくなっていく。なんだかちょっと切なくなってしまう。ゆっくりゆっくり「石や~きいもぉ~」が小さくなっていく。うーむ。。。。結局、私の心がふと動いてしまって、信号は青になったけど、横断歩道を渡らず、「石や~きいもぉ~」の車を追いかけて買ってしまいました。とほほ・・・。ま、それだけの話なんですけど(^^ゞ。ところで石焼き芋は今シーズン初めてということで、たべるときふと思い出した。うちの親は、「初物を食べるとき東を向いて<ははは>と笑うと寿命が100日延びる」とよく言ってたけど、これって我が家だけなんだろうか????

| | コメント (0) | トラックバック (0)

シンポジウム・短歌福音主義者

 今日は午後から京都で『今、社会詠とは』シンポジウムに出席するため、普段の大阪市内の教会ではなく、京都復興教会の礼拝に参加。京都山科のとてもよい環境のところにある教会だった。
200702041016000教会の看板。


Fukkoukouji礼拝堂は工事中。


Fukkou礼拝は併設の幼稚園でもたれました。

 






午後から、シンポジウムへ。
 青磁社ホームページ上での社会詠に関する論争を総括するべく、論争の当事者である大辻隆弘、小高賢、吉川宏志各氏が一堂にかいし意見を戦わせたシンポジウム。大辻VS小高の激しいバトルになるかと思いきや、意外に沈黙することが多かった大辻さん。その沈黙は、結局のところ、社会詠というところを越えて、三氏の根本的な短歌観というか、依って立つところの違いに起因したように感じた。
 大辻さんがいっておられた「結局、吉川さんも、<認識の歌>である」という発言は興味深かった。わたしは吉川さんの歌も好きであるけれど、どこか違和感を感じることがあって、それが<認識の歌>という言葉で腑に落ちたところがあった。<認識の歌>はすなわち発見の歌であり、<人の見ていないところを見つけた>というところに立つ短歌というのはある意味姑息、という大辻さんの意見は心情的によくわかる。
 一方、発見によって、あらたに自分自身のなかにもなにかを見つけることができ、世界とのあらたな関係性をつないでいくことができる。詩とはあらたな世界の発見ということから考えれば、発見そのものが詩であると言えなくもない。
 ただ私は、認識を超えたところに立ち上がる、韻律と助詞のまさに本源的な短歌の力によって立ち上がる歌というものに賭ける大辻さんの意見にすごく同調する。自分がそういう歌を作れるかどうかは別であるが、たしかにそれこそ歌の力であるようにおもう。自由詩でなく俳句でもなく、短歌であるがゆえに立ち上がってくる力の起源は<認識>を越えているように思う。
 そう思いつつ、言葉の少ない大辻さんを見ていて、なんかこの人は短歌福音主義者(最初、原理主義者と思ったけど、あんまりにもそれは過激なので訂正)だなあと思った。大辻さんにはずっと短歌の福音の固い岩の上に立つエバンジェリストであってほしい。

 それにしても1,2週間前には、休みの日に京都まで出かけるなんて体力気力はなかった。だいぶと体が回復してきた感じだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ラッキー×2

 完治宣言から一夜明けて、結局、今日も病院に行ってしまった。頭痛がぶり返したり血圧が上がったわけではなく、頭が痛かったときは気にならなかった首の「こりこり」が気になってきたのだ。この「こりこり」は耳の下あたりに昔からあったような気もするが、ここ数週間、少し大きくなってきているようである。少しであるが痛みもあるのである。夜店で売ってあるスーパーボールくらいの大きさだろうか。昨日、会社の健康管理室でみてもらったら、「ちょっと大きいですね。気になるようなら病院に行ったほうがいいですよ~」とのこと。
 で、病院に行ったところ、とりあえず血液検査をされ、抗生剤と鎮痛剤、および塗るタイプの鎮痛消炎剤をもらった。ばい菌が入ったタイプの炎症なら今日の薬でおさまるはずで、それ以外の要因は血液検査の結果次第だそうだ。それにしても、もらった塗るタイプの消炎剤を首に塗ると、しゅわしゅわすーとして気持ちがいい(^^ゞ・・・と喜んでいる場合ではない、早く病院通いがなくなりますように。

 おとといの晩のこと。洗面所で、いつものようにコンタクトレンズをはずしていた。現在はハードコンタクトをしているのだが、そのレンズを、まず左目をはずし容器に納めた。で、おもむろに次に右目をはずしたとき、なんかふと手がブレた感じになって、容器のはじにコンタクトレンズがひっかかった。次の瞬間、コンタクトレンズがぴーーんとはじかれてどこかへ飛んでいってしまった(T_T)。夜で疲れてて、ぼーっとしていたので、一瞬、なにが起こったかわからなかった。一瞬のことでどの方向へどのくらいの距離飛んでいったかもわからなかった。ただかなり勢いが良かったので、けっこう遠くに飛んだ感じだった。
 いちおう想定した着地場所はあいにく洗面台右前下のごちゃごちゃいっぱいモノを置いてあるあたり。まずいなあと思いつつ、床の上にしゃがんで、いろいろなモノを右に左に動かしながらレンズを探した。かなり探した。ちょっと場所をズラして、さらにしつこく探した。しかし、洗面台下の床にはレンズは見当たらなかった。
 あきらめかけたころ、ふと目に入るものがあった。一年以上前に失くしたピアスの片耳であった。ラッキー!こんなところにあったとは~!!このピアスはお気に入りのピアスで、私が持っているものとしては、そこそこ値段も高いものであった。片耳がなくなったあとも、<もの持ちのいい>わたしはしつこくもう片耳のピアスは置いていたのだった。
 ピアスの片耳の値段  < コンタクトレンズの片目
であるが、ピアスは片耳ではできないので(若い人たちが片耳でするようなタイプのピアスではない)、値段感覚としては
 ピアスの両耳の値段  > コンタクトレンズの片目
でお得感?がある。しかし、ピアスが見つかっても、あらたにコンタクトレンズを購入するお金はどっちみちいるわなあ・・と思いつつも少し心慰められた。

 その後、入浴して、ふたたび洗面台の前に立って、洗面台の流しを見て、あっと思った。なんとコンタクトレンズがあったのである。わたしはてっきり勢いよく飛んでいったと思っていたので、床の下ばかりさがしていたけど、もともと容器をおいていた場所から、ほんの20センチも飛んでいなかったのである(@_@)。ぬぁーんだぁ、と思いつつも、ああラッキー!!
 コンタクトを失くしたと思ったら、ピアスが見つかったというわけで、いやまったくメデタイ。

ピアス穴開くれば運命変はらむと少女のごとく語りあひをり
          『精霊とんぼ』
 この1首は歌集上梓したとき小笠原賢二氏が共同通信に連載していた短歌評論に取り上げてくださった。当時、評論の文面を読み、氏は「ピアス」ということで、どう考えても、実年齢よりかなり私を若く思っておられるなあと感じて、苦笑した記憶がある。でも共同通信だったから複数の地方新聞に掲載されたようでありがたかった。のちにその新聞の文章が再掲された分厚い評論集も氏から送っていただいた。その小笠原氏も二年前に亡くなってしまった。第二歌集も読んでいただきたかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

完治宣言

 今日で10日間、鎮痛剤を飲むことなく過ごすことができた。
 頭重感もなし。
 どうも疲れっぽいというのはあるにせよ、一応、年末来の頭痛は完治したということにしよう。
 まだMRI検査は残っているけど、とりあえず症状的には落ち着いた感じ。
 皆様、御心配いただきほんとにありがとうございました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ケータイ

 先週、携帯電話を開発している部署の方と打ち合わせをした際、半日ほどの打ち合わせ終了後、軽い雑談をしていたら、先方のひとりが机の上に置いていた私の個人持ちのケータイを見て、たまりかねたようにおっしゃった。
 「ところで、吉浦さん、いい加減、あんた、そのケータイ買い替えなはれ。」
 わたしのケータイは二年ほど前に購入したFOMAで、当時としてはカメラ機能を強化したバージョンで、その分、筐体が大きい。二年たった現在、そのでかい筐体にけっこう瑕が入って見た目もぼろぼろだし、そもそもその「売り」のカメラが現在は壊れてて使えない状態。
 「カメラ壊れてるんなら、それってただ無駄に重いケータイなだけじゃないですか?!」
 私としては電話とメールはまだまだ使えるし、特に不便も感じてはいなかったのだけど、開発部門の人から見たら、「もっとちゃんとしたケータイつかってよ~」という気持ちなのだろう(*^_^*)
 そういえば、最近、ときどき電池残量がおかしくなったりもする。いきなりどーんと電源が入らなくなったりする前に、新しいケータイに替えた方がいいのかもしれない。
 で、「買い替えなはれ」といった人に、今週、仕事の電話のついでに、買い換えるとしたらどの機種がいいかというお奨め情報を聞いた。さすがに開発部署の人だけあって、詳細の情報を教えてもらえた。
 この週末、ケータイを買いに行くかもしれない(^^ゞ。開発者に乗せられてしまったかな。
 それにしても我が家は電気製品の「持ち」は良いほうだと思う。TV、電子レンジ、食器洗い機、その他もろもろほとんど10年以上使っている。電器メーカ勤務のものとしてこれは良いことなのか、経営に貢献していないのか、よくわからないけど、モノを大事にするということ自体は悪くはないことだろう。

 体調のほうは、ほぼ回復。ほとんど普通な感じ(^o^)/

携帯電話(けいたい)の時刻表示にたしかむる十六時三十三分太陽没す
       『時のめぐりに』小池光

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年1月 | トップページ | 2007年3月 »