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なまぬるき冬

 午前中、礼拝。午後から、かなり頭痛がひどくなって、木・金と飲んでいなかった鎮痛剤を飲む。どうも教会に行くと頭痛がひどくなってしまうような気がしないでもないのだが、いったいぜんたいこれはどうしたわけでありましょうか、神様(^^ゞ?礼拝が体質的に合わないクリスチャンなんでしょうか私は・・・。
 でも、今日は、礼拝中に持たれた癌闘病中の(それも80歳代と高齢の女性の)証(あかし←クリスチャンとしての自分の体験を語ること)がとても感動的だった。感動的だったのは、けっして劇的なこととか、奇跡的なことが語られていたからではなく、むしろ淡々と日々の中での神様との関係を語られていたことによる。信仰が練られるというのはこういうことなのだなあと感じた。苦しみのなかでこそ、より神様の恵みが感じられるという不思議。

 キリスト教でややこしいのは(と私が感じていただけかもしれないけど)神様とイエス様の関係。神様というのは、教会に行く前からなんとなくわかるような気がしていた。人間を越えた存在というかそういうものはあるかもしれない、いやきっとあるだろう・・という感じで。でも、イエス様はよくわからなかった。いちおう、受洗するとき、キリストによる贖罪とか、人間の罪のとりなしをしてくださるイエス様とか教わり、まあ知識としては理解していたし、<信じた>から洗礼は受けたのだけど。でも正直なところは、よくわかってなかった。お祈りするときは「主イエスキリストの御名によって」祈りはするけれど、実態は神様に直訴してるのと変らない感じで・・・(^^ゞ。ただごく最近、少しイエス様が身近に?なった気がする。自分にひったりと寄り添っておられる感じを持つ。人生の伴走者というか。(遠藤周作がイエスをして永遠の伴走者みたいな言い方をしていたかもしれない。彼のイエス観は、人間イエスの側面に傾いてて肯えないところもあるけど、伴走者という感覚はわかる。)

 鎮痛剤が効いてきたのでこれからがんばって原稿を仕上げます。

なまぬるき冬とおもへどゆふぐれて黒浜沼の杙(くい)にふくかぜ
              『時のめぐりに』小池光

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「短歌」カテゴリの記事

コメント

伊作さん

 URLありがとうございます。
 この詩は有名ですね。文学作品としての詩としてどうかは英文の感じがわからないのでなんともいえませんが、「あなたを背負って歩いていた」というのはじーんときますねぇ。

投稿: 吉浦玲子 | 2007年1月27日 (土曜日) 19:54

失礼しました。
こちらを試してください。

http://www.ieji.org/archive/footprints-in-the-sand.html

投稿: 伊作 | 2007年1月26日 (金曜日) 22:49

伊作さん
 
 どうもそのURLでは見ることができないようです(^^ゞ
 またよろしくお願いいたします。

冨樫さん

 お兄さんが神殿でうりゃあ~とブチきれた場面、私、好きですけどね(*^_^*)。
 ちなみに<雷の子>ヨハネも好きです。イエス様の教えを聞かなかった村を焼き討ちにしましょう!、なんてトンデモナイことを言ったりして。。。この<雷の子>がのちには<愛の使徒>になるんですもんねぇ。

投稿: 吉浦玲子 | 2007年1月22日 (月曜日) 23:03

足跡Footprintsという、詩をご存知でしょうか?
http://church.ne.jp/jagkashihara/poem.htm
をぜひご覧ください。

モノクロの昭和を写す写真展洟垂れ小僧が私を睨む

投稿: 伊作 | 2007年1月22日 (月曜日) 12:12

神様は、お父さん。
愛情はすごくあるんだけど、ちょっとコワイカミナリ親父。
だからイエスさまは、間に入ってとりなしてくれるやさしいお兄さん。
(兄さんも怒らせるとけっこうコワイけど、父さんほどではない。)
私は、そう考えています。

投稿: 冨樫由美子 | 2007年1月21日 (日曜日) 23:58

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