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焼肉

 昨日は、奈良の事業場に出張。その奈良の事業場は、以前私がいた職場とは関係の深いところだったのだが、転勤してからは出張に行くこともなくなった。昨日はひさびさの出張でフクザツな気分であった。
 ところで、その職場には近鉄線でいくのだが、近鉄線には、焼肉で有名な鶴橋という駅がある。
 おととい、職場で「明日は奈良出張なので、かえりは鶴橋で焼肉食べたい~」と言っていたら、昨日、その話が職場で広まっていたらしく、今朝、出社したら、あの人からもこの人からも「焼肉食べた?」「焼肉どうだった?」と質問された。さらには「酒もたくさん飲んだんでしょう?」「もうアルコールは抜けた?」とかも。あまりにたくさんの人から言われるんで少々むっとした。
 昨日は日帰りながら、それなりにたいへんな出張だったんだぞっ(-"-)焼肉だの酒だの言わんといてほしいわっ!!!焼肉食べに奈良に行ったわけではない~。仕事しに行ったんじゃい。そこんところを勘違いして欲しくない。
 ・・・ま、たしかに、焼肉は食べましけど(^^ゞ。

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雨漏り

 先週のある日、大阪は突発的な豪雨に見舞われた。ニュースで聞いた限りどちらかというと北部で、局地的な豪雨だったと記憶している。職場のあるどちらかというと東南部も自宅のある北部も無事だったのだが・・・。もちろん職場でも室内に居て窓の外から感じられる雨の勢いは尋常ではなくすごい状態だった。その後、帰宅した自宅も大丈夫だったのであまり気にしていなかったのだが・・・
 今日、大阪市内(自宅より南部、職場より西部)の某教会に礼拝に行ったら・・・なんとその豪雨のため、礼拝堂他、五箇所が雨漏りしたそうな・・・(^^ゞまた豪雨と関係なく、集会室のエアコンが壊れてて、エアコンつけてたら、ぴちゃぴちゃ水が漏れるのは数週間前から・・・。つくづく思う。
 屋根もエアコンもとても脆弱な状態になっているようだ。
 プロテスタントの教会って貧乏・・。

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冥王星

 冥王星の冥は冥土の冥。その名前を聞いた子供の頃からなんだか妖しげで、茫漠殺伐とした果ての果てのかなたのはずれの惑星というイメージがあって印象深かった。
 太陽系の惑星がいっきに12個になる、って、なんだか「今度こそ最後のクリアランス!夏物最終処分」的なにぎわしい話題だったのが、どんでん返しで、冥王星が「矮惑星」に<降格>し、太陽系の惑星は8つになる説が有力になったとか。冥王星の降格はなんだか寂しい。冥王星に義理はないけど。

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ズブロッカ

 昨日は、ひさしぶりの更新で、比較的いっきにさくっと毎日新聞の書評について書いたけど、「けなすだけなら楽」ってな文章になっていたような気がして、うーむ、と反省している。書いた内容がものすごく悪いとか間違ってるとは思わないけど・・・ああいうことを書いてだから何なの?という気がする。・・・だから何なのか?何にもならない文章なら書かないほうがよい。書かないほうがよい、なんて書くくらいなら、昨日の記事を削除すればいいとも思うけど、あえて消さない。

 今日から休み明けで出勤。夏休みでぼーっとした頭のリハビリ期間が欲しいくらいだったのだけど、仕事のほうはそうもいかず初日から待ったなしで、いきなりたいへんなことに。
 帰宅後、気分リセットのため、ズブロッカを飲む。私は普通は外で飲むときはもっぱら焼酎だけど、家では飲むとしても軽くビール。焼酎は家ではほとんど飲まない。ビール以外を家で飲むとしたら、たまにワイン、そしてズブロッカ。ズブロッカはポーランドの香草入りウォッカ。ウォッカというと、やたらめったら強い酒、という感じですけど、このズブロッカは香草の香りのせいでかなりちがった印象があります。冷凍庫できーんと冷やして、ロックで飲むと実にcoolですっきりします。特に夏向け。ズブロッカという語感も、異国風の濁音重なりが、なかなか魅力的と思います。

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格調なんて・・・

 ひさしぶりに更新・・・。ずっと夏風邪状態であります。
 今朝、新聞(毎日)を開いたら、<今週の本棚>のトップに岡野弘彦の歌集『バグダット燃ゆ』の丸谷才一による評が載っててびっくりした。毎日新聞は最近とりはじめたので、読書欄の傾向はよく知らないけど、歌集がこんなに大々的に取り上げられることって、よくあるのだろうか?
 しかし丸谷才一の評をぱらぱらと読み、引用されている歌を読むに、つくづく岡野弘彦の歌というのは、おそらくおおかたの世間の人がいまだに「短歌とはこういうものだ」と漠然と思っている、その思いにもっとも近い短歌だろうな、と思う。良くも悪くも。
 「古典主義的な格調の高さ」と丸谷は書いているがほんとにそうか?

 めざしくゆく北の荒野は 草萌えのまだ遠からむ。つつがなくゆけ
 特攻機つらねゆきたるわが友の まぼろし見ゆる。天(あめ)のたづむら
 日本の 黄砂ににごる空のはて むごき戦(いくさ)を人はたたかふ

 これらの歌に私は格調の高さより、発想の平凡さ、言葉のつたなさを感じてしまう。「北の荒野」なんてあまりに無造作な使いかただし、二首目も「天のたづむら」という<いかにも短歌っぽい>表現で平凡さを丸め込んでいるように感じる。三首目などは、一字空けの効果がまったく感じられないし、むしろ、一字空けに情緒的に寄りかかった甘えた歌になっている。歌集を読んだわけではないので、あくまでも引用歌の印象なのだけど。

 東京を焼きほろぼしし戦火いま イスラムの民にふたたび迫る
 ひらひらと手をふりて笑う大統領。そのひと振りに 人多く死す

 この二首はそんなに悪くはないと思うけど、上記の黄砂の歌も含めて、戦争へ対する視線は平凡。
 平凡な発想、ありがちなことあげを、<いかにもな>短歌的表現で、うやうやしく差し出すとき、これまで短歌はもっとも危険な方向に人を(大衆を、といってもいいかもしれないが)先導してきた。その原形を見るような思いがした。格調なんてくだらない。

 
 


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