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小人

 まだ体調はいまひとつなのだけど、精神的には少しすっきりしている。
 歌集を出す少し前、わたしには短歌が必要だ、と感じた。短歌がなくても(物理的には)生きていけるけど、短歌を作らずに生きているのは死んでいるのも同然と感じた。
 ここ数年、死にながら生きてきたのだけど(^^ゞ、昨日、はっきりと「生きるべし」という感覚を持った。

いにしへの聖(ひじり)の書(ふみ)にのこりたる女子と小人(せうじん)の小人かわれ
                                   『小園』齋藤茂吉
 

39.6

 前回、のんびりと雨の音、なんて書いていたら、その後、各地で大雨でたいへんなことになっていて、なんだか申し訳ないような・・・被害にあわれた皆様の生活が一日も早く復旧されますように・・。
 私自身、長崎出身で大雨とか洪水というのはけっして遠い話ではなく、また数年前の東海地方の大雨では一晩止まった新幹線の中に閉じ込められた、というめずらしい経験(→参照HP「怒涛の帰還記」)もした。雨というのは怖いものです。

 木曜、風邪っぽいなと思いつつ出社して、夕方早めに会社を出て帰宅しようとした。が、電車の中で、はげしい寒気がして、長袖のカーディガンを着てても寒い寒い・・(隣ではノースリーブのお姉さんが元気そうにしてるのに)、こりゃいよいよ熱が出てきたと思って自宅の最寄駅で降り、病院に行こうとしたけど、木曜日の午後というのはこのあたりは軒並み「休診」。なんでこういう日に限って熱が出るかなあ・・と思いつつ、やっと見つけたあいている病院・・・産婦人科だったけど(^^ゞ一応、看板に内科とも書いてあったから飛び込む。初めての病院だったので受付で問診表を渡されて、それが全部産婦人科系の問診だったので面食らった。産婦人科なんで当たり前だが・・。ぼーっとしながらまじめに三分の一くらいこたえて、そういえば私は風邪できたんだったと、はっと思い出し、残りの質問ぶっとばして、「その他」のところに、<風邪>と記入して提出。看護婦さんが、「あ、風邪ですか?じゃあお熱はかってください」と言われてはかったら、39.6度!!
 看護婦さんもびっくりされて私もびっくり。慌てて「寒いでしょう」と看護婦さんが毛布もってきてくれて、それから点滴だのなんだのして帰宅して、一晩寝たら、いっきに熱が引きました・・。産婦人科の点滴はすごいかも(^^ゞ。
 といっても、翌日、翌々日まだ喉の痛みとか全身倦怠感とかあって、元気になるにはしばらく時間がかかったが。
 皆さんも風邪にはご注意ください。

 これは
 かはいい
 わたしの
  龍よ
 といふやうな
 フラアンジェリコの
 聖(セント)ミカエル

     『伊太利亜』岡井隆

雨の音の表情

 午後、激しい夕立があった。どーん、どーん、という遠い重い雷鳴がしばらくして、やがてばり、ばりと激しい音に変ったとたんに、ざーっという激しい雨音。

 私はどちらかというと雨の音は好きである。深夜の静かな雨なども良い。ほとんど室内からは音の聞き取れない雨。道を走る車のタイヤの音が、やや湿り気を帯び、なにかを長くひきずるような感じなのがなんだかほんのりと寂しさを感じて好きだ。何回か短歌にしようとしたけどできなかった。

 雨の音が好きといっても、田舎の実家はかつて洪水を起こした河のわきに家があって、田舎で激しい雨が降るときの音は怖かった。ごぉーーと底に響く河の音がした。二級河川でそんなに大きな河ではないのだが、鉄砲水で近辺の家は1メートルほどの水に漬かり住民はみな天井を破りに逃げたのだ。
 しかし、あの底に響く音もなつかしいというのではないが、どこか深いところから人に語りかけるようなものがあった。そういう深い底からの語りかけから自分は長く切り離されているように思う。

歯から風邪

 先週、一日、頭痛がひどくて会社を休んだことがあった。歯痛が激しい頃で、歯からきている頭痛か、風邪なのかよくわからなかった。とにかくとても会社にいける状態ではなく、「歯から来てるのか風邪なのかよくわかりませんが頭痛がひどいので休みます。」と会社に連絡した。
 翌日出社したら、前日の私の年休理由は「歯から来た風邪」になっていた!?。「歯から来た風邪」・・・ってそんなんあるんかい?

スパムメール対策

 とんでもない量のスパムメールがここ半年あまりくるようになっていて、プロバイダのフィルタリング機能ではとうてい追いつかない状態だった。
 そんななかNiftyのスパムメール機能がなかなか良い、ということを知り、たまたまわたしはNiftyのアカウントをもっていたので、メールをすべてNiftyに転送設定をしてみた。すると・・おおっ、あの大量のスパムメールがあら不思議ほぼこなくなってしまった。(正確にはNiftyのスパムフォルダに保存されている←WEB上で完全削除、あるいは復活が可能)すごいぞ!Nifty。と少し感動したのでありました。

痛!

 久しぶりに見た紫陽花君はすっかり盛りをすぎ、ちと寂しい感じだった。
 しかし、盛りばかりが花ではない。いろんな様相をみせてくれてこそ味わいもあるというもの・・。

 ところで、ここ数日歯が痛い。昔治療した歯のかぶせものがとれて一ヶ月以上放置していたのが悪いのだが、先週、いよいよ痛くなってきた。で、歯科に行ったのだが、歯科に行ったのちも痛いのである。
 上の奥歯なのだが、目の裏というか脳の中まで痛い、という感じ。
 ほんとは次の予約は明日だったのだがあまりに痛いので、今日、夜、急遽、歯科にいった。
 で、ぐさっと麻酔刺されて、治療されて、「もう神経とったから今日から痛くありませんよ~」って言われたけどほんとかな?まだ痛いのだが(T_T)。

 歯が痛いせいか心も情けない状態。
 ヘンリ・ナウエンの「最後の日記」を読んでいたら、ものすごく彼には友人が多いのでなんだかがっくりきてしまった(^^ゞ。別に友人が多くて悪いわけではないのだけど、これまで何冊か彼の本を読んでて、彼みずからの孤独感とか感情的にうまく周りの人としっくりできないようなことがたくさん書いてあったし、<孤独であることこそ神と向きあうすべ>みたいな文章もあったし、<孤独な人>という印象を持っていた。精神の深いところで彼はたしかに孤独だったのかもしれないが、現実生活の彼は、ヨーロッパに居てもアメリカに居てもカナダに居ても、どこにでもいっしょに演奏会を聴きに行く友人だけでなく、<自宅の夕食に招待してくれる>友人がわんさかいるのである。あそこでもここでも彼が望む前に、「どうか私の家にしばらく滞在して欲しい」と知人のほうが望んで客間を提供してくれるのである。単なる社交家ということではなく、ほんとうに心を交えることのできる友人がたくさんいるのである。
 羨ましいというレベルではもはやないくらいの豊かな交友関係で、なんかちょっと騙されたような気分。
 ひるがえって、わたしのほうは、まだ籍があるというのに二年半居た組織からすでに「居ない」のである。「居た」ころから、私自身が「壁」か、「ガラス戸」のような意識があったのだけど・・・。冷淡だったのは私なのか組織なのかよくわからない。「居る」のに「居ない」というのも不思議なものだ。

「内」

 しばらく仕事のほうがひと段落なので気分的に少々楽である。

 別に達観したわけでももちろんなく、極端に諦観的になっているわけでもないのだけど、ここ一年ばかりで、なんだかもういろんなことがどうでもよくなってきた。投げやりになっているわけではないのだけど、「外」に心や願いを向けても虚しいということをとても感じている。
 仕事や生活上のいろんな願いとか人間関係や恋愛に関わるあれこれ・・、まあぐちゃぐちゃといろんなことが、心の中にはまだ残ってはいるのだけど、ぐちゃぐちゃに捕らわれることがしんどくなってきた。なんか年取ったんでしょうかね。
 そういうことに捕らわれる以前に、生活上の厳しい課題というのは待ったなしという面もあるのだけど、とにかく「内」を向いていたいと思う。

  瞬く間に時は過ぎ、わたしたちは飛び去ります。
                     詩編90-10

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