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気温差

 台湾と日本は時差一時間。先のアメリカ西海岸の十七時間に比べたら、一時間なんてたいしたことないと思ってたけど、不思議としっかり人間はその一時間の差を感じるんだなあということを今回の出張で知った。朝は5時前とかに目が覚めるし、夜はなんだか早々に眠くなる。なんのことはない、日本時間で体は動いているのだ(^^ゞ
 台湾の街でびっくりしたのは(台北で、というのが正しいのかもしれないが)バイクの多さ。大きい交差点とかでは数十台のバイクが信号待ちをしてて、青に変ったとたん、だーっと走り出すのは壮観。すごいのは子供を乗せたバイクも多いこと。一つのバイクに大人二人と大人がそれぞれ子供を抱えてて計四人が乗っているというのも目撃した(@_@)。日本で子供を2,3人と保育園のお昼寝用らしき布団を自転車に乗せているガッツなお母さんを見かけたことはあるが、あのバイクもすごかった。
 台湾最終日の今日は雨も上がり、どうにか20度くらいまで気温も上がった。先週には26度くらいあった日もあったらしいが・・。朝、ホテルでNHKニュースの今日の天気を見てたら、大阪の気温は6度とのこと・・・、うううう、寒そうだ。

 夜、八時過ぎ、関空着。さ、さすがに寒い~。
 関空に着く前、窓の外がとても暗くて、なんでこんなに暗いのか不思議だった。しばらくして暗い中に点々と浮ぶ明りが船の灯と気がつき、関空が海上空港であることを思い出した。前回のアメリカからの帰りは成田経由の伊丹着だったので、関空着ははじめてだったのだ。伊丹は街の上を飛ぶのでとても明るいのだけど関空は暗い・・。なんだかそれも新鮮だった。

P1010285台北空港。 

夜景

 仕事ののち、ホテル近くで食事。昨日が台湾料理の店で、今日はショウロンポウが美味しい店。ホテルと職場の往復以外は特に何ということもなし。ホテルに向かうタクシーのなかの夜景が台湾っぽい。こういう感覚が適正かどうかよくわからないけど、どこか日本のレトロな感じがある。よく日本で昭和時代の町並みを再現したテーマパーク的な飲食店街があるけど、そういうところで見かける「昔の町並み」っぽい印象があった。ネオンや看板の色合いはやはり台湾なのだけど、懐かしい感じ。その懐かしさはどこか当方のかってな思い込みであって、ほんとの昔の日本や今の台湾の感覚とは違うのかもしれないけど。。。
P1010272朝のタクシーの中から。




P1010274お昼の昼食についていたフルーツ。上の柿のような色のものがパパイヤ、黄色のはスイカ(台湾では一年中スイカが食べられるそうです)、下の林檎みたいなものは名前は忘れましたが、林檎と梨の中間のような果物でした。このほか写真では食べてしまってて(^^ゞありませんが、一見、メロンかと思ったグァバもありました。


P1010276帰りのタクシーの中から。セブンイレブンやファミリーマート、マクドナルドはたくさんありました。


P1010279ホテル(台北、長春路)の近く。ほんとはもっとたくさん夜景は撮ったのだけど皆ピンボケ(T_T)/~~~・・・。

台湾も雨

 今日より、27日から29日の予定で台湾出張。私の人生において月に二度も海外に行くことがあるなんて(@_@)人生何が起こるかわかったものではありません。
 きょうは、大阪は晴れで、前回アメリカ行きのとき関空までの海上橋からまったく見えなかった海もしっかり見えて、おお今日はいい天気だっと思ったら、三時間弱のフライトののち着いた台北は、雨。
 「台湾は四月には雨が多いんですけどね。三月にこんなに降るのはめずらしいです。」とのこと。
 ・・・やはり私は雨女なのね(T_T)

 午後から、出席した会議の席上配られた資料に台湾語(中国語)で書かれたものがあり当然中身はわからないのだけど、漢字のならびで標題とかポイントはぼんやりとわかる。ああ日本も台湾も漢字文化圏なんだという当たり前のことをしみじみと感じてなんだかふしぎな気分だった。異質な中に共通なものも流れている、漢字という表現形態によるゆるやかなつながりというのがなんだかうれしい。

春になると・・・

 春らしいというか、はっきりしないぼんやりした空の感じ。明るくそこそこ暖かい昼間。風は少し冷たいので冬用のコートで出かける。
 私は春は嫌いである。夏の暑いのとどっちが嫌いといえばおんなじくらい嫌いである。秋は一番好きで、寒いのはイヤだけど冬より春や夏が嫌い。でもやはりなんとなく一番嫌いなのは、空がボーっとしててこれまで(たまたまだけど)あんまりいいことのなかった季節というトラウマの記憶から春が一番嫌いである。
 風が暖かくなり、花々が咲くこの季節、私はなんとはなしユーウツなのである。

また海外へ

 1週間以上かかってどうにかアメリカ行きのブログ記事を書き終えた。(下のほうにあるんで読んでくださいね、せっかく書いたんで(*^_^*))
 仕事で行っていたわけで仕事内容は当然書けず、内容はもっぱら晩御飯の話ばかりであったが(それも特別なものを食べたということでもない)。長文のわりに内容がありませんが。写真と拙い短歌で許してくださいませ〜m(__)m。
 今日、WBCで日本が優勝したけど、あの決勝戦やってたサンディエゴに二週間前にいたんだよなあ、というのは不思議な気分。
 ・・・と書きつつ、実はもう次の海外出張が決まってしまった私。だからといって別にこれから私はグローバルにばんばん海外に行きまくりのビジネスウーマンになるというわけでは全然なく、たまたま偶然なんですけど。。。うう、だいたい飛行機怖いし(T_T)
 ま、そのまえに明日からのいつもの大阪での仕事をやり遂げないと〜〜(T_T)/~~~

米国行きの記事完結〜(3/11 大揺れLAL001便まで)

 追加記事 
        3/11 大揺れJAL001便
        3/10 サンフランシスコ
        3/9 サンノゼ三日目
        3/8 サンノゼ二日目
        3/7 サンノゼ
        3/6 関空、ロサンゼルス、サンディエゴ

 ぼちぼちと少しずつ3月6日からの米国行きの記事を書いています。日付の関係で下のほうに記事が追加されています。よろしかったらスクロールして読んでくださいね。←3/21どうにか書き終えました。

山中智恵子

 歌人の山中智恵子が亡くなったという記事をゆうべ見た。
 ご冥福をお祈りします。
   
三輪山の背後より不可思議の月立てりはじめに月と呼びしひとはや
                       山中智恵子

 初心の頃読んでなかなか意味がわからなかったのだが、その言葉の異様な引力に捉えられた思い出がある。塚本邦雄は『紡錘』は激賞していたけど『みずかありなむ』で<関わりなし>って書いたのだったっけ?その塚本邦雄ももういない。

帰国

  3月6日よりの米国出張より、本日、帰国。つ、疲れた。
 詳細は下のほうにぼちぼち書き始めています。
P1010146さてここはどこでしょう?

大揺れJAL001便

 滞在期間としては5日間のアメリカから帰国の日。
 ホテルからシャトルバスでサンフランシスコ空港へ。

P1010235








サンフランシスコ空港は、数年前に拡張されてさらに広くなっているらしい。

 即詠
雲低き空が福井に似てゐるとサンフランシスコ発つ朝に聞く

 JAL001便成田行きは、けっこう揺れた。離陸前から客室乗務員のアナウンスで「今日はかなり揺れることが予想されます」と聞いていたが、実際、離着陸時以外も何回か揺れのためにシートベルト着用のアナウンスが出た。
 で、怖かったんで、気を紛らわせるため、結局、機内で三本も映画を見てしまった。A・パチーノの「トゥーフォーザマネー」、「スタンドアップ」ともうひとつ名前忘れたけどゴルフの映画・・。けっこうどれもよかった。「トゥーフォーザマネー」以外はもともと見る気はなかったのだが(^^ゞ
 アメリカの炭鉱におけるすさまじいセクハラとそれに対して立ち上がった女性の実話を基にした「スタンドアップ」には泣いてしまった。案内に社会派映画とあって、あんまり疲れそうなのは見たくないなあと最初は思っていたのだが、主人公と思春期の長男の会話が泣けて、ついつい見てしまった。

 機内の揺れは特に一時ひどくて、ぐんとエアポケットに落ちる感じで下がったりして、そのときは私の席の周りにいた卒業旅行とおぼしき女子大生の女の子たちが悲鳴を上げていた。悲鳴上げるのはまあまだかわいいわけで、わたしなんてすっかり固まっておりました。(英訳つきバイブルをへろへろ読んだりもしておりました(*^_^*)もうああいうときは、ほんと、神の御手にゆだねますって気になるなあ)

 そんな11時間のフライトののち、日付変更線を越え、日本時間の12日の午後三時半過ぎ成田着。いやはや、どうにか帰ってきました。成田で、ケータイを通常の国内のものにかえたとたん息子から電話。おおっ、さすがに私を心配して帰国にあわせて電話かっ?!と思ったら、「ネットゲームを買いたくて、いま、ヨドバシカメラにいるけど、うちのネットワーク環境ってどんなんやったっけ?」だと(-"-)。
 その後、国内線に乗換え、伊丹についたのが夜の八時。往復を含めると、1週間の出張でありました。同行の方、現地でいろいろ配慮いただいた皆様、そして主の守りに感謝でありました。

サンフランシスコ

 午前中は、サンノゼで打ち合わせなど。

 即詠
葉桜に移りつつあるサンノゼの一樹をながく記憶にとどめむ

 昼過ぎ、駐在の方の車で、途中、市場調査などしつつ、サンフランシスコへ向かう。
 車中、ハイウェイの左右で住む人の階層が違い、左は緑が豊かないかにもきれいな町で、右は、塀に落書きなどの見えるすさんだ感じの町、右側にはギャングなどもいて、たいそう危険、といった説明などをうける。確かに見てみるとそんな感じである。

 夕刻、サンフランシスコ着。ここから数時間が今回ほとんど初の観光モード。以下、完全おのぼりさん状態(^^ゞ
P1010164








ハイウェイからサンフランシスコのダウンタウンへ。「おおおおっ、サンフランシスコだっ!」

P1010168サンフランシスコの街中。

P1010187P1010198
夕暮れのフィッシャマンズワーフ

 晩御飯は、<サンフランシスコのチャイナタウン♪>で中華料理。
 もともとサンフランシスコは寒い町なうえ、夜は雨模様でさらに寒かった(T_T)
 でも、サンフランシスコの町並みを見ながら、なんだかこれは神様のビックプレゼントだなあと感じた。
 昨夏以降、アメリカ出張とかその他海外出張の話が何回かは出てキャンセルになり、そんななかで、やはり一回は海外出張に行きたいという思いはあった。
 ただ個人的に考えてみれば、もともとそんなに旅行が好きなわけでもなく、ましてやものすごーく海外に行きたい!という思いを持っていたわけでは全然ない。それが何より証拠にこの歳まで海外に行ったことはなかったのだから(ちと恥ずかしいでしょうかね)(^^ゞ
 個人的には特に願ってもいなかった海外にくることになり、なんだか私自身はぜんぜん要領は得ないけど、案内してくれる人もあり、サンフランシスコの町並みを見てて、なんだかやはりとてもうれしかった。暮れゆく町をみながら、神様はときに私の願っていること以上のものをくださる、ということを感じた。もちろん案内していただいた方にも大感謝。Special Thanks To Mr.Aramaki.

 ホテルでアメリカ最後の夜。これまでは滞在型のホテルだったけど、今日ははじめてシティ型のホテル。いったん部屋に入ったあと、ひとりでホテル内を見てまわる。といってもお土産屋とかを見ただけであったが・・。バーみたいなところも見えたが、さすがにああいうところに一人でささっと入って行ける根性はないなあ。そもそも換金していたドルも底をつきつつあったし(^^ゞ結局、ファーストフードっぽい売店でビールを買って部屋で飲むことに(なんだがしょぼい)。
 ところがそのビールが瓶ビールで、部屋で蓋をあけられるのか不明。店のおばさんに「私は部屋で飲みたいのだけど、部屋で蓋をあけられるか?」って聞いたら、「シンクの下になんたらかんたら・・」って流しの下に空けることができるものがあるような説明。ふーむ、よくわからんので、再度、「ほんっとに私は部屋でビールを飲むことができるか?」と聞くと「OK、OK」・・やや不安なままに部屋に戻る。店のおばさんから、強くビールを飲みたがっている東洋人とへんに思われたかもしれない。で、部屋に戻って、洗面所の流しをしたをみたら、たしかに括り付けの栓抜きがあり、無事、ビールが飲めました(*^_^*)
 

サンノゼ3日目

 サンノゼでの仕事が一区切り。
 サンノゼに滞在していた人、今回、私たちにあわせて出張して来た人の多くが、翌日には日本に帰国する、ということで、「今晩はアメリカらしくステーキを食べましょう」ということに。(また晩御飯の話ですみません(~_~;))
 サンディエゴでステーキを食べたのは、高級レストランであったが、今日は、カジュアルな感じの店へ。家族連れなどもいて、店内賑やか。高級ファミレスといった感じ。さすがに白人や黒人が圧倒的でアジア系はわたしたちだけの店内。アメリカに来た〜という雰囲気。
 今回は、コースは頼まず、ステーキと添えてあるサラダ・パンだけに。で、当然、それで満腹でありました。
 行った店がよかったのか、アメリカのステーキは大きいだけで日本人には美味しくない、という話を聞いていたけど、サンディエゴのときも、このサンノゼの店も美味しかった。
 ところで、最初、皆でビールを頼んだのだけど、「ラージサイズは大きいよ」とのことで、それでも男性はほとんど「ラージ」にするなか、私は「スモールサイズ」に。「吉浦さん、飲兵衛なのに、無理して〜、ラージじゃなくていいの?」と言われたけど、もともとビールはたくさんは飲まないほうだし、何でもデカイ、アメリカのこと、樽のようなビールが出てきても困るので、「スモール」にした。・・・が、やはり足りなかった(^^ゞ、結局、「ワン、モア、ビア」と頼むハメになり、笑われてしまった。アメリカでもビール、恐れずに「大」頼みましょう。

 ホテルの部屋はチェンジでき、今日は湯船につかってゆったりすることができた。バスタブがある以外は、前日までと同様、ツーベッドルームの広い部屋。部屋でくつろいでいたら、携帯にメール。今回、会社の仕事用の海外レンタルケータイとは別に、個人でもFOMAを海外ローミングしていた。(これはもともとのFOMAカードを海外仕様のレンタル携帯に差し替えて使うもので、電話番号もメールアドレスも国内のものをそのままを使える)メールを見ると、なんと大阪・門真の焼き鳥屋から「お忙しいですか?今晩、来ませんか?」ってなメール。来ませんかって・・アメリカからはなかなかいけんなあ・・。

P1010140
サンノゼの町並み。スペインをイメージした高級モール。





P1010093同じく車から。私が雨女なせいか、サンノゼが雨季の終わりの時期のせいか、滞在中、雨が多かった。しかし、雨の多いこの季節、サンノゼは緑が美しい。これからあと乾季に入り、まったく雨が降らなくなると、だんだんと緑が減り、風景がぱさぱさとしてくるそうだ。

即詠
サンノゼの早き桜の色濃きを朝夕に見て三日は過ぎぬ

サンノゼ2日目

 サンノゼ二日目。終日、地味に仕事。
 仕事内容は日本と変らず、仕事をしているときはアメリカにいる感じがしない。

 夜は、寿司屋へ。(昼間は仕事ばかりなので、畢竟、書くことが晩御飯のことばかりになってしまう・・(*^_^*))
 サンノゼはシリコンバレーの町であり、人口構成的に「他からの流入者」が多いそうだ。アジア系も多く、この寿司屋も日本人が経営している。ちなみにこの寿司屋は、仕事場の近く、本屋の紀伊国屋や、日本のスーパーや、ラーメン屋などの日本食店が固まっている場所のなかにある。
 日本人が経営するだけあって、居酒屋メニュー系(揚げ出し豆腐とかあさりのバター焼きとか←こんなんをわざわざアメリカで食べるかっ!(^^ゞ)はほとんど日本とかわらず(盛り方がでかい、とか、器のかたちがちと変??ってくらいの違いはあり)。
 あと、当然(^o^)/!、カリフォルニア巻きを何種類か食べた。が、うーむ、これが美味しいのであるが、やはり、日本人の感覚では「寿司」とは思わなかったなあ・・・。

 ホテルに帰って一仕事。・・・といってもホテルの部屋をチェンジしてもらう交渉。フロントへ。私のホテルの部屋はシャワーだけしかなくて、私は「まあアメリカだし、そんなもんか」と思っていたが、他の宿泊者に聞いてわかったのだけど、なんと彼らの部屋にはちゃんとバスタブがあったのである。で、よくよくわたしの部屋を見たら、身障者マークがドアに書かれてた。つまり身障者用の部屋のようなのである。たしかにバスルームも単にバスタブがないだけでなく、とてつもなく広く床も打ちっぱなしみたいなコンクリート。つまり車椅子で使いやすいようになっているようだ。私は日本の東横インの事件など思い出し、こんなちゃんとした身障者用の部屋を用意しているアメリカのホテルに感心してしまった。駐在の方などに聞くと、このような身障者への配慮などを含めた「平等」という意識がアメリカではとても強いそうだ。アメリカでは東横インなんて、ぜったいに許されない存在だとか・・。
 とはいえ、私としてはやはりバスタブのある部屋がいいので、かぼそい英語力を振り絞ってフロントへ。
 「あの・・バスタブがある部屋にしてもらいたんですけど。(英語で、一応)」
 「Oh?バスタオル?」
 いやいやバスタブじゃ\(-o-)/・・・ってな交渉をして、どうにか交渉成立。とりあえず翌日から変えてもらうことに(^_^)v。

P1010072右側がホテル。

即詠
富裕者の住む町なれば樹の緑街路の花はうつくしくあり

サンノゼ

 サンディエゴからふたたびコミュータ機に乗り(やはり客室乗務員はガッツな中年女性)今回の出張のメイン訪問地であるサンノゼへ。
 空港からタクシーに乗ったものの、米国出張ははじめてではない上司もタクシーにはちょっと緊張気味。行ったことのない場所まで乗るので、どうにも不安。目的地までの距離感とか方向とかわからず、道路の上に掲げられてる「xx通り」という標識と地図が合ってんだか合ってないんだかも自信なく・・・どきどきしていたが、まあどうにか無事に到着。

 サンディエゴもそうだったけどサンノゼも基本的に裕福な人が多い町で、町は整備され綺麗である。どちらもアメリカでは数少ない夜歩いてても大丈夫な町だそうである。

 業務ののち、中華料理屋へ。中華料理屋といっても、なんだかとってもただっ広いバイキング形式の店。料理もものすごく種類が多くて、数回来たくらいでは全種類は食べおおせないだろうという感じ。味もまあまあおいしかった。客層は、ほとんど白人黒人はいなくて、アジア・ヒスパニック系。
 ホテルに朝食がないとのことで、かえりに朝食用の食料を買いにセブンイレブンに寄る。暗くて狭くてなんだかちょっともの悲しいセブンイレブンだった。

P1010128ホテルのわきに咲いていた桜。サンノゼでは一月くらいから桜が咲くらしい。ソメイヨシノではなく、むらさきの赤みの濃い花だった。でもなんとはなし、きれい。
P1010126ホテルの部屋がツインベッドルーム・・・つまり寝室が二つあって、ただっ広い、・・というか広すぎ。寝室がふたつあったってひとりでどう寝ろというのだ(^^ゞ

P1010071こーんなキッチンとかもあって、とにかく広い。日本で言えば2LDKのつくりだけど、我が家の3LDKより広いかもしれない。家族で滞在するようなホテルなのだろう。鍋とか食器とかもちゃんとあって、私は日本から持ってきたレトルトのおかゆを鍋であっためて食べた。

 即詠
国内線待合室に東洋人らしきは三人(みたり)そのなかのわれ


サンディエゴ

 ロサンゼルスから国内線でサンディエゴへ。
 この国内線というのが(コミュータ機というらしい)数十人乗りのほんとにバスのように小さなプロペラ機。私はもともと飛行機は怖くて、関空→ロサンゼルスも決死の覚悟でやってきたのだが、このプロペラ機を見たらへなへなとなってしまった。こんなちっぽけな飛行機でほんとに大丈夫なのか?
 乗り込むと、客室乗務員はガッツな堂々たる体格の年配女性。狭い通路を飲み物運んでくれるのだが、巨大なお尻が通路からはみ出る感じ。ちなみにロサンゼルスの空港でも、日本では考えられないような立派な体型の女性を何人も見た。小錦みたいな・・・というのが大袈裟ではない、ほんとに巨大な女性たちをみて、ふと「あ、わたしって彼女たちに比べたら、とっても痩せて小柄だわ?」って勘違いしてしまいそうになった。この勘違いはある意味、グローバルでは通じても、日本では到底通じないし、まったく人種的身体特性を無視したものであることはいうまでもない(^^ゞ。
 そうこうして、ちっぽけなプロペラ機も馬鹿にしたものでなく、ちゃんと一時間ほどでサンディエゴに到着。

 サンディエゴでは業務。
 業務終了後、出張者、地元駐在者でレストランにステーキを食べに行く。アメリカでは、食べ物の量が、とっても多いことは昔からよく聞いていたが、実際、まったくその通りだった。最初にスープが出てきたのだが、日本人ならあのスープ(満杯のクラムチャウダ)とパンだけで軽めの夕食として満足できる量。そのあと、メインのステーキが出てくるわけで、かなり日本人にはきびしい。しかもそのステーキがでかい。それでもステーキがでかいことは、あらかじめ予想はしていたが、ステーキに添えてある野菜もとんでもない量があるのには驚いた。野菜は選べたのだが定番のポテトは日本のじゃがいもの三個分ぐらいある大きさのポテトがどーんと乗っているし、ブロッコリーなんて、日本のスーパーでうっているブロッコリーの三株分くらいがどさっと盛ってある。そのブロッコリーを添え野菜として選択した人の皿を見て私が
「なんだかこっちから見るとそちらのブロッコリーが森のように見えるんですけど」
というと、その人は
「こっちから見ると、吉浦さんの皿のアスパラガスが竹やぶのように見えるよ」
とのこと。たしかにアスパラガスも日本のスーパーで売ってあるものの三束分くらいあった(^^ゞ

P1010053カリフォルニアらしいサンディエゴの空。といっても今は雨季で、ほんらいの青さではないようだ。サンディエゴの港は軍港である。

即詠
サンディエゴの港に遠く浮びゐる巨大空母に佐世保をおもふ

ロサンゼルス

 日付変更線を越えて、10時間のフライト。離陸してしばらくして夕食が配られて、その後は機内の明りも落ちて就寝モード。私は、ティムバートンのアニメ映画「コープスブライド」を機内のビデオシステムで見て泣いてしまった。「ナイトメアビフォークリスマス」と同じテイストの映画だけど、なかなかによかった。その後、うとうと寝たような寝てないようなよくわからない数時間。日本時間でいったら7日の午前三時半着ということになるので、そのぎりぎりまで眠れるかと思ったら、到着の二時間くらいまえにいきなり、ぱっと明りがついて、朝食がくばられる・・・。うう・・・眠い。食事より寝せてくれ〜と思ったけど、結局出てきた食べるものは全部食べた。
 現地時間の6日朝10時半ロサンゼルス着。着陸前、窓を見つつ、翼よあれがロスの灯だ、と思いたかったけど・・・朝だし、窓からは翼しか見えなかった・・。
 ちゃんと英語で受け答えができるか、どきどきの入国審査は、自分の番になって気合をこめて、係りの人の前に立ったら、いきなり「シゴトォ?」と聞かれる。指紋を取るときも「ヒダリィ」「ミギィ」と言ってくれる。あとから聞いたらこれはかなりラッキーだったそうだ。ほんとは仕事内容をあれこれきびしく聞かれたりとかするらしい。
 
P1010045
ひろーいロサンゼルス空港。でも写真だけだと、関空との違いがわからんという気もする(^^ゞ
ロサンゼルスではスタバでコーヒー飲んだだけ。国内線に乗り換えてサンディエゴへ。
P1010046
同行の人のあとにくっついて、乗換え場所にひた走る。あの広さとややこしさでは仮に国内であっても私には乗り継ぎは無理(T_T)国内線乗換え時の手荷物・身体検査のきびしさにはびっくりする。9・11以降のことらしい。

関空

 ついに海外出張であります。行き先は米国。いまどき海外にいったことのない人間は少ないと思うが、その希少な存在であった私もついに海外へ。出国手続きだの両替だの何にも知らない私に、同行の方はあれこれ教えないといけなくてたいへん。恐縮至極。
 一週間の予定の出張にスーツケースは10日間サイズ。「まさか鍋釜一式入れてきたんじゃないだろうね?」といわれるデカさ。ちなみに私は昨日から急に腰が痛くなってて、普通に歩いたり座ったりするのはいいけど、立ち上がったり屈んだりする姿勢が辛く、スーツケースをつめる作業がたいへんだった。この腰で、デカいスーツケース持って無事アメリカまでいけるのか、それも大きな心配材料。とりあえず大量の湿布も入れて出発。

P1010044
海外も初めてなら関空も初めて。で、私は雨女であって、今日も当然、雨。関空までの海上道路は雨にけぶって左右の海はほとんど視界がなかった。写真は出国手続きを終えて、JAL060便待ちのふあーんな心で見た雨の関西空港。

鱧と水仙

 『鱧と水仙』が届いた。数日前に宅配便で届いていたのだが不在でようやく入手。
 今号はどうにか特集と短歌に作品を出すことができた。ちょうど家内ばたばたしていた時期が締め切りで、いったん編集担当の方に「今回はパス」と連絡をしたのだけど、「吉浦さんは前回も作品出されていないんで、今回はぜひだしてください」と言われ、それなら・・・とふんばって、どうにか出すことができた。植山さん、すいません〜、すごく提出がすごく遅れてしまって。。。。

体格

 午後、以前の職場近くに打ち合わせへ。その後、以前の職場に寄る。何人かの人と言葉を交わした。
 夜、以前の職場の人からメールが来る。彼女は私が以前の職場を訪れたときは出張中だったのだが、出張から帰ってきたら、何人かの人から「今日、吉浦さんが来てた」と聞いた、とのこと。かつ、ある男性社員は
「(吉浦さんは)今までになく体格が大きくなっていた」と言っておられました」・・・とのこと。
 あー、悪かったよ〜、ますます太って(-"-)。。。。。
 

灰の水曜日

 今日から受難節。灰の水曜日。冷たい雨が降る一日。
 先週のもうまるで春が来たかのような陽気がうそのようである。

 即詠
ビニール傘の水滴はらひ帰りきて灰かむり姫にあらねば眠る

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