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有馬温泉

 社員旅行で有馬温泉に。社員旅行というのは10年以上ぶりに参加。ここ10年間は子どもが小さかったため参加できない時期もあれば、旅行をしない部署に属していた時期もあった。(たしか最後に参加したのは、まだ子供が保育園の頃で、子供もいっしょに参加したという記憶がある。)
 私同様、別の部署からの異動者で今の職場の旅行に初参加の、30代の男性社員は、「僕は入社以来一度も、こんないかにも<社員旅行>という旅行の経験はないので、すごく楽しみにしていました。バスを連ねて、温泉に行って座敷で大宴会、すごくあこがれていたんですよー」と言っていた。そうか<いかにも社員旅行>というのを嫌う若い社員が多いというのは、もうずいぶん前から聞くけれど、逆に、そんな「あこがれ」もあったんだなあ。
 私が20代のころの<いかにも社員旅行>はセクハラの嵐だったので、いい印象があまりない。(上記のような子連れでいけるようないい雰囲気の旅行もあったけど)
 まあしかし時は流れ、昨今の<いかにも社員旅行>は品がいいのである。

阪神優勝

 関西や関西人のあれこれに対して、九州出身の私としては違和感をもつことも多いのだが、阪神にはけっこうシンパシーをもっている。私が大阪に来ることが決まった年(実際に来たのは翌年)に阪神が優勝をしたからである。また周囲の親しい人に阪神ファンが多いから、なんとなくいっしょに応援したい気がするところもある。だからといって、すごーく阪神について詳しいというわけではない。そもそも野球に限らずスポーツ一般に疎い私である。
 まあなにはともあれ、祝優勝。

TOEICショック

 先日受験したTOEICの結果が届く。
 4年前とまったく同じスコア。がーん!Σ( ̄ロ ̄lll)。
 何の進歩もないってこと〜???ショック。
 たしかに出来が悪いという気はしていて、スコアが下がっていないだけマシだったかもしれないが・・・。
 うーん。最近、勉強してたのに〜。勉強してなかったら下がる一方のスコアが下げ止まっているだけでもよかったとすべきか・・。むむむむ。

 夜、はじめて祈祷会に参加。なんかちょっとお祈りははずかしい(^^ゞ
 帰宅したら阪神がM1になっていた。

スライドショー

 ひさしぶりにPowerPointの資料を作成。一枚二枚程度のごく簡単なPowerPoint資料はたまに作っていたが、もう少し枚数のあるプレゼン資料はひさしぶり。といってもそんなに量のあるものではなかったが。
 しばし、アニメーション設定で遊んでしまう。PowerPointでのプレゼンの心得として、アニメーション設定をやたらめったら使うのは品がないというのを聞いたことがあるが、それはたしかにそう。でも、おもしろがってやりはじめたら止まらないという感じで、けっこう入れてしまう(^^ゞ何回もスライドショーで動かしてみて、自己満足の極み。ま、なにごとも<たま>にやると新鮮。
 夜、酉丸。

ノリ・メ・タンゲレ

 この間の、ミラノ展でだれの作かは忘れたが、「ノリ・メ・タンゲレ(われに触るるな)」という絵があった。復活のイエスとマグダラのマリアの有名なシーンを描いたものだが、絵そのものはわたしにはあまり印象に残らず、「ああ、あの場面か」と思って通り過ぎたのだった。
 しかし、帰ってきて、ふと岡井隆の「『赤光』の生誕」で茂吉のマグダラのマリアを題材にした作品や、ジョットの「ノリ・メ・タンゲレ」について茂吉が書いた鑑賞文について言及している部分を読み返してみた。

とほき彼方の壁の上にはくれなゐの衣を着たるマリア・マグダレア
茂吉
 岡井は小池光の鑑賞を引用しつつこの歌に言及したり、この歌の「マリア・マグダレア」はジョットーの描いた絵のマリアという「定説」があるということで、実際に、岡井自身がジョットーの絵を見たときのことや、そのジョットーの絵の美術史家の解説文なども紹介しながら、多彩に言及している。
 そして、茂吉のジョットーの絵の鑑賞文の詩的散文としてのおもしろさは認めながら、茂吉の「宗教的な見地に欠けている」点を指摘している。岡井は同じ本の別のところで、やはり聖書に題材をとった「サウル王の自殺」について茂吉が書いている文章に言及しながら、宗教的視点の欠如を指摘している。
 私は、自分自身が洗礼をうけたせいなのか、岡井のこういう宗教的な視点への言及というのを最近かなり興味深く思うようになった。
 ただ茂吉の宗教観については、もう少しじっくり調べてみたい気もしている。

激痛

 礼拝のあと、午後からチャペルコンサートということで教会に残っているつもりが、急用で帰宅。
 最寄駅から自宅まで歩いて15分以上かかる。そこを走って往復。
 そのせいなのかなんなのか、再度、教会に向かう教会の最寄駅から教会までの道々、急に左足薬指先が猛烈に痛くなる。やや細めのパンプスを履いていて、たしかに足先が窮屈という感じはもともとあった。しかし、一年以上履きなれた靴で、通常の通勤にも、歩き回る出張時にも履いている靴。こんなふうに急に激しく痛くなることは今までなかった。
 とにかく痛くて痛くて、教会にたどり着いたときは、足をハデに引きずる感じで、へろへろ。周囲の人がなにごとか!?という感じで、とりあえず椅子にすわらせてくださる。さらに病院に車で送りましょう、とも。しかし、とりあえず、窮屈めの靴をぬぎ、じっとしていると、どうにか痛みのほうは大丈夫・・・ということでしばらく様子をみる。貸していただいた教会のサンダルに履き替えるとずいぶんと楽で、結局、チャペルコンサートもそのまま聴き、その後、帰宅。貸していただいたサンダルというのが、茶色のゴムのサンダルで、見ようによっては、お手洗いにおいてあるもののように見えないでもない(^^ゞ。私はストッキングも脱ぎ、素足にそのサンダルをつっかけて(洋服はいちおうお出かけスタイルのワンピース)電車に乗って帰って来た。教会の方が電車で帰るというのを見かねて、「せめて、嘘でも包帯でも巻いて帰られたら?怪我をしてるのでそんなサンダルを履いていると周囲の方にも思ってもらえますよ」といってくださったが、ま、電車に乗る時間もさほど長くはないので辞退。ぱったんぱったん、サンダルで阪急電車に乗ってあるいて家まで。
 帰宅後、多少、痛かった指の付け根付近に違和感はあるものの、どうにか痛みのほうは嘘のように大丈夫。
 あー、なんて一日だったのだろう。

天声人語

 今日の天声人語に青山墓地の話があって、茂吉の一首が引かれていた。

ならび立つ墓石(はかいし)のひまにマリガレツといふ少女(をとめ)の墓も心ひきたり

 朝日新聞はとっていなくて、たまたま出かけたところで目にしたものだが、帰宅して、WEBで確認する。ついでに数日分さかのぼり天声人語を読んでみた。なんか天声人語・・みょうに叙情的というか感傷的というか・・・。まあいまにはじまったことではないだろうし、天声人語のみならず、日本の新聞のコラムってそんな感じなんだろうな。あんまりちゃんとは読んでいないので、表面的な印象ではあるが。
 まっこうから何かに向かうという鋭さとか、それと隣り合わせのユーモアというものがない。なんか<まったり>している。てきとーに情感に訴えてあいまいに言葉をはしょる。その<まったり>に短歌を引用されるのはかなわない。

 朝から病院。なぜかやけに混んでいた。
 その後、大阪市立美術館のミラノ展へ。ミラノはローマやフィレンッェにくらべ美術史的に地味なところがあるらしいけど、展示はとても見ごたえがあった。ダ・ビンチの小さな素描以外は、あまり知られていない作者の作品がほとんどだったけど(私が知らないだけ(^^ゞ?)古代ローマ時代から20世紀まで、実に陰影のある作品が並んでいた。
 帰宅後、ミラノのことで少しネットサーフィンしていたら、若い写真家のサイトにいきあたった。どういう人かまったくわからないけど、なかなかこの写真はいいのではないか?
 芦田陽介という方のサイト。

[湖]歌人への5つの質問・年齢

 おひさしぶりのFridayFive。うーん、答えてくれる人いるかなあ。
 全問でなくても回答できる範囲でお答えいただければ、幸いです。
 回答はコメントかトラックバックで9月30日まで。よろしくお願いいたします。

 【1】あなたが短歌をはじめたのは何歳のときですか?

 【2】もっと早くからはじめたかったですか?遅くからのほうがよかったですか?

 【3】若さを感じる短歌、あるいは歌人ってだれですか?(現在のその歌人の実年齢に関係なく)

 【4】(あなたにとって)高齢の方の歌人では誰が好きですか?年齢を感じさせる好きな歌は?

 【5】80歳のとき、あなたはどんな歌を作っていそうですか?

コミュニケーション

 めずらしく仕事がはかどったような気がした一日。気のせいでも貴重(^^ゞ

 文章の応答も会話といっしょでキャッチボール。受けたものを返す。その間合いと投球の勢いを共有化することがコミュニケーション。受けたボールを自分のボールにすげかえて返すのはコミュニケーションではない。

無縁

 今日はいちにち生きていなかったなあと思う。
 言葉と無縁の一日。
 秋の気配が足踏みしている。

三時間

 あれこればたばたして、ゆうべは睡眠三時間。
 年年歳歳、失われていく体力気力。
 睡眠不足のときあらためて感じる、歳。
 こう書きつつ・・わたしは、「青春は心の若さ」、などという能天気を許せない。もう若くはないという不可逆的な力を自分の中で感じてこそ、人生のなかで時間は意味をもって輝き出す。

息子、風邪、ダイエー

 息子の風邪具合まだ悪い。
 微熱と、タンが絡んだような感じで咳が出ている。
 かくいう私もすこーし喉がおかしい。
 季節の変わり目だものなー、・・「季節の変わり目で最近風邪気味の人が多いよね」、という言葉を年に何回口にするかな。

 ダイエー創業者の中内氏が亡くなったそうだ。実業の人に対して私は基本的に感慨を持たないのであるが、それでも、やはりパイオニアというのはエライと思う。個人の晩年としてはいかがだったかという点はいろいろあるだろうが、生涯が栄枯盛衰の物語のなかで語られる人生というのは、それなりに厚みのあるものだったのではないかと感じる。
 門真に住んでいたころ、毎週末、古川橋のダイエーに子どもと買い物に行った。4,5歳だった息子は、たまにデパートに行っても、「わぁ、ここの<ダイエー>はきれえやなあ」と大声でいうので恥ずかしかった。まあデパートなんてめったに行かなかったから、子どもは、大きなお店=ダイエーと思っていたのだよなあ(*^_^*)。

外食事情

 木金の遠距離出張の疲れか、なんだかだるい日曜。息子も風邪気味。
 夜、手抜きの外食。何回かいったことのある居酒屋にいったのだが、店が変っていた。(おそらくオーナーが変わった模様。店名も変っていたので、店自体別のものになっているようだが、外から見た感じ、内装などはほとんどいっしょ)息子も私も、「以前の店のときのほうが美味しくてよかった」と意見が合った。ほんと、前の店のほうがよかった・・・がっかりである。ちょっとまえに、うちの近所にしては、かなりおしゃれなイタリア料理を主とした創作料理屋もなくなっていて(まあこちらは、しょっちゅう行く雰囲気の店ではなかったけど)、最近さびしいご近所の外食事情。ケンタッキーはできたんだけどねぇ(*^_^*)
**
 辺見庸が脳梗塞で倒れたのは一年半くらい前で、気になってはいたのだが、どうにか復活されているようだ。ということに最近まで気づいていなかったのだから、気になっていた、というのは嘘かも。
 うーん、言い訳をすれば、検索等するのが怖かった、というのもあるのである。病気が病気なだけに・・。

遺伝&豚の丸焼き

 朝から、息子と喧嘩。
 内容はともかく、怒り出すとキレたような感じになってまくし立てる息子。取り付くしまもない。
 「もう少し落ち着いて、相手の言うことを聞いて話をしたほうがいい」
 と言っても聞く耳持たず。
 その後、しばらくして少し落ち着いたところで外出する息子。出かけ間際に一言。
「さっき、おかん、僕に、お前はキレてものを言うとゆーたけど。キレるのはなぁ・・
それは遺伝。」

**
夜、豚の丸焼きを食べる会。高温蒸気で焼いた豚は、油が落ちて、とってもさっぱりして、鳥に近い味わい。し、しかし、丸ごといっぴき豚なのだなあ・・・。なかなか強烈なお姿\(◎o◎)/!。
200509171913

気配

 なかなか仕事が進まず、焦る。昼の時点で今日の予定の五分の一ほどしか進んでいなかった。
 午後もなかなかピッチ上がらず、15時過ぎから猛烈にどたばたしてどうにか夕刻までで今日の予定をとりあえず終了。
 仕事を終えて外に出るとちょうど夕暮れ時。空がほんのりと赤く、雲が切れ長。駅までの間に比較的大きな川があって、風に川沿いの土手の草がゆれ、秋のゆふぐれ、の気配であった。
 午後10時ごろ、新大阪帰着。

看板

 夕刻から横浜へ移動。
 きょうは横浜で定宿?としていたホテルではなく、はじめて泊まるホテルにチェックイン。
 いつものホテルに比べ、部屋は狭かったけど、あれこれとサービスが快適で気に入ってしまった。
 ただ、窓の外をふと見ると、葬儀屋の看板が見えて・・・うーむ(-"-)

心配事

 家庭内、心配事あり。
 どうにか良い方向に行きますように。いつになったら心落ち着いた日々が来るのだろう?

こころ注ぐこと(箴言風に)

 なんにでも心を注ぐことはできない。
 歳を取ればとるほど、そう。
 わたしの杯は小さいのである。
 その小さい杯を虚しいことで満たしてはいけない。
**
 期待をされていない人間への言葉はやさしい。
 しかし言葉から、
 期待されていないことがわかったからといって落胆してはいけない。
 期待という檻からの自由を手にしたのだから。
**
 陳腐ながら・・4000年前から決まっていること-
 だれにでも優しい人間ほど冷酷な人間はいない。
**
 愛は、どこにもないことがわかったとき
 背中にいる。

聖歌隊

 聖歌隊の練習に初参加。
 讃美歌ってムズカシイ。主旋律でもむずかしいのに、ましてアルトパートはむずかしい。エーン(T_T)。

年金危機の世に遇はざらむ身の運の側側として春秋うつる                                                     竹山広

眠い

 息子は彼女の学校の学園祭へ。私はずっと一日だるくて眠い一日。

御言葉(みことば)はあなたの近くにあり
あなたの口、あなたの心にある

       ローマ人への手紙9.33(申命記30.14からの引用)

かぎ

 午後から社内の別の部署で夕方までレビュー。
 その後、直帰。
 かなり早く帰宅。子どもから「鍵をなくした」と電話。たまたまめずらしく早く帰っていてよかった。

レバ刺し

 定時後の打ち合わせで、仕事の一つがひと段落。
 
 その後、以前の職場の人とレバ刺しを食べる。

暴風

 ニュースを見ると、台風のつぎはハリケーンの映像で、どちらにも息をのむ。

 新横浜は朝から暴風。雨は降っていなくて、雲の間から陽さえ射しているのに、風だけはまぎれもなく台風の風。怖いくらいの勢い。
 仕事を終えて帰るときには、多少雨が降っている程度で穏やかであった。

 結果的には台風の影響はほとんどなかったのだが、当初のスケジュールが狂った二泊二日の出張はたいそう疲れた。

ラーメン博物館

 夜、ホテルに戻ったのち、同行の人と、新横浜のラーメン博物館に行く。
 全国各地の有名ラーメン店が、昭和30年代の雰囲気の町並みの中に再現されている。
 旭川のラーメンと地ビールで乾杯。
 早めにホテルに帰り、普段はTVを見ない私がなぜか阪神戦を見る。5-2で中日に負け。

前泊

 台風14号接近。関東のほうはたいへんな豪雨のようだ。
 ・・ということで本来、明日朝出発予定だった横浜出張が今晩移動&前泊ということに。
 夕方、あわただしく帰宅、準備ののち、新幹線に飛び乗る。

 夜9時、新横浜着。小雨は降っているものの、おだやか。
 まずはひと安心。ツインをシングル仕様にしてくれたホテルの部屋がゆったりしてなかなかいい感じ。

TOEIC

 早朝礼拝へ。早朝礼拝に参加したのは二度目。今日の参加者は4名。
 さすがに眠い(-_-)zzz。賛美歌を歌うにもあまり声がでない。でも、早朝礼拝には早朝礼拝なりの良さがある。
 何が良いかと言っても具体的には言いにくいが、なんとなく気持ちの良いものである。ほのかに光の入る礼拝堂で少人数で祈る雰囲気というのは、なんとなくつましくも清々しい。礼拝後、外に出たときの気分が普段の礼拝よりすっきりした感じがある。、
**
 その後、社員研修所にTOEICを受験しに行く。最近、ひそかに英会話の勉強を始めたので、腕試しの受験であった。しかし、先週後半、出張だったこともあって、職場に届いていた受験案内などをちゃんと確認するのを忘れてて、集合時刻に遅刻するわ受験票を忘れるわ、散々。実際のテストの出来のほうも、正直、もう少しできるかと内心思っていたが、ぼろぼろ。ちょっと勉強をはじめたくらいで、一足飛びに語学が上達するなんてことはないわなー、やはり(-_-;)。うー、それにしても、今日の出来では、前回のスコア(4年前)とおんなじくらいだろう。いやひょっとしたら、スコアダウンしているかもしれない。(だとしたらかなりショック、勉強のモチベーションが落ちそう(T_T))
 今の会社に入社した○○年前頃、はじめて受験したTOEICスコアがいまだに自分の最高スコアである、というのも情けない。ひとまず自己記録更新をめざさねば。(これがまたけっこう客観的には低い目標というのもなんだかなあ・・・)
**
 最近、いろんなことが<できない>。いろいろと不義理をしてしまう。昔もけっこうルーズだったけど、最近は、以前だったらできたレベルのこともできない。なぜだろう。考えてもわからないけど、とにかくできることしかできない。居直りではなく身を低くすること。自分の身に合わせて、風呂敷はひろげず、こぶりのハンカチくらいにしないといけない。
**
 昨年聞いた安藤忠雄の講演の「日本人は1970年以降自分で考えることをやめてしまった」という言葉を改めて思い出す。賛成か反対か、改革かそうでないか、そんな単純な割り切りや議論の切り捨てがまかり通る世の中である。暗澹としてしまう。しかし、結局、選挙の結果が民意である。2005年現在の日本人の選択であり、意志なのだ。一縷の望みを持ちたいとも思う。

PC不調

 PC不調。実はしばらく前からちょっと怪しかったのだが・・。ディスプレイがつかないのである。Windowsとかはどうもちゃんと起動しているようなのであるが。悪いことにディスプレイ一体型のPCで、しかも外部出力がないのでどうしようもない。
 メールのチェックもできず・・。
 そういうして・・どうにか代替機入手。ネットアクセスだけはできるようになった。ブログに関しては問題なくなった。ただメールとかはまだWEBメールでのアクセスである。(えらくメールがたまっていた)
 故障機は修理に出す予定だが、ちゃんともともとの環境でPCが使えるようになるのはかなり先のようである。

有元利夫

 今日も新横浜。22時過ぎ帰宅。

 ずいぶん以前に、当時の知人から教えてもらった画家の有元利夫という名前。たぶんその知人からもらったと思われる日経ポケットギャラリーという文庫版のミニ画集がたまたま出てきてめくる。
 西洋のフレスコ画と日本の仏画に影響をうけて、岩絵具をつかった独特の絵が印象的である。
 1946年生まれで1985年に38歳で逝去。西洋とも東洋とも思えない不思議なしずかさをたたえた作品を残している。しずかでありながら、ときに華やかでかろやか。思索的でありながらどこか柔軟な精神が感じられる。
 日経ポケットギャラリーには作品とペアで有元の小エッセイも載っていて、その言葉は平明ながら本質をとらえたものである。

芸術が良いのは、文学でも音楽でも美術でも、人間が感じているけれどもモヤモヤしていてハッキリしないある感じを音や型や色や言葉でハッキリさせてくれるからだ。

人は初め、強いドラマ性にひかれる。が、それを本来的に強めるのは、色や型(かたち)であることに気付く。そのうち、内にあるドラマや創造性は弱まり、色や型の強さが残る。

 モヤモヤしている「ある感じ」とか、ドラマや創造性が弱まる「色や型の強さが残る」という言葉に信頼感をもつ。さいしょからハッキリしたことを書きたがるひと(最終的にハッキリするのではなく)、ドラマ性ばかりを追う人は結局なにもわかっていない。

12号の5番

 新横浜出張。
 朝、「のぞみ」の指定席12号車の5番に座って同行の方を待っていた。新大阪発の列車で発車時刻より早めにホームに入ってきたので、そのまま乗り込み、ゆったりと飲み物など飲みながら座っていた。ところがなかなか同行の人が来ない。発車間際になっても姿が見えず、発車ベルがなっても影も形もない。とうとう列車は発車してしまったのだが、同行の方が座るべき私の前の席は空席のまま。あらら、どうしたんだろう?とふと私のチケットを見てみた。
 「5号車12番C席」
 ・・・・私が座っていたのは12号車の5番C席であった(-"-)
 あわてて5号車に移動。(これがまた12号車から5号車までが遠い。ただでさえ動き始めた列車内を荷物を持って歩くのはたいへんなのに・・)
 5号車につくと、同行の人が苦笑。私が昨夜、飲み会と知っておられたので、てっきり飲みすぎて寝過ごしたと思っておられたよう(^^ゞ
 「先方になんて言い訳しようかと考えていました。」
とのこと。ど、どうもご心配おかけしました。。。。。

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