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追悼

 鳥栖のホテルの朝のロビーで、仕事に行く前にチェックしたケータイで、塚本邦雄逝去のニュースを知ったというのはなんとも不思議な巡り会わせだった。
 私は塚本邦雄のよい読者ではぜんぜんなく、直接的に影響や刺激を受けたという思いはない。ただ前衛以降、意識していなくても、現代短歌そのもののベースラインが塚本によって変えられていて、塚本以前の短歌とはそもそも違うものになっていたと考えれば、その「塚本以降」の流れのなかで短歌に参入していった私も間接的に塚本の影響を受けていたことになる。
 個人的にもまったく接触はないといえばないのだが、実は短歌をはじめようと思っていた頃・・まだ短歌人に入会する前、一度、塚本邦雄を至近距離で見たことがある。「生きた歌人」「動く歌人」を初めて見たのが塚本邦雄であった。15年以上も前のこと、NHKの関西地区の短歌大会みたいなものが神戸だかであって、なぜか私は一人でそれを見学にいった。自分自身はその大会に出詠もしていなかったのだが、だれでも見学ができるというのを、なぜだか知って、ひょこひょこ行ってみたのである。そこで、ミニ講演(15分くらい)の講師が塚本邦雄で、例の独特のやや高いトーンで早口に機関銃のように「旧かなで短歌はかかれるべきだ」とか「季節感のずれた短歌はよくない」とか述べておられ、会場の、ほとんど年配であったおば様方に大いに受けていた。その後、公募されていた作品からの入賞作の公開討論が行われたが、そこには塚本邦雄は参加していなかった。
 討論会が終わって、私が会場を出て、しばらく歩くと、なんと三メートルばかり先を、さきほどの塚本邦雄と、討論会のパネラーの一人であった永田和宏が前を歩いていた。わたしは「わわわ・・・<歌人>が歩いている〜」となんだかビビった。(そりゃ<歌人>だって歩くだろうが・・・)もう少し短歌を作ったり勉強をしていたら、「先生」とかいって寄っていって、質問したり、歌集にサインしてもらったりしたかもしれないけど(それもかなり勇気のいる行動だが・・)、そのときはなんだかどきまぎして、三メートルの距離を保ってうしろを歩いていた。たまたま行き先が同じ方向だったから、三メートル後ろを歩いていたのだけど、はたから見ると、ストーカの尾行のようだったかもしれない^^;
 で、私は息をひそめて、おふたりの後を歩いていたのだけど、<歌人>たちはいったいどういう会話をするのかちょっと興味津々でもあった。しかしそこで聞いた会話は、
塚本:「お茶でも飲んでいきましょう」
永田:「あ、はい、そうですねー」
のみであった。そ、そうか・・・・<歌人>も茶を飲むのかー、と感心するような気抜けするような私に気づくことはなくお二人は私の向かう方向とは違う方向に曲がって去っていかれた・・・。
 ・・となんとも他愛のない思い出であるけれど、生まれて初めて見た<歌人>が塚本邦雄であったということは縁あって関西の地にいることと関係が深いだろう。自分の思っている以上に、塚本は私のなかに入ってきているのかもしれないと改めて思う。ご冥福をお祈りいたします。
 

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