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拾月参日

 計画年休。異動後はじめての年休取得。
 午後からパスポート申請に行く。
 別に差し迫って海外出張があるわけではないが、そのうち多分ある、ということで、「パスポートは取っておくように」と異動早々上司に言われてて、ようやく申請しにいった次第。たしかに職場をみまわすと、前の席の人が現在、中国出張中、上司が来週、別件でやはり中国。そのほか、チェコだの、マレーシアだのいろいろと地名がとびかっている。
 住民票を区役所でとったあと、はたと気づいたのが、戸籍謄本は本籍地に行かないといけない、ということだった。あ、当たり前ですが・・(^^ゞ。自分としては区役所とパスポートセンターにいけばすむと思い込んでたので、ちょっと慌てた。で、本籍地にむかったのだが、なんか不愉快だった。だって本籍地の門真市の市役所って、今の職場とおなじ駅なのだもの。わざわざなぜ休みの日に職場の最寄り駅まで行かんといかんのだ(-"-)そもそも裁量労働なんだから、、仕事のある日にちょっと私用外出して、役所に行ったほうがはるかに効率的だったのだ。なぜ事前に取っておかなかったんだ、段取り悪いぞ私は、と自分にも腹が立つ。いっそのこと、今日は戸籍謄本とるのやめようかな、とも思ったが、でもなんとなく、気分的に、今日中に申請までは済ませる、と決めていたんで、明日以降、戸籍謄本とって、それから申請して・・というのもすっきりしない。で、門真市役所まで、むっ、としながらいった。(案の定、駅から歩いていたら、今の職場の人じゃないけど、知り合いにあったりした・・・。)
 で、戸籍謄本とったのだが、戸籍謄本をとるのはもう・・ここ何年もなかったことだと思う。で、まじまじと謄本をみてちょっと感動した。自分の出生の届出の日付とかもわかるのだなあ、と改めて知った。<拾月参日>に父親より届け出、という旨が書かれていた。私の誕生日は9月24日だから10日近くあとである。まあ出生届は名前とかじっくり考えて出す人も多いから、10日あとといってもさほどびっくりするほど遅いわけでもないだろうけど。ただ、その記述をみて、私は母親がいっていたことを思い出した。私は出生時の体重が1600グラムしかなく(というのは昔の日日に少し書いたような記憶がある)、40年も前としては超未熟児だった。当時は、「数日で亡くなるだろう、とても育つまい」と言われていたそうだ。両親が出生届のことを話したらお医者さんから「たぶん助からないでしょうから死亡届といっしょでいいのでは?」と言われたそうだ。(なんつー医者でありましょうか?)
 でもまあ、結果的には、死亡届といっしょではなく無事10月3日に単独で^^;出生届は提出されていたわけである。で、かつ、<一回の授乳量がティースプーン一杯だけだった、それだけしか飲めなかった>という超未熟児は、その後40年余りたっても、まだなお生き延びており、ビールなら1リットルくらい飲んだりなんかしている。

 その後パスポート申請して、帰宅。夕刻、学校から帰って来た息子と、息子のコンタクトレンズを作りに梅田へ。これまでと同じ普通のレンズにしとけばいいものを、カラーレンズにするだの贅沢なことをいう。普通レンズとの差額は自分が払うから、でも次の小遣い日まで待って・・・やと(-.-)。
 その後、<肉、肉>とうるさい息子のリクエストで、しゃぶしゃぶ食べ放題を食べて帰ってくる。

 帰宅してまたふと思う。謄本の記事にあった<拾月参日>、父は27歳だった。そのときの彼の思いはわかりようがない。32歳で急逝した彼が今の私や私の息子を見てどう思うのか・・・それもわかりようがない。

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