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生き生きとしたもの

ガラス戸の外に据ゑたる鳥籠のブリキの屋根に月映ゆる見ゆ
                      正岡子規
 なんということもない歌といえばそんな感じ。旧派和歌からの革新の時代であった当時としての価値はまた別として。
 正岡子規という署名をはずして歌会なんかに出しても「ちょっと素直すぎて・・」みたいな評が出そうだし、「見たままその通りですね」なんてこともいう人がいるかもしれない。でも私は100%の自信はないけど、無記名でこの歌に最初に出会っても、歌会で点を入れたと思う。
 よくわからないけど、まず「ブリキ」という言葉の響きがなつかしいという個人的感慨があって^^;、「ガラス戸の外に」、「鳥籠の」、「ブリキの屋根に」って、なんか説明的につづいている言葉の流れが、妙におもしろい、という感想をもつ。最後に月がでてくるのが、唐突なようなお決まりのような感じなのだが、ガラス戸、鳥籠、その屋根の上の月、という構図は単純なようで不思議にくっきりした印象を持つ。
 寝たきりの子規のために、外の景色をみることができるように、当時としては珍しいガラス戸が作られた。そのガラス戸から子規は外をみて、多くの歌を作った。

紙をもてラムプおほへばガラス戸の外の月夜のあきらけく見ゆ
月照す上野の森を見つつあれば家ゆるがして汽車往き還る
ガラス戸のくもり拭へばあきらかに寝ながら身ゆる山吹の花

                           子規
 よく言われることだが、寝たきりであった子規の精神は生き生きとしていた。<見る人>として、見える世界をみつづけた。100年前の人の視線を支える心は自由であった。

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