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猫の客・内在する時間

 いろいろともの思う日曜。体調はいまひとつ。

 寝転がりながら、かなり以前に買ってて読んでなかった平出隆の『猫の客』を読む。古い屋敷の離れを借りて住んでいる夫婦のもとに、隣家から訪ねてくる猫のことを書いた、淡々とした小説。猫のことが書いてあるからといって、猫がかわいいかわいいっていうような甘さはない。ほんとに地味で淡々とした内容。特に事件が起こるわけでもなく、退屈といえば退屈。ちょっと保坂和志の『カンバセイション・ピース』に似ている。似ているけれど、こちらのほうがなにか悲しい感じがある。

 けっして深く読み込んだわけではないけれど、『猫の客』を読んでなんとなく思ったのは「内在する時間」ということ。現実に流れていく時間と、自分の中にとどまる時間というのは質的に違う。時間は一日24時間だれにでもあるわけで、たとえば分刻みでなにかをこなしていくときの、量的な単位として考えることもできる。しかし、うまくいえないけれど、そういう単位として考えられる流れていく時間と違って、なにか目に見える形や心に残る形で時間が堆積されていくことを実感することがあるのではないか。『猫の客』にはそういう時間の堆積が描かれてるように思う。家や庭や猫を書きながら、そこに書かれているのは自分のなかにとどまっている時間、時間の堆積である。自分の中にとどまる時間を受け取るのは自分自身であり、自分自身を包む<場>である。私は私だけで自分の中に時間を受け取ることはできない。私を包む<場>、器というものがいる。
 ただ流れていくだけの時間を自分は生きている、と思う。内在する時間というものを私は持ちたい、と強く思った。

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