2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

最近のトラックバック

リンク

フォト

« ねむねむ | トップページ | おじや »

民衆詩って?

私もあなたを罪に定めない
        ヨハネ 8
 姦淫した女を石打にしようとした民衆へ「このなかでこれまで一度も罪をおかしたことのない者から石を投げよ」とイエスが言う有名な一節。<お話>としては、あるいは<イエス物語>としては、まあそんなもんかと思うが、実際、当時のごちごちのファリサイ派、しかも反イエス派の律法学者がこの答えに納得したとは思えない。福音書にあるように<年長者から始まって、一人また二人と、立ち去ってしまい>、とうとう女とイエスだけが残される・・・なんて状況にほんとになりうるのか?今日の礼拝では牧師さんもそこのところを話をされた。「当時の学者たちであれば、心から自分は生まれてこのかた罪を一度も犯していない、と考えていた人たちはたくさんいた。そのうちの一人が、最初の石を投げれば、たちまち、続いて皆がこぞって石を投げ始めたと考えられます。」なのになぜ人々は立ち去っていったのか。自分なりに納得したものがあるのだけどそれはあえて書かない。最後に女に向かってイエスがいう「私もあなたを罪に定めない」の言葉は単純な<理>の言葉、審判の言葉ではない。
**
 鈴木竹志さんの「竹の子日記」に「民衆詩」ということへの言及があるけど、どうも私には違和感がある。
文学者ではない多くの人々が日々の哀感を短歌という形式の中で漏らしている。
その声を掬いあげることによって、「民衆詩」としての可能性を考えていくことが、今こそ必要なのではなかろうか。

 短歌という形式を考えるとき、その形式の性質として、文学者ではない多くの人々が日々の哀感を歌うことを可能とする部分があるのだろうと思う。短歌という定型のありかたから、そういう考察をするのは無駄ではないと思うが、「その声を掬い上げることによって」なにか新たな可能性を、という感覚は私には全く理解できない。
 詩というのは、アナクロ的大時代的発想かもしれないけど、言葉による新しい世界の創造・発見であって、日常性から離陸したところに価値があると思っている(素材として日常があるにしても)。もちろんそうはいっても日々の哀歓を漏らすというところとは隔絶しているわけではなく、どこかゆるやかな連続性もあると思う。「民衆詩」という発想の基盤には、このような連続性と非連続性の微妙な関係、についての認識の甘さがあるように思う。

 ちょっと違う話なのだが、「D・arts」の「『現代学生百人一首』にみる学生短歌の今」(秋場葉子)にもやや似た感想をもった。現代短歌や詩の本質とはちがう世界で、コンクールだけのために一過性で短歌を作る閉じられた世界に対して(現代短歌が開かれているか、というとそれはまた別の問題であるが・・)なぜ「橋を架けたい」という発想が出てくるのか。どうにも私には理解ができない。

 詩というのはひとにぎりの偏屈な人間が作っていればいいのであって、なにもわざわざまっとうな生活を送っている人々や学生さんまで巻き込むことはなかろう、と思う。

**
 夜、息子と居酒屋。鳥の生肝、売り切れで食べられず。お詫びに枝豆がくる。焼き鳥、一口ギョーザ、豆腐サラダなど食べる。

« ねむねむ | トップページ | おじや »

「短歌」カテゴリの記事

コメント

高英淑 様
 御訪問ありがとうございます。
 私自身は、正確な民衆詩の定義も、歴史的背景もよくわかってません。申し訳ありません。
 この記事では、ごく一般論的に、ある種の高度な教養、あるいは芸術的素養・詩的センスなどがあまりなくても、誰にでも書ける詩というような意味で使われているようです。(昔の記事なので、当時の鈴木さんの文章の印象なども思い起こせず、正確ではないかと思います)
 もちろん民衆詩というのをネガティブにとるのではなく、ある種の教養をバックボーンにしたサロン的な芸術や高踏的な作品に対してのアンチテーゼ的な民衆詩という捉え方もあると思います。
 あまり答えになっていませんが・・・
 お役に立てず申し訳ありません。

すみません!私は韓国の学生です
日本文学を学んでいますが日本の文学史の中で民衆詩について教えてもらえませんか?
学校での宿題なんです。詳しくお願い致します。

 矢嶋様、ご理解いただきありがとうございます。あんまりネット上であれこれ書くのは好きではないんですけど、ちょっと書いてみました*^^*
 焼き鳥屋デートは、ひさしぶりでした^^

吉浦様。よくわかります。
「短歌を読むには、生半可のことでは、読めぬ」という吉浦さんの持論も思い出しながら見ました。かれと、焼き鳥やですか、大きにうらやましい、ヤシマです。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/66828/2751475

この記事へのトラックバック一覧です: 民衆詩って?:

« ねむねむ | トップページ | おじや »

これんのTwitter

無料ブログはココログ