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待降節

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 礼拝。先週から待降節。説教台の横に、毎週1本ずつ点火していく蝋燭が登場(アドベントクランツっていうのでしょうか?)。今週は二本目が点された。
 午後から所用で梅田に。

 夏ごろ?に購入してずっと読んでいなかった関川夏央『現代短歌そのこころみ』を、やっとここ数日で読了。戦後短歌〜現代短歌のながれ、ひいては近代日本のなかでの短歌と日本人のあり方について考えさせられる一冊。下手な短歌史の本や短歌論より示唆深い。短歌をはじめたばかりの特に若い人とかには読んでもらいたいなあ・・などと私ごときが偉そうにいうのものなんだが、まあそんな本だ。・・・と褒め上げながら、かならず文句も書いてしまう私であるが、ちょっと複雑な気持ちも持ったのである。私にとって関川夏央はかならず新刊本がでたら買う数少ない作家のひとりなのだが、その関川夏央だから・・という思い入れもあるのかもしれないけど、どこか食い足りない気もしたのである。ただその食い足りなさの理由がよくわからないのだ。たとえば短歌の専門外の人が短歌について書いたものを読むとき、少なからず感じる違和感(いい意味での新鮮さもある)というのは、ほとんどこの本からは感じなかった。違和感ではないが、どこか焦点が絞れていないというか、内容が広いので仕方がない面もあるが、どことなく駆け足っぽい感じがあった。特に前半の、中城ふみ子・寺山修司あたりは事実関係の紹介に比重がかかっていて、しかもその紹介が、どうも私自身もどこかで読んだなあといういろんな情報のコラージュ(コピペという感じではない)で、関川夏央自身の主張というのが少なかった感じがある。
 あと個人的には、葛原妙子の第一歌集を出した年齢と、さらに自分の文体を確立した年代をあらためて、この本を読んで思い出し、すこーし力づけられた気がした^^; 

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