ゴッドハンドと呼ばれたわたし!?
開発者としてはさほど優秀ではありませんでしたが、私にはちょっとした「特技」がありました。
それは、人の作った「バグ」を探し出すことです。けっこう、嫌な奴ですよね(笑)
別に頭を使って、このタイミングでこの操作をしつつこのデータとあのデータを流すのを同時にしたらどうだろうか?なんてことせずとも、割と普通に操作してたら(ま、多少は勘が働きますが)、バグが出てくるのです。(ゴッドハンドと言われてたなあ。ゴッドだなんて畏れ多いが)
会社員生活の最後の時期は、開発部門から、いろんな事業部の製品の審査をする部門に移りました。
そこで、各事業部が自信満々で持ってこられた出荷直前の製品を審査して、出荷して良いかどうか判定をするのですが、申し訳ないことに、何件か出荷停止になるような「バグ」を見つけてしまいました。
たとえば、ある時、制御設備の巨大な機械の審査をしました。何をやる機械か正直、詳細はよく分かっていない私(笑)。
私「今運転中ですが、このあたりのボタン押しても問題ないですか?」
事業部の人「はい、ボタン操作は無効になるモードになってますから大丈夫ですよ」
私、<ま、そのくらいのエラー処理は、当然やってるよねぇ>と思いつつ、おもむろに適当に目の前の一個のボタンを押しました。
ドーーン!!!
と音がして、巨大な機械が振動しつつ停止、パトライトがまわり、アラームがけたたましく鳴り、、、機械に駆けよる担当者たち、手元の資料を慌ててめくる人、技術者を呼び出す電話の声etc騒然とした雰囲気の中で、私一人、
「どしたん?」。
後から聞いた説明では、私が「たまたま」、機械の内部ソフトの処理的に、ものすごくありえないタイミングで、そのタイミングでは押されてはいけない(処理が指示されていなかっためっちゃ特定の)ボタンを押したことによって機械がエラー停止したらしい。
「よくぞこんなレアなバグを見つけてくださいました!」と感謝されました。
当時、けっこう、こういうことがありました。
最近、Windowsがブルー画面になる障害が世界各地で起こりましたが、結局、人間が作りこんだものには「バグ」があります。
しかしまた人間が作りこんだものゆえ、困難の度合いはさまざまであっても、対応はできるのです。私はソフト開発をしているとき、特にバグの原因を探り(これはものすごく時間がかかる場合もある)解決していくなかで、「出口のないトンネルはない」という思いを強く持ちました。もちろん原因によっては直接的な対応が難しく、代替的な対応になる場合もありますが。
でも、これはバグだけの問題ではないと思います。人生にはトンネルの中のような暗いところを通る時もあります。たしかに忍耐して努力してトンネルを歩いていくうちに、やがて明るい出口が見えてくることもあるでしょう。
でも、人生のトンネルは、ソフトウェアのバグの解決のトンネルより、複雑で困難です。
そのトンネルを歩くときの先導者が必要だし、目の前を照らす灯りも必要です。そもそもトンネルを抜けたらどこに出ていくのかという行先もはっきりと知りたいところです。そういうことを感じていた私は、いつのまにか教会に導かれていました。そしていま思います。トンネルの中を共に歩いてくださるのはイエス・キリストで、出口は神が備えてくださる、と。だから人生においても「出口のないトンネルはない」し、よりよい出口に向かって私は歩んでいるのだと確信できます。
あなたの御言葉は、わたしの道の光
わたしの歩みを照らす灯火
詩編119:105





少し過激なことを書きます。






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