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2020年6月

2020年6月24日 (水)

朝の言葉「愛し合いなさい」

朝の言葉~聖句短想「愛し合いなさい」

互いに愛し合いなさい。これがわたしの命令である。ヨハネによる福音書15章17節

20180103-165151 クリスチャンには、一般に宗教というもので考えられる戒律は基本的にはありません。食物規定も祭儀的義務もありません。

しかしこの聖句を見ますと「命令」という言葉が出てきます。「愛し合うこと」これが新約聖書が記すほぼ唯一の戒めといえます。

主イエスは、十字架において、愛を示されました。愛とは相手のために痛みを負うことです。

危険が迫った時、子供のために身を挺する親はいます。祖国のために命を捧げる人々もいます。

しかし、聖書が語る愛は、人間の自然の発露としての愛や意思的な愛ではありません。

聖書が語るのは、人間の自然なあり方に反する愛なのです。考えてみてください。大事な家族や友人であっても、本当に私たちは心から、毎日毎日、愛することができますか?自分が痛みを負って愛し続けることができるでしょうか。

しかし、その愛の実践を聖書は求めます。命令なのです。

もちろん、完全に従うことは困難です。しかし少しずつ従っていくとき、私たちは私たちの内に「実り」を与えられます。生涯に渡って、愛の実りを私たちはいただいていくのです。

 

 

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2020年6月 2日 (火)

牧師のつぶやき 「かわいくない」

牧師のつぶやき 受洗記念日(5月30日)に思う Facebookから加筆転載

「あんた、かわいくないからな」

20200602-154432   N姉のきついお言葉。

たしかに私は「かわいい」性格ではなく、むしろ「怖そうな人」「強い人」と思われ、なんとなく教会の中で(いや世間でも)浮いていた。
そんなかわいくない私を唯一かわいがってくれたのは、そう言っていた当のN姉だった。しょうもない長電話に付き合ってくれ、会堂で涙ながらに一緒に祈ってくれた。


挙げ句の果てに、私を牧師として献身に押し出したくせに、私が決心したとたん、さっさとこの地上から去ってしまった。

「Nさん、あなたこそ、かわいくないわ!!」
そう言いたい気持ちもある。いや何度も言ってきた。

「ふふふ、やっぱりあんた、かわいくないわ」

N姉の朗らかな笑い声が聞こえる。

そんな受洗記念日。

*写真はN姉の北海道旅行(姉の急逝2カ月前)のお土産

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朝の言葉「光」

朝の言葉~聖句短想「光」

わたしの魂よ、主をたたえよ。/主よ、わたしの神よ、あなたは大いなる方。/栄と輝きをまとい/光を衣として身を被っておられる。

     詩編104編1~2節

20151204-152150 主イエスは貧しい姿で地上にお越しになりました。都の権力者たちから、学問もない田舎者、そうみなされていました。主イエスの言葉と行いには、とてつもない力があったのに、「見た目」「肩書」で判断する人々は、その力を理解せず、主イエスが群衆に支持されれば支持されるほど、主イエスを妬み憎みました。

ただ一度だけ、主イエスが本来のお姿となられた場面が聖書にあります。「山上の変容」と言われる箇所です。

「イエスの姿が彼らの目の前で変わり、顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった。マタイ17:2)

天においては、光り輝く衣を着ておられる神が、貧しい田舎者の衣をまとった人間として地上に来られました。しかし、貧しい姿は「世のしのぶ仮の姿」ではなく、それも主イエスの真実なお姿です。主イエスは貧しい私たちと同じ者となってくださったのです。私たちの真実の友となってくださるためです。

友である私たちのために死んでくださった主イエスは、その光の衣を私たちにくださいます。やがて、私たちはその光の衣被って、天の父の前に立つのです。

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