朝の言葉「知恵」
朝の言葉~聖句短想「知恵」
主を畏れることは知恵の初め。 詩編111:10
知恵と知識は違うと良くいわれます。知恵は「物事の道理を判断し処理していく働き」と辞典には書かれています。それに対して知識は「ある事柄について、いろいろと知ること。その知りえた内容」と言われます。
つまり、知識として知っていても、それが物事を判断し処理することに益しないならば知恵とは言えません。
物事の道理を判断し処理する働きの最初にあるのは主(神)への畏れだと聖書は語ります。善悪や美醜を判断するには、刑法や倫理や芸術についての知識を豊富に持つことではなく、神を畏れることが最初に必要なのです。
神を畏れるのは、科学知識のない無学な昔の人のすることではありません。人間の限界をわきまえたとき、神への畏れは起こります。
逆に神への畏れがないとき、人間は傲慢になり、自分の知識に溺れ、判断を誤ります。
私たちは神というたしかに物事の道理を判断し処理していく知恵の源を与えられています。神こそが、私たちの人生の歩みの足元を照らす確かなともしびなのです。
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コメント
日本のキリスト教団の現状を考える時、 学閥主義の弊害が物凄いです。 特に執行文に入っている人々のプライドと他に対する裁きの目は凄まじいです。最終的には お互いに異なる人々から学ぼうとしなければ、やはり教団全体は衰退するしかないと感じています。 学閥主義は、まず人選の権力を全て学閥に集中させるところから始まります。 全体としては10年後に1/3ぐらいになるかもしれません。 さて、作物を育てる時一つの種類の種しかなければ、畑が災害に襲われた時に絶滅の可能性は高いのです。 だから賢いの農夫は常に異なる種類の種を混ぜていたりします。 どの種が生き残るかそれは災害の種類や 程度によって予測不可能です。 なぜヨーロッパのキリスト教が2000年ぐらい生き残れるかと言うと、意図的に常に異種栽培をしているからです。 彼らは発想としては100年後あるいはそれ以上先のことを考えて、切り盛りしていますから。
投稿: | 2020年5月25日 (月) 08時31分
教団のために祈ります。
合同教会の真の豊かさがありますように。
投稿: これん | 2020年5月27日 (水) 09時31分