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2020年5月 4日 (月)

朝の言葉「仕える者」

朝の言葉~聖書短想「仕える者」

あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい。マタイによる福音書20章26節

 20191108-171921あの人は腰の低い人だ、とか、へりくだっているというのは褒め言葉です。腰の低い人、へりくだっている人を悪く思う人はあまりいません。(もっとも性格の悪い私などは、「それが本心か?」と疑って見てしまって、むしろ、奔放な態度を取る人の方が正直で良いなと思ったりもしますが)

 イエス・キリストの弟子たちの間でも、誰が一番偉いのかという争いが起こったことが聖書に記されています。愚かな人間の争いが弟子たちの間でもあったのです。そんな弟子たちに対して主イエスが語られたのが、今日の言葉です。

 ここで、仕える者とは、給仕のことであり、僕とは奴隷のことです。単に腰を低くせよ、へりくだれというレベルではないのです。食事をする人の脇で自らは食べずサービスをし、主人のために自らの自由なく働く奴隷のようになれ、とおっしゃるのです。これは、端的に言って「愛しなさい」ということです。

 しかし、人間にはできないことです。仕えることも、僕になることもできません。自分が仕えられたいし、僕にかしずかれたいのです。

 ただお一人、皆に仕え、僕になられたのがイエス・キリストでした。みじめな自由を奪われた罪人として十字架におかかりになりました。その姿こそ仕える姿であり、僕の姿でした。私たちへの愛のゆえです。

 私たちはそのキリストを思いつつ、生涯かけて愛を学んでいきます。

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