« 朝の言葉「あの世ではなくこの世で」 | トップページ | 朝の言葉「記念として」 »

2020年5月 7日 (木)

朝の言葉「目を覚ましていなさい」

朝の言葉~聖書短想「目を覚ましていなさい」

だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから。 マタイによる福音書25章13節

20190802-191907 <その日、その時>は終わりの日、神の裁きの時と考えて良いでしょう。目を覚ましていなさい、とは、いつ神にまみえても良いように生活をしなさいということです。

そう言われると、四六時中、緊張して、立派に生きていないといけないように感じます。しかし、そもそも、私たちは、いつも起きていることはできません。眠るときもあれば、ぼんやりしたり、だらだら過ごすこともあるのです。四六時中、神さまの前で恥ずかしくない生活を私たちはできません。(いや、できる人もあるかもしれませんが、たいていの人は無理でしょう)

では、これは無理難題を私たちに押し付けている言葉でしょうか?この聖書箇所の前を読むと、花婿を迎える乙女たちが(乙女たちは婚礼の場所までの案内役のようです)ともしびに油を準備して待っている場面があります。乙女たちは花嫁の到着が遅く、皆、眠ってしまったのです。でも、「花婿だ」と知らせる声で彼女たちは目を覚まし、ちゃんとともしびに油を用意していたので、油が切れることなく、花婿を無事迎えることができます。

乙女たちのように、私たちも眠ってしまうのです。しかし、<その日、その時>には呼び起こしてくれる声があるのです。その声がした時に、油を準備していた乙女たちのように備えてさえいれば、私たちは恐れずに神に出会うことができます。備えは、神を待つ心です。

私たちが眠っているときも、守ってくださる神を信頼して、私たちは<その日、その時>を待ちます。

 にほんブログ村 哲学・思想ブログ プロテスタントへ
にほんブログ村


キリスト教ランキング

 

|

« 朝の言葉「あの世ではなくこの世で」 | トップページ | 朝の言葉「記念として」 »

キリスト教」カテゴリの記事

聖書の話」カテゴリの記事

コメント

 信徒ではなく教職として立とうと思われるのには、相当な決心がいったでしょう。 どんどんと道を切り開いておられるから頼もしいです。

投稿: マーモット | 2020年5月 8日 (金) 09時17分

コメントありがとうございます。
自分の決心や努力というより、神に押し出されて、という感じです。
これからもよろしくお願いいたします。

投稿: これん | 2020年5月 8日 (金) 11時15分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 朝の言葉「あの世ではなくこの世で」 | トップページ | 朝の言葉「記念として」 »