朝の言葉「恵み」
朝の言葉~聖句短想「恵み」
あなたがたの救われたのは恵みによるのです。 エフェソの信徒への手紙2章5節
命をいただいていること、生かされていることを感謝しましょう、というような言い方はクリスチャンでなくても言います。自分が自分の力だけで生きているわけではないこと、誰かのおかげであり、さらには神羅万象の恵みによる、ということは普通にも感じることです。
それに対して、あなたがたの救われたのは恵みによる、という言葉には、若いころの私であれば、反発を感じたと思います。
救いという言葉、そして恵みという言葉に、ネガティブな印象を持ったと思います。そこには自分の力はなく、ひたすら受け身的なように感じたと思います。もちろん自分が自分の力だけで生きているわけではないとは分かっていても、この言葉には人間の側の力を感じさせません。
たしかに、聖書は語るのです。神の一方的な恵みを。ひたすら注がれる恵みを。人間のちっぽけな努力や、思いを、はるかに凌駕する恵みを。
私たちが私たちの力で救いを得るのなら、それはとてもたいへんな道です。というよりも、罪深い人間には、それは不可能なことです。
それでもがんばってしまうのが人間です。
もう、頑張らなくても良い、そうおっしゃって恵みを注がれる、それが神です。
神の恵みに気づいたとき、不思議なことに(矛盾しているようですが)、新しく頑張れるようになった自分にも気づくのです。





















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