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2014年2月 7日 (金)

遣わされたものとして~湖蓮日日献身編

P1000548  母は軽い心筋梗塞とのことでカテーテル手術をすることになった。母とは、12月の退職前、最後の出張の仕事が博多でだったので、その前に佐世保まで足を伸ばして母のいるグループホームで会ったのが最後だった。認知症が進んでいて私のことはまったくわからなかった。

 昔のことならわかるかもと思って、持っていった私の子供の時の写真や息子(母の孫)の赤ん坊の時の写真を見せたが、「かわいかね。」「ふたりともあなたのお子さんですか?」ときょとんとしていた。が、体はいたって元気そうだった。ホームの職員さんも「このホームで一番体は元気で健康です」とおっしゃっていた。

 妹の連絡をうけて、翌日、佐世保へ行き母の手術に妹と一緒に立ち会った。手術は無事終了し、一か月の入院予定とのことだった。

 大阪に戻り、ふたたび再提出のレポートの準備を始めたが、今度は私の体調が思わしくなかった。疲れから風邪をひいたかなと思った。熱があるようだったが、いま、体温を測って熱があるのがわかったら、ぐったりして寝込んでしまうと思って、とにかくレポートを仕上げた。レポートを提出してから熱を測ると、38.6度だった。私は年に数回、疲れた時などに突発的に高熱を出すのであまり気にしてなかったが、病院に行ったら、インフルエンザと診断された。記憶にある限り、生まれて初めてのインフルエンザ罹患だった。高熱に慣れている?私だったがこのインフルエンザはきつかった。体のあちこちが痛み、1週間近く寝込むことになった。

 ようやく回復して、試験勉強を再開した。試験が迫り、かなり焦っていた。実はちょうどそのころ、指導してくださっているK先生は夏に診断された癌の放射線治療を開始されていた。毎日通院されながら、私からの過去問題の解答への添削もほとんど毎日してくださった。

 試験まで2週間と迫ったとき、母が入院している病院から連絡があった。母の容態が急に悪化したので緊急再手術を今から開始するとのことだった。その数時間後、今度は妹から電話があった。

 「手術したけど、だめって・・・。もう、24時間もたんって・・・・。」

 ふたたび佐世保へ向かった。今度は息子と一緒に向かった。

 私は混乱した。実は母が認知症になる前の数年間、私は母と疎遠になっていた。さまざまな確執があった。思い起こせば、その確執について相談したのがN姉と親密になった最初のきっかけだった。それまでは華やかで押しの強いN姉とはむしろ私は意識的に距離を置いていた。ただ、母とのことで悩んでいた時、彼女ならこんな私的なややこしいことでも相談できそうに思えて、突然電話をしたのが最初だった。彼女のアドバイスはどのようなときでも信仰的だった。きびしくズバッと言われることもあったが最後にはかならず神様のことに話はいきついた。

 母へは、本当に複雑な思いがあった。妹が素直に母を思って泣いている横で私はそのような思いになれなかった。そんな自分が嫌だった。

 いっぽうで虫の良い思いも持っていた。私がいつか牧師となったとき、母に万が一のことがあったら、私自身の手で葬儀をしたい。母の葬儀の司式をしたいとも思っていた。

 でもいま、母が亡くなってしまったら、それもできない。私はまだ牧師にもなっていない。まだ補教師になる試験にすら通っていないのだから。

 東京のある親しい牧師に電話をして事情を話した。いつも相談事をすると柔らかく対応してくださり、ほっとした気持ちにしてくださる先生だった。

 しかしそのときの口調は厳しかった。

 「吉浦さん、あなたとお母さんの間にこれまで何があろうが、あなたがいまおかあさんのことをどう思っていようが、そんなことはまったく関係ありません。

 大事なことは、あなたはもうすでに神様によって、お母さんのもとに、家族のもとに遣わされているということです。いいですか?遣わされているんですよ。 

 だから行って、なすべきことをするんです。あなたのするべきことをするんです。」

 さらに言われた。

 「そして、もし仮にお母さんの地上での命が終わったとしても、、、、それで終わりではありません。神の業は死では終わりではありません。そんなもので神さまのなさることは終わらない。だから、行って、遣わされた者としてあなたは家族の中でなすべきことをなしなさい。」

 その言葉を胸に私は佐世保へ向かった。その夜、母は地上での生涯を終えた。

 葬儀と納骨を済ませて帰阪し、試験までの数日、全力で勉強をした。任地も決まっているので落ちるわけにはいかなかった。

 ・・・・しかし、結果は不合格だった。筆記試験の「組織神学」「旧約聖書神学」「新約聖書神学」「宗教法人法/教憲・教規」、事前レポートの「牧会学」は合格だったが、再提出した「旧約釈義」「新約釈義」が不合格だった。筆記試験の不合格なら、一年目の時のように<追試>という場合もあるが、レポートの場合は、次回試験(9月)を受験のこと、ということであった。

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