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2014年1月31日 (金)

退職へ~湖蓮日日献身編

 Cコース三年目となった。順調にいけばあと1年で補教師となれる。

 そのなかで最大の懸念事項は補教師として仕えさせていただく教会があるか、つまり任地があるかということである。

 神学校を経ないCコースで補教師になった者の場合、「97%任地はない」という人もいた。所属教会の役員で「もし任地がなかったら、補教師の間、この教会で仕えたら?」と言ってくれる人もいた。しかし主任牧師は「それではこの教会にいつくことになり、吉浦さんのためにならない。無任所(仕える教会のない)教師となってでも任地を探す方がよい」と言われた。

 しかし、任地のあてはまったく無かった。

 それと並行して現在の仕事をどうするかということが現実的な問題として浮上してきた。

 仕事-会社の問題という点では、2年目の時点で、教会に仕えるときは会社を辞めて専任で、と決めていた。一方で、受験勉強をしながら勤務を続けることにも限界も感じてきていた。2年目の試験の時、実は仕事が忙しかった。その中で2日間の年休を取得し東京まで受験しに行った。同僚が働いているとき穴をあけるというのは本当に心苦しかった。昨今、いわゆる「セカンドライフ」に備えて、在職中から勉強したり準備をすることは珍しくはない、でもそんな「セカンドライフ」というのと献身は違うし・・・という思いもあり複雑だった。

 そんななか、勤務先の会社は二年連続の赤字決算を計上していた。社内の多くの部署で早期退職者が募られていた。しかし私の所属部署は当時、本社スタッフ部門で、直接に採算を問われる部署でないため、早期退職の応募はそれまで一度も行われていなかった。ところが、社長が交代し、新社長は本社も構造改革をするらしいといううわさが流れた。

 私はたいへん不埒ではあるけれど内心「チャンス!」と思った。いままでなかった構造改革が私の部署で行われる、それこそ神様の備えではないか!?所属部門で早期退職者が募られたら、手を上げようと思った。しかし、なかなか、所属部門の構造改革の話は具体的に出てこなかった。春から夏へと季節は移った。周囲ではやっぱり構造改革はないのでは?という人もいた。気分的に落ち着かずジリジリとした。

 しかし、はたと思った。早期退職で辞める場合、確かにいくばくかの退職金の付加があり、普通に辞めるより「得をする」。でも得をしたいから辞めるのか?もちろん早期退職でやめてもその後の生活が保障されていないのは同様である。せめて退職金の割増金をいただいても悪くはないだろう。でもだからといって、早期退職が募られたら辞める、そうでなければ辞めないというのは神様の前でおかしいようにも思う。とはいえ、26年務めた会社を辞めるのは不安であった。住宅ローンも残っている。うーーーーんと考えた。そしてほんとうに悔い改めて祈った。ある意味、清水の舞台から飛び降りるような思いで祈った。

「神様、私をほんとうに献身するものとしてください。早期退職とは関係なく、一年以内に退職への道を平和に整えてください。」

 所属する部署として初めての早期退職者公募の告知があったのはその翌々日のことだった。びっくりした。

 10月1日に正式に公募が始まり、その初日の朝一番で申請書を提出した。

 しかし、まだ任地のあてはなかった。K先生が探してくださっていて、ある小さな教会にどうかということはあったが、具体的な進展はなかった。ちなみに夏にK先生に任地のことで電話をしたとき、電話がつながらなかった。どうしたのかと思ったら、あとから「今、入院中」と連絡があって驚いた。前立腺がんと診断されたそうだ。にもかかわらず、先生は私の任地のためにツテをあたってくださっていた。

 そんなたいへんな状況の先生にわたしは早期退職の正式応募の前に聞いた。「小さな教会で仕えるとしたとき、私が働いていた方が教会の方は謝儀などの面で気が楽では?」しかし先生はきっぱりと答えられた。

 「いえ、そんなことより退路を断つほうが大事です」

 11月下旬、上記の教会の話は正式に無理だということになった。退職まで一か月となっていた。職場では業務の引き継ぎなどを具体的に行っていた。すぐに任地が決まるとは思っていなかったので、それほど心配はしていなかったし、むしろ2月の試験準備のほうが気になった。とはいえ任地のことが、まったく不安でないといえば嘘になる。

 12月上旬、別の教会の話が舞い込んだ。決まるときは早かった。K先生と一緒に関係者と二度ほどお会いして、大阪市内のある教会の副牧師として招聘されることになった。その2週間後、26年9か月勤務した会社を退職した。

P1000075  年が明けても、退職関係の手続きでハローワークに行ったり区役所に行ったり、なかなか慌ただしかった。退職したらゆっくり勉強できると思っていたが、そうでもなかった。もっとも退職して気が抜けて、時間があると思うとかえってなかなか力が入らなかった面もある。

 そんななか、1月下旬、教団の検定委員から封書が届いた。見ると、12月に提出していた「旧約釈義」「新約釈義」「牧会学」のレポートがこの内容では不合格という通知だった。再提出を求められた。私は慌てた。再提出の準備を始めたとき、九州の妹から電話がかかった。

 「佐世保のばあちゃん(私と妹の実母)が心筋梗塞で倒れて救急車で運ばれたってよ!明日、緊急手術って!!」

(つづく)

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