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2014年1月 7日 (火)

3月のメール~湖蓮日日献身編

P1000159  所属教会の牧師はCコースでの受験に消極的だった。

 「献身する気があるなら神学校へ行け。」

 それは当然のことだろう。

 Cコースでの受験ということに関して、そのときだけでなく、私自身、Cコースを受験した三年間を通して思い悩んだところだった。私の献身への思いはいい加減なんだろうか?

 ただ自分の中に神学校へ、という踏ん切りはつかなかった。

 「押し出されるものや」と言われたN姉も、「Cコース、受けてみたらええ」とおっしゃったものの、私自身の召命感(神様から伝道者へなるようにと召されたという自覚)はまだ曖昧と感じておられたようである。それでもN姉は牧師と私の今後について相談などをしてくださっていた。

 ある牧師にはこう言われた。「伝道をしたいのなら信徒であってもできる。いやむしろこの世で生きている信徒さんのほうが、この世に近いだけ、この世の人への伝道はできる。じゃあ教会をあずかる牧師は何をするのかというと教育であり、サタンから群れを守る働きである。」

 私は人一倍伝道をしたい思いは持っていたと思う。でもその牧師のおっしゃるような役目はできるのだろうか。。。。

 そうこうしているうちに3月になった。

 あるとき、ちょっとびっくりするような出来事があり、N姉に夜、長電話して相談した。N姉には献身や信仰のこと以外でも、あれこれ相談をしていた。N姉はいつも親身になって相談に乗ってくれた。なにより大胆に信仰的にアドバイスをいただけるのがうれしかった。

 その翌日の午後のこと、仕事中に珍しくN姉から携帯にメールが来た。そんな時間帯に彼女の方からメールが来ることはなかったことだった。

「ゆうべ、あなたと話をしたあと、やはりあなたは神様へお仕えする方ではないかと思いました。だから、いつか、ではなく、今、お伝えしますね。」

といういきなりの書き出しで、献身者はより一層神により頼むこと、サタンに気をつけることなどが、綿々と書かれていた。

 私はとにかく<やはりあなたは神様へお仕えする方>という言葉に仰天した。で、そのあと夕方まで何回かメールをやり取りした。

 翌朝、通勤電車の中で、教会からのメールを受け取った。見ると、

「N姉、昨晩、急性心不全にて召天されました。」

 驚いて教会に問い合わせると、間違いではないとのこと。突然のことだったと。

 N姉はわたしへのメールのあと、いつものようにご主人と夕食をとられ、翌日行く予定にしていたお孫さんのピアノの発表会の準備をされていた時、倒れ、急逝されたそうだ。召天時間は19時で私への最後のメールは18時前だった。

 私は愕然としてN姉からのメールを見直した。

 「あなたは神様にお仕えされる方」。。。。。顔文字や絵文字がちりばめられたN姉らしいとても元気な文面だった。

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