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2005年8月12日 (金)

道端に樹を立てかけて賣りをれり賣りものの樹の何となく人を呼ぶ

 樹に呼びかけられるというのはあるように思う。
 よく樹は「気」を出している、というようなことをいうが、私自身は「気」はわからないが、若い頃などは、樹のそばにいるとなんとなく、ふっとイメージが湧くというかインスピレーションがあるというか、そういう感覚があった。
 このうたの<人を呼ぶ>感じは、そういう感じよりもう少しやわらかい感じ。
 樹の姿かたちがいいとか、葉が風にそよぐようすがなんとなく好ましい、ということで、そこはかとなく人が注目するような感じを人を呼ぶと表現しているのかもしれない。
 しかし、この樹と人の関係はなかなかによい。
 樹と人の間には、なんとなく通っているものがある、そんな感じをもたせる。
 樹に開いている人の感性というのも好ましい。

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