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2017年9月12日 (火)

決して渇かない

この水を飲む者はだれでもまた渇く。しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしの与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。 ヨハネによる福音書4章14節」

20150923_091656 人は食べなくても1週間や10日は生きていけるそうです。最大で40日くらいでも大丈夫とか。しかし、水がなければ数日で死んでしまいます。それほどに水は人間にとって重要なものです。

 イエス様は、<わけあり>の女性と井戸端で話をしていました。女性は井戸に水を汲みに来たのですから、「水」といえば、物質としての水を考えていました。それに対して、イエス様は「渇かない水を与える」とおっしゃいました。

 そんな魔法の水があるなら欲しい!その女性は思ったのです。それが手に入ったなら毎日毎日、井戸に水を汲みにこなくてもいいじゃん、ラッキー!当時、井戸は地域のコミニティセンターのようなものでした。朝、女性たちが集まって水を汲むのです。男性関係で<わけあり>の女性は、そんな他の女性たちの目を避けて、人がいない暑い昼時に水を汲みに来ていたのです。そんな面倒なことから逃れられたい!

 しかし、イエス様のおっしゃる水は、実は、物質としての水ではありませんでした。<永遠の命に至る水>なのです。物質としての水ももちろん大事なものです。しかし、それ以上に、わたしの命にとって必要なものをイエス様が与えるとおっしゃっているのです。

 教会に生き始めたころ、わたしはこの「永遠の命に至る水」という言葉に惹かれました。なんだか良くわからないけど、良さそうなものだ、美しそうなものだと感じました。そして、わからないなりに、イエス様の言葉を読み続けているうちに、わたしの内にほんとうに「命の水」が与えられていることに気がつきました。生きていくうえでもっとも大事な水が湧き出る泉が与えられました。そしてわたしは変えられました。

 <わけあり>のこの女性も変えられました。人目を避けていた女性が、町に出ていき人々の中に飛び込んで叫んだのです。「わたしは救い主に会いました!」と。

 皆、変えられるのです。イエス様の言葉を聞く時、「永遠の命に至る水」を与えられます。そのとき存在の根本の渇きが癒されます。そして新しく生きていく者とされます。

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