2011年がはじまりました

 あけましておめでとうございます。

 ・・・って前回の更新が2010年の1月で・・・、ずいぶん御無沙汰・・にもほどがありますが(-_-;)、 この一年、諸般の事情でブログの更新が滞っておりました。
 おそらくこの事情は当面続くかと思います。

 この一年、ずいぶんとあれこれと心境の変化がありました。
 このブログはそもそも歌人(といっても無名歌人ですが(^^ゞ、しかも短歌と関係ないくだらんことをたくさん書いてましたが(~o~))としてのブログであり、ここ一年ほとんど歌作をしていない以上、なかなか更新は難しいところがありました。

 また、職場の方もよく検索して見てくださっているという職業上のあれこれもあり、なかなか最近、「書けないこと」が多いのであります。(別に怪しいことをしているわけではありません、念のため(~_~))

 所属する結社誌や同人誌に御迷惑や不義理おかけしっぱなしの状態で、なんともお恥ずかしく言い難いことでありますが、いま自分の中で、一番だいじなことは、キリスト者であるということです。
 ほんとにまあ不義理の限りであり、クリスチャンなんて声に出して言っていいのかと思うくらいなんですが・・。
(すみません、『鱧と水仙』の皆様方・・・)

 また一方で「なんでそこまで宗教にハマってしまったんだぁ~」と思われる方もあるかと思うんですが、もうそれは神様に聞いてくれとしか言いようがありません。

 今日、ひさしぶりに短歌関係の友人と電話で話をしました。そこで私自身の将来についてのある決心を少し話をしました。どう思われたかなあ。

 自分自身が短歌をやめてしまうということが、現時点であるのかどうかはわかりません。
 でもまちがいなく、1986年の一月に、私はやはり「短歌から呼ばれた」と思っているんです。
 クリスチャンでもなんでもないとき、それはごく素朴に冗談半分に「短歌の神様から呼ばれた」と思っていました。でもやはり今でも自分の中で短歌定型から「呼ばれた」という感覚はあるんです。
 だから友人とも「とにかく短歌は続けたい」と、そういう話をしました。

 とにかく、私がたいへん大きな影響を受け、昨年、急逝されたあるクリスチャンの女性についての挽歌を推敲し、『鱧と水仙』に送る、まずそれが今年のひと仕事。
 その作業の中で、少し答えが見つかるかもしれません。

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会えるかな

 来週、中国へ出張。香港まで一人で行って、そこで他の方(日本人)と落ち合う予定。
 しかし落ち合う予定の相手を私は知らない。
 先週、メールでお互いの写真交換したけどだいじょうぶかな。手に週刊誌持ってます、とか古典的な目印はいらないだろうか。しかも、そこからフェリーに乗って移動だけど、過去に、何人かの出張者がフェリーに乗り損ねた場所。
 荷物の受け取りなどでもトラブルが過去あったようで、機内持ち込みできるだけの荷物しか持たず、着たきり雀状態で過ごさないと。あれこれと不安だ。

 こちらのブログも更新しました

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感応

 ここ数日、ひさしぶりに森岡貞香を少し読んでいる。

 ざらめ雪の汚れのひかりまぶしきに凍みの冷たさ連れ添ひたりき
  雪ののち光れる水を踏みてこし人にしあれば時間を問ひぬ
  濃く赤き林檎を擁し立つ人の視線 愛と死と近似せる
  まのあたりいちやう黄葉の散りかたの一気なるとき飛び込む雀ご

 木や鳥や雪といったものが、ある種普通にのべられている。一見、華々しい表現ではない。でも、どこか生々しく、立ち上がってくる世界がある。森岡作品を読むとき、自分が逆に世界から普段切り離されていることを感じる。職場で、また家族といて、感情が揺り動かされ、肉体は疲れ、それなりに現実的な生の感覚はあるはずなのに、森岡貞香の短歌を読むとき、なぜか自分が世界と感応していなかったという感覚を持つ。
 世界とは、もっと濃密なもので、言葉によって感応していかないといけないものなのだ。

 (こちらのブログも更新しました)

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本年もよろしくお願いいたします

 早いもので正月も三日目。
 大好きな餅をたらふく食べてお腹が重く、かつ頭もふだんよりさらに重い正月。
 同人誌の原稿が・・・。
 とにかくがんばらないとっ。
 本年もよろしくお願いいたします。
 (こちらのブログも更新しました)

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良いお年を

  どうにか無事今年も終り~。
 といっても、まだ年賀状書けていません。掃除もまだまだ。
 でもまあお気楽な大晦日です。
 年末の風邪もどうにか治まり、おととい自転車で転倒した傷もたいしたことなく、大晦日を向かえ感謝であります。
 あれこれあって、まああれこれとターニングポイントかなあという一年でした。

黒光る堅き木の芽のしづかなるこの禁欲性しばらくの間
             森岡貞香

 新しい一年が、皆様にとって希望と祝福に満ちたものとなりますように!!
 (写真は7月に仕事で行った上海)
Shanhai

 P.S.もうひとつのブログもよろしく!!


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風邪中

 よりによって12月に風邪。幸いインフルエンザではなかったけど。
 おととい夜は38.7度まで熱があがり、その後は38度手前と平熱よりちょっと高い状態で、ふらふらしている。
 ひどい痛みや不快感(咳や鼻水)が継続的にあるような症状でないのが助かる。ただ、しんどくて喉がいたい・・・まあ寝ているしかない、という感じ。うつらうつら寝ていると、現実にあったことや、なかったことがフラッシュバックのように入り混じって浮んでくる。なんとなくとりとめもなく脈絡もなく。それを見ていると、なんだかわたしって疲れていたのねぇと今さらのように思う。
 18歳の受験前の冬、急性腎炎になったことがある。あれ以来、体調を崩すたびに、いま執着しているなにかを手放すように促されているように感じる。

冬の日をふらふらとへやにゐる蜂に窓をあけやる手荒きひびき
       森岡貞香

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ばてています

  ここしばらく、何となくばてている。
 短歌もランニングも放り出している。
 なんだか疲れっぽい・・・。歳だろうか・・・。
 Twitterは、クリスチャン関係のつぶやきのなか。
 けっこう楽しい。

 ただ、mixiのコメントにあったけど、行動がばれてしまう(^^ゞので、かなりやばい。あちこちに不義理しているのに、「礼拝に行ってます」ってのは、ちょっとどうよ、という感じで、Twitterに悔い改めを迫られているような・・・。

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連休も終わってしまった

 もう明日から年末まで怒涛だなあ。
 Twitter、少しフォローをふやしたら、ちょっとおもしろくなってきたかも。
 でもつぶやいていると、ますますブログやSNSが書けなくなるような気がする。曲がりなりにも文章を書くということと、つぶやきは違うんだよね。
 夕暮れ時に神崎川辺をゆっくりジョギング。走り終わった頃は、日も落ちていた。
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Twitterいまひとつ

  Twitter、はじめて二週間くらい過ぎただろうか。
 やはりあんまりおもしろみがわからない。

 知り合いが全然Twitterやっていないというのもあるし、別段、有名人のつぶやき見てもあんまりおもしろくもないんだなあ。あんまり一般的な有名人に自分が興味がないというのもあるが。
 今日、オバマ大統領をフォローすることにはしたけど。

 自分でつぶやくにしても、フォロアー少ない無名人が「いまからグラタン作るよ」とつぶやいたとて、いったいなんになろうという気がする。ある意味、妙に哲学的な気分にはなれるが。

 電車の中で本を読む気にも音楽を聴く気にもなれないとき、携帯からつぶやく分にはいいけどなあ。一ヶ月つぶやいてみたら、なにかわかるかもしれない。

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コメント設定変えました

 最近、なかなかブログのメンテをできず・・迷惑コメントが書き込まれるので、コメントをすぐに公開せず、承認後公開に変更しました。迷惑コメントでないものを、せっかく書き込んでいただく場合、不便ですがよろしくおねがいいたします。

 教会のホームページの表紙、クリスマスモードへ。

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HootSuite-金魚の気分

  今日は所用のため、年休。で、さきほどTwitter用のクライアントソフトHootSuite設定しました。
 まだTwitterよくわからないです。
 いろんな人をフォローしてたらおもしろいのかなあ。
 どういう経緯か知らないけど、知らない人がフォローしてくれているのも不思議。(といってもフォロワーはめちゃ少ないですが・・・)
 たくさんフォロワーがいる人はねつぶやきがいもあるというもんでしょうけど。フォロワーがあまりいない人のつぶやきは金魚鉢の中でぷくっと金魚が吐く空気の粒のよう(^^ゞ
 ちなみにわたしは「koren924」もしくは「吉浦玲子」で検索いただいたら見つかります。
 左のTwitterの「Join・・・」をクリックしてもいいようです。

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Twitterはじめました

 関空から旅立ったきり、しばらくごぶさただった。もちろん蘇州にずっといたわけではありません(^^ゞ。夏が過ぎ、秋も過ぎ、昨日は木枯らし一号も吹いたようで、冬。
 ここのところ身辺ささやかな変化があり、あれこれと考えることの多いこのごろ。まあ、気分がふさぐようなことが多い。

 ところでTwitter始めた。なんだかようわからんです。
 ココログの画面にも貼ってみた。ちとはみ出しているけど、ま、いいか。(←おおざっぱな性格なもんで)

 そうそう、おととい、『青磁社通信』が届いた。私も書評を寄稿している。WEBでバックナンバーをちらちら見たことはあったけど、現物を手にしたのは初めて。もっとぺらぺらなパンフレットのようなものかと思っていたら(すみません、N編集長)けっこうしっかりした品の良い冊子で嬉しかった。巻頭が竹山広さんの七首というのも素晴らしい。 

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関空

関空
一年ぶりの海外出張。
いまから蘇州へ向かいます。関空は薄曇り。光は明るいです。あー「鱧と水仙」!

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嘘つきはクリスチャンのはじまり

 クリスチャンになって5年になるが、人間が立派になったわけでも、性格が良くなったわけでもぜんぜん、ない。やっぱりわたしはわたし以外の何者でもなく、ただただこんなわたしでもクリスチャンとされていることにオドロキと戸惑いと感謝な思いをもつものである。

 でも、そういう自分のことを100メートルくらい高い棚に上げて、ついつい、他のクリスチャンについては、けっこう批判的に見てしまう。特に、「クリスチャンらしい」とわたしが(勝手に)思っていた人が、意外に変な奴だったりすると、ひどく憤慨してしまう。(自分自身の行状を思えば、身勝手千万だが)
 ただ、思うに、5年間のクリスチャン生活で最近わかったことは、「クリスチャンらしさ」にこそ、もっとも「ウソ」があるということ。「柔和で謙遜であるべし」との聖書の言葉に従順にみえる、いかにもおだやかで控えめで素晴らしいクリスチャンスマイルの信徒が、一番ろくでもない、ということがままあるのである。
 ぜんぜん「クリスチャンらしくない」ような人のほうが、はるかにはるかに、まっとうということも、ままある。

 とにかくクリスチャンスマイルは要注意である。この世の荒野で、毎日毎日、ほんのり微笑んで生きていくことなんてクリスチャンとてできないのである。教会にもいやなこと、頭にくることもあるのである。にも関わらず「感謝です~」と四六時中微笑んでいるというのは、まともではない。そういう人は無理をしているか嘘をついている。まあ、クリスチャンはみんなまともではないからこそ、神様に救っていただいたと思えば、嘘つきはクリスチャンの始まりともいえるのだが。
 ゆうべ、北森嘉蔵の『神の痛みの神学』を読んでいたら<罪は反逆しながら、しかも死んでいる>というアウグスティヌスの言葉が引用されていて、印象深かった。バプテスマを受けたとき本来は罪は死んだはずである。にもかかわらず、やはりみずからのなかで神に反逆し続ける罪というのがあるということ。クリスチャンはやはりずっと嘘をつきつづけるのである・・。

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横浜スタジアム

 朝ごはんの前、早朝の新横浜をごく短時間20分ほどジョギング。
 昨日の雨が上がって、爽やかな空気で気持ち良かった。
 横浜スタジアムの周辺。緑もあり、ごくゆるい勾配の坂や小さな川と橋などもあり、ジョギングやお散歩にいい感じ。
 昨日もおとといも朝は雨が降っていなかったのでこんなに気持ちが良いなら走れば良かったが、なんとなく気分も体調もいまひとつだった。今日は走れてよかった。
 朝にジョギングなんて行動は(昼でも夜でも体動かすなんてことはそもそもなかったが・・)数ヶ月前まで私にはなかったことを思うと不思議である。写真は横浜スタジアム。
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